自分は死ぬべきではないかと考えてしまう。
私は周りにうまく馴染めない事が悩みでした。
仕事でも周りに気を遣いむしろから回ってしまい、負の連鎖が続いてしまっています。
原因がわかれば精神的にマシになるのではないか、前に進めるのではないかと思い精神科を受診した所、ADHDと診断されました。
しかし、精神的にマシになる事はなく寧ろ不良品のレッテルを貼られたような気分で生きる価値が見出せなくなり、このまま家族や数少ない友人に迷惑をかけ続けるのであれば私は死ぬべきなのではないかと思ってしまいます。
もちろんもっと重度な疾患をお持ちの人からすれば甘えているのかと思われても仕方ないとわかってますがこの気持ちを抑える事が日に日に難しくなりいつも死ぬ事を考えてしまいます。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
ひとつのことにとらわれずに
拝読させて頂きました。
あなたが自分の傾向としてそのようなところがあることで深くお悩みなさっておられることを読ませて頂きました。あなたがそのように思うのも無理からぬことかと思います。あなたのお気持ちをこころよりお察し申し上げます。
人それぞれにやはり特性がありますし、それは単純にいいわるいということでもありません。そのような特徴を持っているということを知ってそれに対して少しずつ対処の方法を見つけていければいいのではないでしょうか。
詳細なことはわかりませんけれども社会の中で人と生きていく時にどう対応していけばいいのかを医師にも相談したり専門のカウンセラーにもお話をきいてみたりなさりながら一つずつ積み重ねていければいいと思います。
あなたがこの世に生を受けてたことは本当に尊いことです。そしてあなたを大切に思っている方々はあなたが知っている以上に沢山います。これからあなたは沢山の素晴らしい出会いが訪れます。その中であなたが沢山のことを学んで吸収して少しずつ成長なさっていかれます。
ものごとは一面だけではありません、気が付かなくてもとても大切なことは沢山あります。
あなたのその傾向だけにとらわれて悲観なさったりするでけではなく少しずつ大きくおおらかに自分を認めて下さいね。
あなたがこれから沢山の方と一緒にこころおおらかに豊かに生きていかれ成長なさっていかれます様にと切に祈ってます。
自分らしいを模索して生きましょう。
こんにちは。亀山純史と申します。
あなたが仰るとおり、もっと重度の疾患をお持ちの方は大勢いることでしょう。しかし、今あなたが抱えている悩みは、決して他の人があなたに代わり悩むことができない悩みであるわけです。ですから、今こうして辛いお気持ちになっていても、それは決して甘えではないのです。自分自身の気持ちを抑えて、「これは甘えだ。」なんて思う必要はないのです。確かに、自分自身に厳しくすることで、自分自身を成長させることはあります。しかし、今のあなたに必要なことは、自分自身の気持ちに素直になり、あなたらしい生き方を考えてみることだと思っています。あなたのような症状で苦しんでいる人たちも、それぞれが自分らしい生き方を模索し、自分なりに、あるいは主治医等からの助言を受けながら、仕事をこなしていると思います。そして、自分らしさを模索する過程で、このハスノハを使っていただければと思っています。