お金に縛られないで生きたい
四六時中お金の心配ばかりしています。お金があれば幸せで無ければ不幸です。今あっても将来ないと思えば不幸です。
お金のあるなしで幸、不幸が決まるのは仏教的ではないと思います。お金に縛られずに生きたいです。
お釈迦様はお金についてどういう教えを説かれていますか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
すでに様々な恩恵を受けているあなたです
お早うございます。あなたは世間一般の方と同じように、「お金があれば幸せで、なければ不幸だ。将来なければ不幸だ」と考えているようですが、仏教では少し捉え方が 違います。そもそもお金があれば幸せと書いていますが、具体的な金額を計算したことがありますか。その根拠はどこにありますか。実は世間のイメージが勝手にすり込まれているだけかもしれませんね。
お釈迦さまは、『仏説無量寿経』というお経の中で、このように説かれています。現代語訳でご紹介します。
「身分の高いものも低いものも、貧しいものも富めるものも、老若男女を問わず、 みな金銭のことで悩んでおります。それがあろうがなかろうが、憂え悩むことには変りがなく、あれこれと歎き苦しみ、後先のことをいろいろ心配し、いつも欲のために追い回されて、少しも安らかなときがありません。田があれば田に悩み、家があれば家に悩みます。牛や馬などの家畜類や使用人、また金銭や衣食、日常の品々に至るまで、あればあるで憂え悩むのです。」
人生において大切なのは、お金を得ることが最終的な目的ではないということです。お金を得て何をするのか、どう生きるのかだと私は思っています。仏教徒である私たちが大切にしている言葉の中に「三帰依文」があります。その冒頭には、
「この世に人間として生まれた深い意味と尊さに、今初めて気付くことができました。それはまさに仏法の教えを聞くためであったのだと、今ようやく仏法に出会えた喜びを素直にいただくことができました。
このどうしようもなく愚かで迷い続けるしかない身は、人間に生まれたこの一生涯において、もし救われることがなかったら、もう二度と救われるチャンスはないでしょう」(現代語訳)
本来、真っ裸で何も所有せずにこの世に産んでもらった私たちです。20代のあなたは、気づいた時には食事ができる環境を、雨露をしのぐ家を、暑さ寒さを和らげる衣服を、一定の教育を与えてもらってきましたね。そのこと自体が、本当はすごいことで、有り難いことなのです。つまり、この20年の中ですでに様々な恩恵を受けていたのです。その気づきや喜びや感動がないまま、お金のいくら求めても、本当の幸せにはつながらないでしょう。もう一度、足下から見直してみませんか。ハスノハに相談をよせていただき、有り難うございました。