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義父の四十九日法要

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義父の四十九日法要を自宅で家族だけで行うことになりました。
義理の姉たちも主人も自宅で家族だけなのだから普段着で良いと言うのですが、私は喪服で正式に見送りたいと思っています。

義父は本州の出身で北海道に親戚はおらず、これまでの法事法要は義母方の身内だけのためか普段着で行っていました。
私方の法事法要は喪服を着るのが当たり前でしたので、嫁いで来た時は驚きましたが、それぞれのやり方があるのだからと従ってきました。

ですが、自分の親の四十九日法要を普段着で行うというのはどうしても納得がいきません。
義理の姉たちも主人も義母方の法事法要しか知りませんので、家族だけなら普段着で良いと思っています。
主人は私方の法事法要に出席していますし、自分の父親を見送るための法要に普段着はおかしいと話しましたところ納得してくれました。

義理の姉達にも喪服での出席をお願いしたいのですが、どうしたら角を立てずに話すことができますか?
3月2日に四十九日法要を行いますので、できましたら早急にご回答いただければ幸いです。
よろしくお願い致します。

2019年2月14日 14:52

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

 就職活動で会社説明会の案内状に「普段着でおこしください」と書いてあっても、学生さん達はスーツで行くそうです。私も就職活動をしたことがありますが、スーツで行きました。その時に私は、『社会において「普段着」とはスーツの事だ』と心に刻みました(笑)
 なので、「普段着」と言ってもスーツの事だよね?と思って読んでいましたが、嫁いで来たときにびっくりしたということは、あなたのいう「普段着」とは本当にトレーナーとかジャージとかで参列するという感じなのでしょうか?確かに私の感覚からは違和感ありますね。でもまあ地域の習慣なら仕方ないですよね。それにもしかしたら北海道の人は、「四十九日に喪服とは何事だ失礼極まりない。普段着で送るのが相手に対し最も礼を尽くした形なんだ」と考えているのかもしれません。
 ですので、他の参列者に服装について強要はしない方がよいでしょう。あなたがあなたの思う服装で参列すれば良いと思います。もしひとりで喪服は目立つかもしれないとお考えのようでしたら、略礼服(黒いスーツなど)で参列すれば良いと思いますよ。

 お義父さまは、あなたがどんな格好で参列しても、きっと来てくれたことを喜んでくれると思いますよ。

2019年2月14日 17:03
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有り難し
おきもち

・曹洞宗/静岡県/40歳代 ※質問の答えについて、話の大筋は変えませんが...

最近は普段着でも

近年急速に喪服離れ?が進んでいるようです。直送という、葬儀なしの場合親族はジーンズで来るご時世です。

法事は各家庭の雰囲気を勘案しますが私は時にみんなが元気でいるから安心してね!という報告会として平服以上にドレスアップしてくることをおすすめすることがあります。

法事のあとはレストランでご馳走です。故人の生前の様子を皆で楽しく交換会するのですから喪服では盛り上がらない場合もあるでしょう。また喪服の場合は座禅堂や茶室を開放して着替えをしていただけるようにしています。

個人に対する礼儀としての礼服、社会通念としての礼服、みんなが統一性を持って困らないようにする礼服、、さまざまなケースを柔軟に取り入れてみてください。

2019年2月14日 22:02
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有り難し
おきもち

人生の転機になる「一転語」をあなたに。 ハスノハで返信しきれない内容...

質問者からのお礼

早速ご回答いただきありがとうございました。

おっしゃるとおり平服ではなく、トレーナーなどの普段着です。
北海道でも仏事に対する礼儀作法は本州と変わりはないと思うのですが、曹洞宗のお坊様が普段着でも良いとおっしゃるのでしたら普段着でも無礼には当たらないのですよね?(うちは曹洞宗です)
お坊様にも失礼であると聞いていたので神経質になっていました。

ただ違和感は有るというご回答でしたので、義理の姉には「喪服を着ようと思うのですが」と一言お断りをいれようと思います。

「法事・法要・49日」問答一覧

法要での失礼をお詫びしたい

お寺で失礼な振る舞いをしてしまい、どなたにどうお詫びしてよいか分からず投稿させていただきました。 本日、ご先祖様の供養のため回向を申し込みました。(夫婦ともに上京した身でお墓参りにめったに行けないので、両家の父方母方すべての供養を毎年お願いしております)大きなお寺で合同の法要なのですが、そこに1歳になったばかりの次女も連れていってしまったのです。 落ち着いて考えれば、歩きはじめの赤ちゃんで歩いたり声を出してしまう可能性があり、場にまったくふさわしくないのですが、長女が大人しいタイプで今まで問題がなかったため、深く考えず同席させてしまいました。 この時点で失礼なのですが、次女が歩きはじめてしまい、慌てて座らせるとイヤ!と声を出してしまいました。 気が動転してその場を離れたのですが、靴を席に置いていたためお堂から出られず、ひとまず誰もいない端に行きました。次女が畳にうつぶせになってしまいましたが、座らせたり抱っこすると声をあげそうで、そのままにしてしまい、横で手を合わせておりました。 見かねた若いお坊さんがいらして、とても丁寧な優しい口調で、お堂に寝転ばせるのは…とご注意くださりました。 おっしゃるとおりで、顔から火が出そうなほど恥ずかしく申し訳なく、ご先祖さまも供養になるどころか呆れていらっしゃるだろうと思うと情けなく、お詫びして靴だけとりに戻り、次女と外に出ました(主人と長女は最後までおりました) その間、自分の考えの至らなさ、母としての未熟さが頭をめぐり、こんなことなら来ない方がよほどご先祖さまも安心なさっただろうと後悔し、お恥ずかしいのですが涙が止まらなくなってしまいました。 人前で泣くことなど普段はもちろんありませんので、そんな自分にさらに慌ててしまい、長女と会うまでにはなんとか泣き止んだのですが、通常の参拝も心が乱れてきちんとできないまま帰ってきてしまいました。 長々と申し訳ございません。 このように、仏様やご先祖さまはもちろん、お寺の皆さまやご同席の方にもご迷惑をおかけしてしまった場合、どうすれば少しでも償えるのでしょうか。 早く切り替えて、笑顔の母親に戻ることが大事だと思うのですが、今までの人生における数々の失敗まで思い出されてどんどん気が滅入ってしまっております。 どんなお叱りでも結構ですので、どうかご助言をいただけないでしょうか。

有り難し有り難し 32
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無縁になってしまった49日法要

先日、叔母が他界し、菩提のお寺は曹洞宗でしたが、喪主の長男が、無知のため、真言宗の形式で葬儀を行ってしまいました。 来週49日が来るのですが、 その後、菩提寺に相談するどころか、葬儀社から紹介された、自宅の近所にある、曹洞宗の寺院に相談に行き、結果的に、他宗派で法事を執り行なってしまったこと、菩提寺がある、という当然な事より、49日、100日法要は断られ、故人は曹洞宗を信仰していましたが、お経を上げてくれる和尚様とはご縁がなく、49日法要は、喪主が一人で、心を込めて行うと言われました。 菩提寺に相談するという選択肢がなく、具体的な理由もないようでした。葬儀社に依頼しきりで、他人任せなのも垣間見えました。 墓地管理規則も無視した行為ですので、ご縁がなくなるのは当然です。 そして、この行為により、いずれ墓地そのものも撤去されると思うと、今までろくに墓参りもした事のない喪主に、故人に頼まれて、先祖代々の墓を守ってきた私としては、先祖を敬う心を抉られる様な、許せない気持ちで頭の中が混乱しています。 49日、100日、1周忌…と法要がありますが、呼べるお寺様もないため、喪主が一人で行うというのはいかがなものか、ご意見をいただきたく存じます。 よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 11
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法要について御教授願います。

先日、お寺様より暦と今年の法要の案内が届きました。 去年、母の一回忌法要をしましたが、今年が三回忌法要との案内が記してあり戸惑っております。 今年が母の三回忌ならば、去年は、一年先に亡くなった祖母の三回忌だったのではないかと? こういった場合、祖母の三回忌を一年遅れですが母の三回忌法要と共に行ってもいいのでしょうか? また、祖父の二十三回忌にもあたる年のようで、今までは十七回忌法要までしか行ってこなかったので一般的にはやるものなのかと疑問が生じています。 やはり、以前からの叔母との確執はそのままで誰にも聞けずに居ります。 こちらで質問させていただくのも、お忙しい中申し訳ないのですが教えていただきたいです。 また、以前ご回答くださった僧侶様へお礼がしたく、ご報告も兼ねての投稿となります。 去年の夏、どうにもこうにも身体がもう言うことを聞かなくなり、塞ぎ込む生活が続いていましたが、一人の男性と知り合いました。 病気であること、障がい者であること、全てを受け入れてくれて、家族のような愛情を注いでもらっています。 今は大半をその人の家で過ごしております。 精神的なストレスや緊張感から解き放たれたおかげか、記憶を失うことは無くなりました。 自分でも不思議なのですが、あんなに動けなかったのに少しなら家事も出来るようになり、調子が良い時は夕飯とお弁当を作ったりしています。 ダメな時は素直にダメと伝え、家事をお願いすることも多々ありますが、色んな物を食べ、色んな景色を見て刺激を受けています。 今年初めには隣県ですが一泊旅行に行ってきました。 病気になる前は仕事仕事と忙しなく働いていたので数十年ぶりです。 体調を崩すことも無く、無事に楽しい思いだけで帰ってこれたことが自信に繋がり、人生もっと楽しまなくちゃ!という思いが芽生え、病気だから何も出来ない。障がい者だから大人しくしていなきゃいけない。という自己否定のような感情は無くなりました。 今では何でもやってみたく、上手く行けば儲けもん!上手く行かなければ次の課題に!とポジティブな考え方をするように頑張っています。 一番辛い時にこちらでご回答くださった僧侶様へ報告がしたく文字を打っています。 病気は治らないけれど、とても幸せです! 今を精一杯生き抜きます。 報告も兼ねての投稿でした。 ありがとうございました。

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