育児中。余命短い母にしてあげられること
2.4.7歳の子どもを育てる、子育て世代です。
実家のそばに家を建て4年。これから両親に助けてもらいながら孫の成長を共に分かち合えたらと思っていた矢先。
昨夏、実母が末期の膵臓癌であることがわかりました。
まだ動ける母に、いま私にできることの一番は孫の顔を見せることかなと思い、半年ほど過ごしました。
しかし、確実に母の癌は進行している様子。私の前では気丈な姿しか見せませんが、実家で同居している実父から聞くと、横になる時間が増えてきていると。
母は、周りに迷惑をかけまいと最終的にはホスピスに入るつもりみたいですが、本当は最期まで孫の顔も見られる自宅に居たいのだろうと思います。
私が介護できる状況ならよかったのに、幼い子どもたちが居り、私が居ないと家がまわりません。
いまになって、もっと早く結婚、子育てをしていればと悔やまれます。
性格上、父は介護なんてできる人ではありませんし、唯一弟が居ますが父と絶縁に近い関係で実家には寄り付きません。
母にしてあげられることの少なさを思うと悲しく、無念でなりません。
また、子どもは兄2人に妹という構成で、やっとできた女の子に母も大喜び。とても可愛がっています。
末娘はまだ幼く、母のことを忘れてしまうのかと思うとそれもまた苦しくて苦しくて…。
諸々、考えると辛く、悲しくなるため、毎晩のように最終的にはテレビやスマホに現実逃避してしまいます。
こんなことをしていては、後悔すると思いつつ、どうしてよいのかわかりません。
いまの私にできること、考えるべきことはなんでしょうか。御指南いただけたら幸いです。
お坊さんからの回答 1件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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あなたしく、出来る事をむりなく。
初めまして、今日は。
私も、30代初めの頃に妻を脳腫瘍で亡くしました。その後にご縁がありお付き合いしたばかりだった彼女を東日本大震災で失いました。妻の異変に何故?もっと早く気が付かなかったのか・・過去を追って下を向いたまま生きていた私に、過去でもなく未来でもなく、大切なのはこの今という二度とない瞬間だよ!と常に鈍感な私に気づかせようとしてくれた彼女にもっと優しく出来なかったのか・・後悔をしたこともありました。
命とはとても尊く、長く生きたのか?でもありません。自分らしく如何にどう過ごしたのか?だと思います。
あなたは大切な気づきを与えて頂けたのではないでしょうか?亡き妻の余命を聞いた時、絶望をして・・どう生きていったらいいのかと悩み苦しみましたが、残された時間を如何に大切に過ごすか・・と思考を変えました。意識がなくなってからも愛おしく髪を撫でて、子供たちの事を出来るだけ語りました。聴覚はその瞬間まで生きているから旦那さんたちの声は必ず届いていますよと主治医の先生が言っていました。
私たち、形あるものはいつかは彼岸(あの世)に辿り着き、そして新たなストーリーを描き歩み出します。大切な別れから多くの気づきを与えて頂けます。存在や、何気ない日々がどれだけ有難く仕合せなのか?健康がどれだけ有難いのか・・
お母さまも、お孫さんを抱きしめられたことや仕合せに過ごす姿を見れた事こそ何よりもの親孝行だと思います。
悲しみ下を向いて過ごすより、笑顔でいつも通りにあなたらしく無理なく出来る事をしてお母さまとの時間を大切にお過ごしください。決して無理をせずにです。何も語らずただそばにいるだけの”無言の介護”というものを妻を介護していた時に知りました。そういう心と寄り添う時間も大切だと思います。
起きていない出来事を思い不安や心配になり心を奪われずに・・
あなたの思いはしっかりとお母さまに届いています。お母さまとの思い出を心のアルバムにしっかりと刻んで、お子様が大きくなった時にアルバムを開いてお母さまの生きた証を伝えてください。
時は黙っていても、留まらず動いています。お母さまとの時間を、あなたらしく笑顔で過ごす事が出来ますように、心からお祈り致しております。
苦しくなったとき、いつでも私のお寺のメールにメッセージください。
合掌
質問者からのお礼
うっかりパスワードを忘れ、ログインできなくなっておりました。お礼が遅くなりすみません。
貴重な、有り難いお言葉、感謝申し上げます。胸いっぱいになりながら拝読させていただきました。
このような状況ですが、前向きに、毎日を大切に過ごして参りたいと思います。