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今を大事にすることと先の予定

回答数回答 4
有り難し有り難し 94

今、目の前にあることを大事に生きる。
生きることは、常に死と隣り合わせだと気付かされました。
でも明日の予定、来週の予定、1年後の予定…など、あるかどうかわからない先の日々に対して準備もします。
すごく矛盾していると感じます。
特に、子育てに関することでこの矛盾を感じます。
どのように考えれば、今と未来が両立するのでしょうか。


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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

【已今當】過去、現在、未来

”すごく矛盾していると感じます”
あまり難しく考えないで。

ン十階建ての超高層ビルも、1Fが無ければ立っていられません。
樹齢ン千年以上の大木も、根っこがなければ立っていられません。
学者、技術者、スポーツ選手、、、どんなにすごい神技もどんなに広く深い知識も、圧倒的な基礎の上にやっとそれが成り立っているわけです。

先を見通して計画的に物事を進めていく事と、いたずらに将来を不安がることは別物ですよ。どんなに遠い未来も、結局は今ココの積み重ねであって、一足飛びに思うような結果は出るもんじゃないよ。と仏教は教えています。そして、もし過去に囚われすぎて後悔の念に取り殺されそうになったり、未来に囚われすぎて不安に押しつぶされそうになったりした時には、必ず今ココに戻ってきて、足元から確認しなさい。仏教はこのように教えています。

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永遠に生きるかのように学べ。明日死ぬかのように生きろ。

これは英語のことわざです。
今を楽しむことと
将来に備え頑張ることは
確かに行動の内容が違いますが
全然矛盾していません。
いつ死ぬか分からないからこそ
今を楽しみ
将来にも備えるのです。

例えば
受験勉強ばかりで
高校生でしか味わえない生活を放棄していたら
志望校に受かればまだ報われますが
もし若くして死んでしまったら
充実した一生だったと言えるでしょうか。
逆に
高校生生活を刹那的に享受していたら
将来とんでもなく苦労することは明白です。

今現在と未来とは両立できるし
させなけらばならないものなのです。

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和田隆恩
 浄土真宗(大谷派)/広島県広島市/17世住職。  1967年京都市生ま...
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『吉祥経』に答えがあります

 漢訳されずにパーリ語で遺っているお経『吉祥経』には12個?10個?の吉祥なことを挙げていますが、その一つに「準備すること」があります。

 過ぎ去った過去のことやまだ来てもいない未来のことをあれこれ思い煩うのは心で行う悪行為であり時間の無駄にしかなりませんが、

 今の自分を起点にして将来に備えて準備することは、吉祥なこと、善行為の一つなのです。

 例えば、将来のために、今、勉強する。明日の試合のために、今、練習する。

 授かった子供が良き人間として世に出るために、善悪の道徳を教えてあげる。その子に必要な技術や学問を教えてあげる。

 衰え行く自分の老後のために、今、貯蓄する。死を穏やかに迎えるために、今、心を清める。などなどです。

 訓練とか学びとかは、皆、準備することの仲間ですね。そのような気持ちで自分や家族の将来を考えるのは、「未来はまだない。今だけ」とは意味が違って、将来に備えて、何が起きても良いように、今、鍛錬する、準備するという意味の吉祥なこと・善行為になります。

 スマナサーラ長老が和訳して解説しておられます。日本テーラワーダ仏教協会のホームページなどから探してみてください。

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初期仏教というか仏教本来の教えを学びつつ、その在家信者のあり方から見た日本...
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一日一日の大事に積み重ねましょう

現在何事もなく生きていることが、今後も不変に続くとは限りません。それは老若男女、身分立場の区別なく、生ある万物はいずれ死に到るものです。「人身受け難し」というように人に限らすこの世に存在するものは必然性より生まれたものではなく、奇跡の連続によって生まれたものなのです。当に「有り難きこと」であり、「尊きこと」なのです。人は今置かれている自分の立場に応じて良くも悪くも自分の将来を案じますが、何人でも実は一分一秒の先も知り得ぬものです。つまりは自分勝手な「計らい」によってみずから迷い苦しみを想定し、導かれていくのです。生きるということは楽しい事よりも辛く苦しいことの方が多いと思います。しかし生有る限り生きていかねばなりません。
「一大事とは只今の事なり」という格言があります。一瞬の一時すらも疎かにぜず、今自分が出きる最善とは何かを常に心の拠り所として、一日一日を積み重ねて暮らしてみては如何でしょうか?

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おきもち

質問者からのお礼

転落院様

御返事ありがとうございます。
過去の後悔、未来の不安、生きている間はどちらもなくなりそうにありません。
自分自身のコントロールが一番難しいです。そんな私がお母さんをしてていいのかな、子供たちに申し訳ないなと思うことも多々あり、わけがわからなくなるんです。
必ず今ココに戻り足元を確認する。
煩悩にのみこまれそうになったら、今ココを確認します。
解りやすい仏教の教え、よりよく生きる智恵をまた一つ教えていただき、ありがとうございます。

和田様 

いつ死ぬかわからないからこそ、今を楽しみ、将来に備える。
御返事をいただいてから、何が自分の中でひっかかっているのか考えています。長男はたくさんの予定を残したまま亡くなりました。その中には楽しい予定もあったのに。なぜ?
ふっと、この答えのない、なぜ?にはまり、脱け出せなくなります。どうしようもなく煩悩だらけです…。
矛盾を感じる自分も受け入れながら、先の日々のためにも、今を大事に生きるよう努めます。
御返事ありがとうございました。

藤本様

御返事ありがとうございます。
テーラワーダ仏教、初めて知りました。ホームページもみました。
準備することの中身が、本物の善行為になるのか、吉祥なことなのか、自己満足だけの準備にならないよう、日々の生活を大切に過ごしたいと思います。
テーラワーダ仏教、またたずねてみます。ありがとうございました。

寶川様

御返事ありがとうございます。
ストンと心の中にお言葉が落ちてきたような感じです。
今自分が出来る最善とは何か、
常に自分自身の存在が誰かのために、何かのために役立てるよう、今を大切に生きていきます。

今ココの積み重ねが、先の日々に繋がっていること。あれこれ思考に捕らわれず、私をワタクシしないで目の前にあることを大切に生きるよう努めます。
ハスノハの皆さま、ありがとうございます。

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