hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

友人からお返しがない

回答数回答 2
有り難し有り難し 24

いつも相談に乗って頂き感謝しております。
短大時代からの友人の話です。
友人とは都内の学校で出会い、かれこれ10年以上のお付き合いになります。
現在は…
私は既婚、子なしで横浜在住。
友人は独身、宇都宮に在住。
環境や住む場所が違っても年に一度は、友人が遊びに来てくれて都内でランチするという関係が続いていました。
そして、ここ数年はずっとお互いの誕生日にプレゼントを渡していました。
会うタイミングの時は手渡しでしたし、それ意外は郵送していました。
ところが、11月に会った時に私は友人の誕生日が近いからとプレゼント渡したのですが、私の誕生日の1月にはLINEで連絡はくれたものの、未だにお返しのプレゼントがありません。
このような事をいちいち気にする自分の器が小さく、異常なのかと思い気にしないようにしていたのですが、正直ショックな気持ちが大きいです。
とても礼儀がある友人だと思っていたし、LINEで友人の悩みを結構聞いてあげていただけにモヤモヤしてしまいます。
もうこれからはプレゼントを渡さないようにするのがよいでしょうか?
また、どのように考えれば成長に繋がるか教えて下さい。


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

大事なモヤモヤ

それは正直モヤモヤしてしまいますね。お気持ちお察しします。

しかしどうでしょう。これはプレゼントをやめる良い機会ではないでしょうか。毎年プレゼントを選ぶという方がずっと負担ではないでしょうか。

もう10年以上の付き合いとのことですし、今更プレゼントがなければ関係も…という間柄でもないのでしょう?いや、もしそうなら関係ごと見直す機会でもありますし。

ギブアンドテイクが釣り合わないと成り立たない関係は友人関係ではなく利害関係です。

でも私たち人間が本当に何の利益もなく人と付き合えるかと言うとそれは正直何とも言えないでしょう。だからモヤモヤしたり不満に思う事が悪い事なわけではありません。

むしろそのモヤモヤこそが「友人って何だろう?私って何だろう?」という問いを起す機縁ともなります。

その人があなたをどう思っているのか、あなたにどう振舞うかの以前に、あなたはその方の友だちとしてこれからもいたいのですか?

そこから考えて今後の「応え」を選択してみましょう。

{{count}}
有り難し
おきもち

個別相談可能
はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
基本的には平日13時~15時のみ対応可能です。お寺の行事、急な法務で対応できない場合もあります。

Give and Take的なプレゼントは疲れますよね。

こんばんは。亀山純史と申します。

Give and Take的なプレゼントは、こういったご相談のようなことが起きると、とても面白くないものになってしまいますよね。プレゼントは、純粋に「あげて喜ぶ顔が見たい!」といった気持ちでのものありたいですね。

私は今勤めている学校で、昨年度までの3年間、同じ学年の先生方の誕生日には、プレゼントを用意していました。それはたまたま3年前、私は2クラスしかない学年の学年長で、先生方も少ないからこそ、結束力を高め、楽しい学年団にしたかったからです。そのとき、私の誕生日に、学年の先生方からのプレゼントの有無は全く気にしませんでした。それは、私からの学年の先生方へのプレゼントは、Give and Takeのような、お互い交換しましょう、といったものではなかったからです。

ですから、今のようなGive and Take的なプレゼントは、一旦止めてみてはどうでしょうか。もちろん、スタンスを変えて、「あげて喜ぶ顔が見たい!だから、これからも、プレゼントをあげたい!」でも良いのですが。

以上が私からの回答です。プレゼントをあげたときには、あとからも気持ち良い状態でありたいですね。

{{count}}
有り難し
おきもち

hasunohaを訪れてくれた皆さん、こんにちは。私は浄土真宗本願寺派の僧侶です。令和6年3月に、公立高校の教員を勧奨退職しました。その後、縁あって、令和6年4月からは「まちサポ雫石」というNPO法人のお手伝い、また、令和6年10月からは公立高校の非常勤講師をしています。 浄土真宗における僧侶は、仏さまの教えに生き、その教えを伝える者であり、人を悩みから救う能力を有した者ではありません。人の悩みを救う救いの主は阿弥陀さまです。ですので、hasunohaにおける私の回答では、仏さまの教えに救われているこの私の生き方、考え方を、皆様にお見せするだけです。そして私自身、お答えできるご相談の範囲はそう広くはありませんが、皆様のお役に少しでも立てればと思い、回答させて頂いております。

質問者からのお礼

御回答ありがとうございました。
お二人の言葉にハッとさせられました。
確かに最初にプレゼントをした時は見返りを求めていなかったはずです。
このような考えになってしまったので、一旦プレゼントを渡すのは止めることにします。
この友人とは利害関係ではなく、これからも仲良くしていきたいと思っているので…。
自分の心や気持ちを見直す良い機会になりました。
本当にありがとうございました。

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ