大切な父の死
もう数年経ちますが、大切な父が自殺をしました。
未だに直接的な原因は分からないのですが、私は父が亡くなる前から、父との会話の中で弱気な言葉もあったので、自殺してしまうのでは?と心配になっていました。
家族の中で私が1番最期に会話をし、今思うと今までと違う感じを受けてたのに、私は父を救うことが出来ませんでした。
父に対して本当に申し訳なく思います。
私が子供を授かれなくて、父に孫を抱かせてあげられなかった。
もし、孫を抱かせてあげられていたら、父も楽しみが増え、自殺しなかったのではないか?
悔やんでも遅いのですが、大切な父を無くした、助けられなかった事実を、どう自分の心の中で思えば良いのか、お言葉が頂ければ幸いです。
今は、毎日父を思い、心の中で父に語りかけ、月命日にはお教を唱えています。
苦しみの原因は、ただひとつ。結婚後の生活です。自分で選んだ道ですが、主人のパワハラに悩む毎日で、ただひたすら主人の機嫌を損ねない様、自分を押し殺しています。
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親子の絆
おはようございます
身近な大切な方が亡くなられると本当にたらればばかりが心中を駆け巡るかと思います
もっとしてあげたら…話を聞いてあげたら…後悔は尽きない事でしょう
しかし、今生では助けてあげれなくても毎日手を合わせているということで、それは今この瞬間でもお父さんに出来ることです
追善供養というものは『後から追って善いことをする供養』です
亡き父を偲び手を合わせて、お経を唱える、これ程の親孝行があるでしょうか?
どうか一心にお父さんの冥福をお祈りしてあげてください、それが今からお父さんを助けてあげれる第一歩であると私は思います
質問者からのお礼
お忙しい中、温かい回答をありがとうございます。
後悔の気持ちが消えることは無いのですが、毎日父を思い手を合わせることが供養になるなら、これからもずっと父を思い、残された母を大切にしようと思います。
今までこのような悩みを、誰にも相談したり話したり出来ず、辛い日々でしたが、こちらで話せたことで、今までの自分の心が父に繋がっていると思えました。
本当にありがとうございました。