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坊主と乞食はどう違いますか?

回答数回答 3
有り難し有り難し 59

挑発的なタイトルで申し訳ありません。もっとマイルドにしたかったのですが、字数の関係でできませんでした。決してお坊さんを馬鹿にしてやろうとか、悪口を言ってやろうとかいう気持ちはありません。むしろ日々尊敬しております。なのでそこの所をご理解いただけたら幸いです。

本題に入ります。
まことに、大変失礼な質問だとは思いましたが、心の中にふと思い浮かんでしまいました。
仏教書を読んでいたら、「仏教の出家者は一切の生産活動を放棄して修行に専念しなければならないので、一般の人たちからお布施をもらわないと食べていけません。」とありました。
その部分を読んだ時に浮かんだことは、「お布施をすることによって、お布施をした人にはなんのリターンがない。これでは乞食に施しをするのと同じでないか?」ということです。
もちろん、お布施をすることによって功徳が積める、物惜しみに打ち勝つことができるというのは分かっているのですが、現代人にそんなことを言ってもそれが何だよ?と鼻で笑われるでしょう。もし私が誰かに「坊主と乞食って何が違うの?笑」と聞かれたら私はなんと答えればいいのでしょうか?

ちなみに身近なお坊様(そこそこ名のある立派な人です)にこの質問をしたら「違わないんじゃね?」とのことでした。ハスノハのお坊様方はどうお答えになりますか?

大変罰当たりな質問だと思います。このことで私の身に不幸が起こったら甘んじて受けるつもりです。しかし、後学のためになんとかお答えしていただければ幸いです。

2019年6月19日 22:06

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

そう、乞食であります。

時々同じことを言われるのでお気になさらず。

確かに元来僧侶を表す「比丘(びく)」という言葉には「(食を)乞う者」というような意味があります。

若い人は腹が立つ人もいるかもしれませんが、私は「ええ、乞食(こつじき)であります。ただし法を説く乞食であります。」と答えております。

法の価値を知り、それを必要として求める人に法を説き布施を頂戴致しております。
法を必要としない人にはこちらからも押し付けることは致しません。

2019年6月20日 21:42
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有り難し
おきもち

在家出身の高野山真言宗の僧侶です。 お坊さんよりもサラリーマンの方が長い...

お布施は三種類あります。

・法施(仏法を説く)
・財施(金品を与える)
・無畏施(恐怖心を取り除く)
です。

僧侶はお布施として金品を頂きますが
その前に法施・無畏施を行っているはずです。
そう考えればサービス業とも言えるでしょう。
一方的に金品を施してもらっているわけではないのです。

ただ法施・無畏施は
すぐ役に立つサービスではないので
現代人にそんなことを言ってもそれが何だよ?
と鼻で笑われてしまうのかもしれませんね。

2019年6月20日 9:43
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有り難し
おきもち

和田隆恩
 1967年京都市生まれ。山形大学理学部卒業後、証券会社で勤務。30歳で脱...

仏教教団を後世に残したいかどうか

たとえば、天然記念物や絶滅危惧種に指定されている動物は、放っておくと滅びてしまうでしょう。
しかし、「滅んで欲しくない」と願う人間は、一生懸命に保護して絶滅させないように支援しているのです。
仏教徒にとって、2600年前にお釈迦様が悟った内容を、お釈迦様の弟子の弟子の…弟子にあたるお坊さんとその教団が現代まで伝えてくれているのは、貴重で有難いものです。
仏教教団に滅んで欲しくない、仏教の教えを後世に伝えて欲しいと「価値」を見いだす人にとって、教団を支援することは喜びになります。
仏教は、悩み苦しみを消したり制御するためのコツを説く教えです。
それを2600年にわたって伝承している仏教教団と教団に所属するお坊さん達に対して、ご支援よろしくお願いいたします。

2019年6月20日 4:14
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有り難し
おきもち

浄土宗教師。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための...

質問者からのお礼

そうですね。
僧侶は法を解き、在家はそれに対して布施をする。乞食とは違いますね!
すっきりしました。ありがとうございます。

「お坊さんのことを知りたい」問答一覧

禅の心

以前、代々ご家族の血縁でお寺をされている長男のお坊さんとお付き合いさせて頂いておりました。 私は、小さい頃からずっと日本の文化が 好きです。行動や意味、全てに想いが詰まっていると思うからです。禅もそうだと思います。宗派や教えは違いますが、修行する意味、教えの意味、そこにある想いは一緒だと思うのです。 彼は継ぐ決心が出来ず、実家のお寺を離れて大学生をしている時に出会いました。彼のお父様にお会いした時、すごく違和感を覚えました。言葉では表しにくいのですが、冷たい…ドライな感覚です。彼もお坊さんになる決心をして、修行に行くまでの期間、その違和感に似たものが私の中でどんどん大きくなっていきました。偏見の言葉や、権力には敵わないなどの発言も多くなっていきました。お父様そっくりでした。 お別れした後、周りの方からは「私達には分からない世界だからそれは仕方ない」「私達には分からない重圧があるのだろう」と。 それが私には納得がいきません。生きていくだけで辛い事、苦しい事が沢山あります。それはお坊さん一般人関係なく平等にあるものだと思います。 お寺の世界とは、一般の世界とは違うものなのですか?今まで自分が信じてきたものが分からなくなる時があります。

有り難し有り難し 10
回答数回答 1

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