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坊主の悪行について

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有り難し有り難し 41

最近ニュースで悪い坊主が逮捕されていますが、hasunohaのお坊さんはどう思われていますか?


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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

公務員や著名人と同じように、

聖職者の犯罪は大きく扱われます。
いわゆる正しいことを求められる職種ですから、
犯罪をすることとのギャップが大きいのです。
注目度も高くなるので、
それだけ大きく扱われるのでしょう。

信用して近づいて被害を受けた方には申し訳ないし、
お坊さんのそうなんだと思われるのも悔しいし…。
私もそういう犯罪を犯す可能性はあるから、
一方的に犯人を罵れませんが…。

ただ、
そういうイメージを払拭すべく、
周りの期待に応えていくよう頑張るのが、
私がすべきことだろうと思っています。

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有り難し
おきもち

 浄土真宗(大谷派)/広島県広島市/17世住職。  1967年京都市生まれ。山形大学理学部卒業後、証券会社で勤務。30歳で脱サラし、親戚筋の超覚寺に入寺、45歳で住職継職。  遺族の分かち合いやお悩み相談などグリーフサポート活動を続け、お寺の掲示板による法語伝道にも尽力している。カープ坊主の会会員。
こちらに法事が入っていなければ、ご希望の日時に相談させていただきます。 想いを吐き出しても、あなたの環境は変わりませんが、あなたの気持ちは変わっていきます。 どうぞ安心してお話しください。

残念なこと、ではすまされないです

 最近そのようなことが多く、嘆かわしいことだと思います。僧侶は僧侶ですから、やはり「僧侶も人間だから」という逃げはダメだと思います。僧侶はあくまで自分が修行している身だと常に思わないと、そのようなことになってしまいます。
 とはいえ、注意ミスで人を跳ねてしまったり、ということは起こり得ることです。もしも過ちを犯したならば、誠心誠意きちんと謝る、それはどんな人でも同じですが、
僧侶は、「僧侶の私がしてしまった」という懺悔の気持ちを厳しく持たないと僧侶足り得ないと思います。
 昨今はそんなレベルではなく凶悪な犯罪に手を染めた方もありますね。僧侶になるべきではなかったし、おそらく安易に物事を考えたのかもしれません。
 いずれにしても、僧侶不信があって当然です。悲しい事実ですが。
 

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有り難し
おきもち

個別相談可能
九州に住んでいます。 長い間、教育職をしていましたが、発心して浄土宗の僧侶となりました。犯罪被害を含め、色々なことを経て今があります。 様々な方に寄り添えれば幸いです。「通りすがりのお坊さん」として、必要とされる方のもとに、あちこち通りすがりをしています。
時間帯や曜日次第かと思います。 よろしくお願いいたします。

持戒の精神

仏教は山で修行していた時代がありました。今も寺に山号がついているのはその名残です。
法然上人は比叡山で修行に励んでいましたが、里に下り市井の人に教えを説き始めました。
京都の今知恩院になっている場所に吉水の草庵という住処を持ちそこから教えを説き始めました。しかし持戒堅固で清僧であったそうです。僧侶として、そのように生きたいとは思いますが、明治5年に「僧侶の肉食妻帯勝手たるべし。」という太政官布告が出て、僧侶も俗人も
同じようになってしまいました。今は在家出身の僧侶の方のことを在家在家と下に見る傾向がありますが、昔は寺生まれの僧侶は羅睺(らご)と呼ばれ下に見られていたそうです。おの釈迦様の実子ラーフラの音写語の略から来ています。市井で生きている以上法律は守らなくてはなりません。法律がない時代は戒律が法律のような役目を果たしていたのでしょうが、今の僧侶は宗派から僧籍剥奪されるのも破戒をしたからではなく、法律を犯したからです。半僧半俗で生きているのが今の僧侶ではないでしょうか?ただ基本的なことは俗人がしてはいけないことは僧侶もしてはいけないということ。より高い倫理性が求められるということです。現実僧侶にもいろんな僧侶がいますから、それはよいのですが、犯罪だけはいけません。人として生きていく以上それは大切なことだと思います。僧侶であっても俗人であってもその差は狭まってきているのが現実ではないでしょうか?凡夫(煩悩に囚われて迷いから抜け出せない衆生)で我々はあるのです。僧侶にしても俗人にしても。阿弥陀様から見て僧侶も俗人も同じことです。絶対平等です。だから俗人にも罪人になるひとがいるように、僧侶だからと言って罪人にならない保証はない。そういう人でも救われるというのがわたしの信じていることです。罪を犯してしまったら懺悔滅罪を祈るしかないですね。師僧が保護司と教戒師をしているからそのように考えるのかもしれませんね。追記 坊主と坊さんと使い分けているようですが、坊主と言われるとあまりいい気分はしません。

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有り難し
おきもち

個別相談可能
浄土宗僧侶です。 寺に生を受け、小学校5年で、得度(お坊さんになる儀式)、その後宗門大学(浄土宗の僧侶養成機関)である大正大学佛教学部で学び加行(住職修行)を得るための修行)を受け浄土宗教師(浄土宗の正式なお坊さんとしての、住職資格)を取った後、某寺に入寺、京都の大本山黒谷金戎光明寺内にある浄土宗教師修練道場(浄土宗教師が更に1年間研鑽を務める場)にて1年間修行研鑽、その後も研鑽を続け、教学(浄土宗を中心とした仏教の教え)・法式(お経のあげ方・儀礼)・詠唱(ご詠歌・和讃)・布教(教えの伝え方)・雅楽の研鑽を積んでいます。 がしかし、もともと小学校時代から精神疾患で、大学で精神科初診、20代は通院しながら、学業・修行・僧職を勤めていましたが、30代で仕事と結婚のストレスがさらにかかり、大きく心身の体調を崩して入院して以来、寺は休職しています。そして、今は寺を離れ草庵に暮らしています。 2003年に大きく体調を崩して、入院以来入退院を23回繰り返しています。40代過ぎから、徐々に精神的に安定し、50代手前の最近少しバイトが出来るようになりました。デイケア、障害者職業訓練、B型就労支援事業所とステップアップし、単発派遣から初めて、バイトで、2社に勤めて、体調悪化で入院してこの2社をやめて、今は3社目のアルバイトをしています。その中で得られた人間的成長の気づきもフィードバックしていきたいと思います。 精神障害2級の統合失調症・双極性障害・不眠症持ちです。 こんな私ですが、どうぞよろしくお願いいたします。 連絡先は、blister55.takahiro@gmail.com
対応できる時間は昼間です。音声のみにてお願いいたします。体調などにより対応できない場合もあります。専門分野は精神疾患・恋愛・人生・仕事・浄土教などです。よろしくお願いします。

末法(まっぽう)の時代か

お釈迦様が亡くなって2500年以上経ちました。
仏教が衰退している「末法」の時代かもしれません。
仏様が亡くなって年月が経ちすぎたこの地球上では、人間全体のレベルが下がっているのです。
お坊さんにも悪い人がいますが、お坊さん以外の人にも悪い人がいるので、仕方ないのです。
怒りは煩悩です。
悪いお坊さんを見て怒るとき、反省すべきは自分自身の怒りの煩悩であり、他人(悪いお坊さん)に対しては、「ま、坊主といっても色んな人がいるよね」くらいに考えたら良いのかなと思います。
とは言っても怒ってしまう。
これも末法の凡夫(ぼんぶ)(悟っていない愚か者)ゆえでしょうか。

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有り難し
おきもち

がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための教えです。まだまだ未熟者の凡夫ですがよろしくお願いします。

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ