黒い過去との向き合い方
この数週間ずっと暗い気持ちです。
きっかけは、半年前に辞めた会社に6月末から復職させて頂くことになったのですが、前回辞めるときに嘘をついて辞めてしまいました。
(おそらく嘘をついてしまった人は気づいていると思いますが、今回採用してくれた人はそのことは知らないと思います。)
嘘をついた時は「もう関わることもないから」という、本当に自分勝手な気持ちだったと思います。後悔の気持ちと今後どうしていったらいいのか、苦しいです。
また、暗い気持ちになり、過去のことを振り返り自分のしてきた悪いことを次々に思い出しました。
・小学校、中学校のころ友達に意地悪したこと
・部活で活躍したいと言って大学に進学させてもらったのに、途中で辞めてしまったこと
・新卒で入社した会社を結果が出なくて、逃げるように辞めてしまったこと
・親が自分が生まれたときから大事に貯めてくれていたお金を社会人になってからもらったのですが、それを浪費してしまったこと
・自分を守るために、その場しのぎの嘘をついてきたこと
心の中が黒く重く、後悔でいっぱいです。当たり前だと思います。
世の中には何かに挑戦して失敗して苦しい思いをしている人もいますが、自分は親や周りに人に甘え、辛いことから逃げ、その結果自分で後悔して自己嫌悪に陥り苦しむという最低な人間です。プライドが高く、卑屈になり、周りの人と壁を作ってしまます。(ネガティブモードになると、よりその傾向が強くなります)
また、過去にこんな悪いことをしてきた自分だからこれからも上手く行かないだろうを考えてしまいます。
この質問をする前ににhasunohaのたくさんの回答を読みました。
皆様がおっしゃっているように、今までのことを受け入れて、引き受けてこれからを生きていくしかないということは、頭では分かっているつもりです。
でも、ネガティブな思考に入ってしまい、暗く怠惰な生活から抜け出ることができません。
これからも生きていくのであれば、このままでは将来後悔すると思います。
心の中では明るく、素直で、周りの人と良い関係を築きながら楽しく生きていきたいと思っている自分がいます。
自分の暗い部分を打ち開けられる人もいないのでこちらに投稿させて頂きました。
厳しい言葉でも構いません、この気持ちとどう向き合っていったらいいのでしょうか。
プライドが高い、卑屈になってしまう、逃げ癖がある、周りの人と壁を作ってしまう
お坊さんからの回答 2件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
普通です。
ご質問拝読いたしました。
黒歴史とあったので、
どんな悪いことをしたのだろう?と
読ませていただきました。
特に問題はないと思います。
普通です。
良い悪いで言えば、
悪いと思いますが、
左程問題があるとは思えません。
貯めておいたお金を使い込んだ。
たしかに好ましくはありませんが、
まあそんなものでしょう(笑)
愚僧は顕名ですから、
あえて申し上げませんが、
まあ似たり寄ったりです。
決して褒められませんよ。
後悔したことは、
将来への諫めとして、
生かしていけば学びに
なります。
そのことに拘泥しても、
何も生まれないどこれか、
あなたの足を引っ張ります。
失敗を後悔ではなく、
未来への布石として、
活かしてください。
しかし、
あなたは運の良い方ですね。
この時期の再雇用、
ほんとうにありがたいです。
経験を未来に活かしてくださな。
あなたは周りから、
好かれているんですよ。
大丈夫!
人生はこれからです。
ご多幸を祈っています。
少しずつでも、新たな自分に変わっていきましょう
過去の自分を顧み自分を反省し自分をかけていくことは、とても良いことです。
自分の歩んできた道を振り返った時、「きれいに美しく輝く道ばかり」という人はまず居ません。誰しもが振り返れば多かれ少なかれ「薄汚れた、穴ぼこだらけの道」を見えると思います。
よしさんの過去の反省を読むと、私の失敗を指摘されているような気分です。
1、ウケを狙って、皮肉・悪口を多く発して、同級生を傷つけた。
2、高校時代、部活を途中で逃げた。
3、司法試験税理士試験を目指す講座を、途中で辞めた。
4、公務員を4年で退職。
5、退職金と財形貯蓄の50万円。飲んですぐ使ってしまった。
こういうことを一応反省しても、この先の40年50年全く改善が無かったら、良い人生は望めないでしょう。私もちょっとは反省し、ちょっと改善に努めたつもりです。他人を嫌い妬み、他人に不快感を感じ他人に悪意を抱くことは、完全には解消出来てません。でも、悪意を込めて観察したり揚げ足取りをすることは、極力しないよう努めております。また、仮にそう感じることがあっても、言葉にすることは嚴に慎んでいます。(全く失敗が無いわけでは無いですが)
よしさんの3倍近い人生を生きてきて、「全く進歩の無い自分」に嫌気がさすこともありますが、「少しは良い方に変わることもできた自分」をちょっと褒めてあげられる時もあります。
仏教では諸行無常という教えを説きます。明日の「よし」さんは、今日の「よし」さんではありません。人は時々刻々変化していきます。良くもなります。悪くもなります。規則正しい生き方に変われるかもしれませんし、とんでもない自堕落な生き方に変わるかもしれません。自分の弱さをしっかり見つめると共に、自分の弱さから逃げないことです。(と自信をもって、言えればもっと立派な坊さんになっていたでしょう。)
私たちは弱いです。弱いから、神仏の前で懴悔(さんげ 反省し改めることを誓い)し、神仏に「頑張ります」と誓うのです。「朝の仏壇に今日一日の誓いを、夕べの仏壇に今日一日の反省を」という言葉があります。時には神仏に自分の弱さをさらけ出し、一方で神仏に「自分の頑張りを支えててください」と加護をお願いしましょう。そして、一歩一歩自分を良い方に変えていきましょう。
質問者からのお礼
お二方、ご回答頂きまして本当にありがとうございます。
今までインターネット上で悩みや質問を投稿したことがなかったのですが、自分の考えていることに対して真剣に向き合って回答してくださる方がいらっしゃるんだ、ということがとても嬉しく、また不思議な気持ちです。
花山雲吉 様
「失敗を後悔ではなく、未来への布石と活かす」おっしゃる通りだと思います。
過去の出来事に対してどうしても悪いイメージを持ってしまいます。それを良いイメージにするというのは難しいかもしれませんが、その失敗から学べることはあると思うので、これからの人生に活かしていきます。
また、「運がいい」「大丈夫」「好かれている」これらの言葉を頂いて、気持ちが楽になりました。ずっとネガティブな視点になっていてそのように考えられなかったのですが、そのような言葉を頂くと悪いことばかりではないのかもと思うことができました。
吉田俊英 様
自分よりもっと広い視野からお言葉を頂くことができて、気持ちが楽になりました。
「少しづつ変化していけばいい」ということをそれを実践されてきた方からお言葉を頂いたので、少し前向きになれました。自分はネット上の人や周りの人の生き方と比べてしまい、「なんで自分は・・・」と暗くなってしまうこともありますが、それを感じながらも毎日自分を良くしていくことが、おっしゃるように弱さを見つめ、逃げないということなのかなと思いました。
頭では分かっていてもネガティブモードになると実践できていませんでしたが、今よりも少しでもいい未来になれるようにできることをやっていきます。