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家族の死

最近、家族の死について考えてしまいます。特に祖父母のことについてです。

私の親は共働きなので、保育園と小学生のときはよく祖父母の家に預けられていました。保育園のお迎えはおばあちゃんがしてくれました。買い物はいつも一緒に行きました。風邪を引いたらおじいちゃんが病院に連れて行ってくれました。旅行も数えられないほど行きました。
このときの祖父母とは親よりも一緒に過ごす時間が多かったかもしれません。そのためか今でも祖父母のことが大好きです。

この間、久しぶりに旅行に行ったとき、祖父母よりも背が高くなっていました。耳も遠くなっていました。2人とも80近いので当たり前なのでしょう。でもやっぱり時の流れを感じると切なくなってしまいました。

最近は「いつ死ぬかわからない」とか「もう先は長くないから」などと言っています。でもそんなこと言ってほしくありません。ずっとずっと元気でいてほしいんです。永遠なんて無いとは知っています。でも大好きな祖父母が死んでしまったらと考えると涙が止まらないんです。

恩返しもまだしていません。何をすればいいのかもわかりません。
この恐怖がどうしたら落ち着くのかもわかりません。
どうか教えてください。

身近な人の死
有り難し 30
回答 2

質問投稿日: 2016年2月21日 18:12

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

恩返し

おじいさんおばあさんに大切にされて育ったんですね。
仏教では時間の流れを「無常」という言葉で表現します。だんだんと弱っていくおじいさんおばあさんを見ると辛くなりますよね。
でも、ももさんはそういう事を考えられる優しい大人に成長されたんです。何も考えず無邪気に遊び回っていたももさんが、今立派に大人に成長するのもまた「無常」なんです。
そしてそれは、おじいさんおばあさんにとってどれほどうれしいことか。
子や孫が身近に居て立派に成長してくれる、ももさんの立場では「そんなことくらい」と思うかもしれません。でも親や祖父母の立場ではそれがとてもうれしいものなのです。
ただそこに居てくれて気にかけてくれる。それだけでも十分な恩返しと言えるんですよ。

できれば今、ご健在のうちにいろんなお話を聞いておいてください。その言葉の一つ一つが将来の宝の言葉になるでしょう。
もしかすると今ももさんが抱えている恐怖に打ち克つ方法もご存じかもしれませんよ。

2年11ヶ月前

いつか必ず、その時が来ます

 既にお分かりの通り、出会いがあれば、別れがあります。人生にスタートがあれば、いつかエンデイングお時を迎えます。いつか必ずその時が来ます。

  その時がくるから、今を大切に生き、お祖父さんお祖母さんと過ごせる時間を大切にすることです。あなたのこれからの一歩一歩を丁寧に報告してあげることです。「どうしよう、どうしよう。」と思ってばかりいて、何もしないのが一番駄目です。

「大学、合格しました。」「入学しました。」「こんな勉強してます。」「サークル活動、楽しんでます。「就活してます。」「就職、決まりました。」「入社しました。」「○○支店に赴任します。」「婚約しました。」「結婚式の日取りが決まりました。」一つ一つの報告を聞いて、お祖父さんお祖母さんは「生きて来て良かった。」「」孫が居て良かった。」と喜んでくれると思います。

 人生ですから、すべていいことだらけとは行きません。時には「つらい報告」「残念な報告」「悲しい報告」をせざるを得ない時も有ります。それらの報告も大事です。心配させまいと黙っていられるよりも、打ち明けてもらった方がお祖父さんお祖母さんは嬉しいと思います。喜びも悲しみも共有してこその家族です。今、出来る事を精一杯やりましょう。

 その時が来たら、どうすれば良いか?

その時までお祖父さんお祖母さんにどれだけ会ってどれだけ報告したか、hasunohaに説明し、質問して下さい。

2年11ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

回答ありがとうございます。

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