死ぬことが、怖い。
私は最近ずっと「死」について考えています。朝起きてすぐ、
「いつかはこの生活も終わる。」
「怖い。」「何も無くなることが怖い。」
などと考え始めてしまいます。
学校に居ても同じです。授業中もずっとずっとそのことでいっぱいです。
「どうせこの人も死ぬ…」
「頭のいい人も悪い人も結局死ぬんだ…」
なんて、縁起の悪いことが頭の中をグルグルしています。
私は、具体的に「死」の何が怖いのか考えてみました。それは、死んだ後の「自分」が「無」になるのではないか、ということでした。
それが怖くてたまりません。調べてみれば「無」になったら死んだことすら気づかないとか、痛みなども感じないとか……恐怖でしかありません。
また、死んだら生まれる前の状態に戻るから何も怖くない。というのですが、私はそれを信じていません。
もうだいぶ前の記憶なのでそれが本当かも分かりませんが、
私の1番古い記憶は砂嵐のような黒い空間で、ピーという超音波のような?ものが聞こえているというものです。この時は眠っているような感覚でした。
私はこれを赤ちゃんの時の記憶だと思っています。
もし、これが生まれる前の感覚なのだとしたら……そう考えるだけで怖いです。
とにかく辛いです。
楽しいことも楽しいと思えなくなり、人が言うちょっとした言葉にさえも敏感に反応して勝手に悲しくなったり。
「明日」が来るのが怖いです。前までは休日というだけでハッピーだったのに今では1秒1秒、時が進んでいくのすら怖いです。
どうしたらこの怖さを取り除けるのでしょうか。
誰にも分からないことへの怖さはどうしたらいいのでしょうか。
後悔しないように幸せに生きろと言いますが、その、「幸せ」さえも心の底から感じなくなってしまいました。
この場合、どうしたらいいのでしょうか。
疑問が多くてすみません。
どうか、回答をお願いします。
この叫びたくなるほどの不安と恐怖が晴れるまで自分は質問していきたいと思っています……
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
お釈迦さんも怖かった。
"楽しいことも楽しいと思えなくなり"
”いつかはこの生活も終わる”
"「明日」が来るのが怖いです"
"この叫びたくなるほどの不安と恐怖"
"どうしたらこの怖さを取り除けるのでしょうか"
なるほど。
つまり、悟りを開く前の若き日のお釈迦さんと同じ悩みを持ってしまったわけですね。他人に話せば、考えすぎだと笑われそうだけど、それにしてもまたとんでもなく壮大なテーマに辿り着いてしまったものだ。
やっぱり死ぬのは嫌だ。だからといって、死なずに済む方法なんていうものは、じつはさすがのお釈迦さんにも見つけ出すことはできなかったんだ。そのかわり、ニヒリズムに取り憑かれて自暴自棄になったり、いのちを粗末にしたり軽んじたりというのとはまったく逆の意味で、「いつ死んでもヨシ!!」と肚の決まる人生の視点を発見し、そして生きる姿勢を研究してはみんなにそれを説いて下さったんだ。どうやら「死の恐怖」は、「いつ死んでもヨシ!!」と心底思える何かを獲得することでしか超越できなさそうだ。
”叫びたくなるほどの不安と恐怖が晴れるまで自分は質問していきたいと”
さあ学べ!! ともに学ぼう!!
質問者からのお礼
ありがとうございます。
まだまだ死について怖いですが、学ぶことが出来ました。
ありがとうございました😊