彼は何の為に生まれのか
先月前夫が亡くなりました。
彼の人生の後半は決して誇れるものではありませんでした。
嘘で身を固めた人生で仕事もろくにせず、借金を抱え、亡くなった時の所持金は数百円でした。夏にはまた家族として、一緒に生活を始める予定でしたが、私達にも言っていた事は嘘ばかりでした。うすうすは嘘だと思っていましたが…
人は役割を終えたからその命を終えると聞きます。
彼の役割は何だったのでしょう?
彼との25年良いこともありました。
二人の子供を授かりましたし、私の癌も見つけてくれたので、私はまだ生きています。しかし、苦労はとても多く
死んでしまおう!と思う程の嘘と金銭的苦労をさせられました。最後の最期まで私に嘘をつき続けた彼の人生は何だったのでしょうか?
人は生まれる時に寿命は決まっているともききます。役割を果たしたから亡くなったのなら、彼の役割は何だったのでしょうか?
教えて下さい。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
誰かに与えられた役割なんかない
ご相談拝読しました。元ご主人のご命終に謹んでお悔やみ申し上げます。
hasunohaにご相談いただく様になってからのこの短い間でもあなたから元ご主人への思いは様々に変わっているようにお見受けします。
もちろんそれは当然のことです。だからこそ、浮かんでくる様々な感情の一つをとらえて「これが私の本当の思い」としてしまう必要はありません。
今回のご相談は彼についての悲しみや憤りや情けなさのような感情が前提となった内容かとお察ししますが、前提を是としてそこから考えていっても迷路にはまるだけです。前提をもう揺るぎ無い確かなものとしてしまうのでなく、前提も変化するものとして受け止めていきましょう。
>人は生まれる時に寿命は決まっている
>人は役割を終えたからその命を終える
これらの考えも前提の一種です。本来人はそのようなもので量られる存在ではありません。運命論でも、役に立つとか立たないとかいう話でもないのです。
彼が生まれたのは彼が生まれる原因があったからです。それだけです。彼の両親の出会い、そのまた両親の出会い…そして彼とあなたが出会ったのも出会う原因があったから。同じ時代に同じ人間として同じ国に生まれこうして出会った。
こう書いてしまうと簡単ですが少し考えればわかるように生まれたことも出会ったことも奇跡としか言えません。
それを誰かが自分の価値観で「この人は何のために生まれたのか」と問いを立てることはその奇跡を軽く見てしまうようなものであるのかもしれません。
もちろん、あなたの真意はそうではないこともわかります。
彼の死が受け止めきれないのですよね。あまりにも大きな事実で。
あなたはあなたでいいのです。もっと言えば、いいとか悪いとかではなく、あなたはあなたでしかないのです。どんな気持ちも縁によって湧き上がってきたもの。その時のあなたの気持ちとして認めて受け止めていきましょう。
そうしてあなたがあなた自身を受け止められた時、彼の受け止め方も変わるのではないでしょうか。
質問者からのお礼
お答えありがとうございます。
彼が亡くなって35日。
一日一日いろんな事を考えます。
喪失感と裏切られた悲しみ。
そして後悔。もっと早く一緒に暮らしてたら助かっていた、こんな事になるなら意地をはらずにもっと優しくしていればと。
運命、宿命と思う事でこの辛さをどうにかしたい と
置いていかれた怒りを彼の今までの行動にぶつけてみたりと
でも、何をしても辛いです。
会いたくて会いたくて。