火の鳥で描かれる輪廻について
火の鳥鳳凰編で、死後、輪廻しても虫やカメにしかなれず、この世がなくなるまで永久に人間になれないという輪廻が描かれていました。(「火の鳥 茜丸 トラウマ」などで画像検索するとそのシーンが出てきます。)
漫画ですが、こうした輪廻は仏教的なのでしょうか?
仏教の輪廻の教えは、どのような救いがあるのでしょうか?
お坊さんからの回答 3件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
死と再生
拝読させて頂きました。
私もこの作品はとても好きなものです。だいぶ昔に読みましたので今本棚から持ってきました。だいぶ厚い本なので改めて読みます。その前にせっかくなので書かせて頂きますね。
この話しでは私達の生命やあまたあらゆるものごとのはかなさを表していると私は思います。
どんなに強大な権力であっても本当にあっけなく滅びていくこの世の無常を表していると思います。強大な権力である国家が建造する東大寺の大仏も本当にはかないものです。
また宇宙創生から様々に移り変わり生まれ変わり死に変わるゆく私達の存在を表しています。そこでは例えば微生物やミジンコになったりカメになったり人の身に生まれたりして死んでいく壮大なストーリーとして輪廻転生を表しています。
そのようにはかない些細な中でも私達が生きることの尊さや素晴らしさをこの作品は表しています。
作品に出てくる火の鳥はその死と再生の象徴として何度も描かれています。
また確かハリー・ポッターの秘密の部屋でもダンブルドア校長先生の部屋でも極楽鳥?でしたか年老いて燃え尽きていき、灰の中から新たな極楽鳥が生まれてくるところがあります。そして毒に犯され死にゆくポッター少年を極楽鳥の涙の力で癒して回復させるシーンがありました。あれも死と再生を表しています。
ですから東洋西洋を問わずに死と再生という輪廻転生の法則を私達はもう既に受け継いで生きているのだと思います。
火の鳥鳳凰篇の最後のシーンでは死と再生の象徴である太陽に向かって力強く生き抜いていく主人公の片腕の障がい者の仏師である我王の姿が描かれています。
そのように死と再生の中を私達は生き抜いていくことができること、生きることの尊さを表していると思います。
私達がこの世に生命を受けて生きることもあまた無限の中での奇跡的なことですし、不思議なご縁の巡り合わせです。
作品についての受けとめ方はそれぞれの人によっても変わるかと思います。あなたはいかがですか?読みながらゆっくりと改めて自分自身の生命についても考えてみる機会を与えてくれると思います。
あなたがこれからもご自分の生命や人生について見つめながら己れの道をしっかりと歩んでいかれますようにと祈っておりますね。
せっかくの機会を与えて下さりありがとうございました。改めてじっくりと読ませて頂きますね。
基本的に仏教では、悟って煩悩・執着をなくせば輪廻転生から解脱できると考えます。
そのためには、仏教を学ぶのが最良なのです。
人間は、仏教を学べるので素晴らしいですね。
ただし、はてしない輪廻転生のくりかえしの中で、人に生まれることは超レアなのです。
さらに、仏教を学べる機会に恵まれること、そして、悟って輪廻転生から解脱することは、さらに激レアです。
今生が人間でも、来世は人間になれないかもしれない。特に、罪深き者は、畜生だけでなく、地獄・餓鬼になる可能性も高い。
日本で平安時代から浄土に往生したいと願う信仰が盛んになったのは、極楽浄土には地獄・餓鬼・畜生がいないから、つまり、極楽浄土に生まれかわれば人や天(神様)になれるからなのです。
輪廻転生はインドのバラモン教の教えが原点
火の鳥私も大好きです。非常に仏教的な要素を取り込んでいると思います。
輪廻転生自体はインドのバラモン教の教えが原点と思います。カースト制度は身分が低い人は前世で悪いことをしたからという理由でなっている。そこで頑張って役目を果たせば、生まれ変わった時に上級階級に行けるという思想だったと思います。
その制度に疑問を持ったのがお釈迦様です。何とかしてカースト制度を無くそうと考えた結果、バラモン教でなければよい。新しい宗教を作り、皆を取り込めばカースト制度を無くせると考え、カースト制度を天上、人間、畜生などと置き換えて表現したと思います。
解脱とは輪廻転生、カースト制度から抜けると同時に仏教に帰依するという意味も含んでおります。
でも実際は日本の多くの僧侶は輪廻転生を信じていた節はあります。
あなたは輪廻転生に踊らされてはならない。生まれ変わりのために今を生きようとせず、自分は何のために生きるのかを自問自答しながら正しさを追及して欲しいです。
質問者からのお礼
Kousyo Kuuyo Azuma様
ご回答いただきありがとうございました。
火の鳥がはかなさを描いているというのは共感しました。
権力の象徴の大仏殿が燃えたり、いろんな生き物が死んだりしますが、その後も物語が続き、大きなスケールで死と再生が描かれていると思います。
火の鳥では命の儚さもあれば、不老不死になったりループし続けたりみたいな話もあって、そういうのは読んでいて怖いなあと思いました。
願誉浄史様
ご回答いただきありがとうございました。
輪廻の救いは悟って解脱することで、でも悟りやすい人間になることは超レアであるということなど勉強になりました。
しかし、火の鳥で描かれているよう、この世がなくなるまで永久に人間になれないという輪廻観は、人間が超レアすぎて違和感がありました。(輪廻はもっと救いがあるものではないかと思いました。)
大鐵様
ご回答いただきありがとうございました。
六道輪廻はカースト制度をなくすために作られた側面もあるのですね。
また、解脱するとはもともとあった輪廻思想やカースト制度から抜けて、仏教思想に移るというような意味もあるのですね。
火の鳥の輪廻に今踊らされているところですが、これから色々勉強して正しさを追求したいです。
皆様の回答を何度か読み直させていただいております。
ただ、火の鳥で描かれていた永久に人間になれないという輪廻観は救いがあるのか、救いがないのなら仏教的と言えるのか気になっています。
整理ができましたらもう一度質問させていただくかもしれません。