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物事に関しての力の入れどころと抜きどころ

回答数回答 1
有り難し有り難し 3

御無沙汰しております。
kanaと申します。
この度も悩みがありまして投稿させて頂きます。
さて、最近自分は物事(例:就活における履歴書作成など)に関して力の入れどころと抜きどころが分からなくなっています。
というのも履歴書を書くうえで心を込めた方が良いと考える一方で、不採用であった場合の精神的ダメージを少しでも軽くするために力を抜いて書いた方が良いのではないかという2つの気持ちが存在している為です。
また、遊びで就活を行っているわけではないという気持ちが強く出ているのは良い事でもあるのですが、逆に力を入れ過ぎてしまうことで不採用通知を貰った際に”どこがいけなかったのだろうか”と必要以上に考えてしまい力の抜きどころが分からないという状況に陥っております。
この場合はどういう心持ちでいけばいいのか御教えくださると幸いです。
最後になりますが、この度は雑文誠に失礼致しました。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

目的を考える

作業には目的があります。
目的に必要なレベルの完成度で充分なのです。
完成度にこだわりすぎて、かえって目的を見失ったり目的の邪魔をするといけません。
履歴書は、読む側の気持ちを考えて、採用する側が欲しい人材の情報を与えてあげれば良いのです。
そういえば最近は「働き方改革」で、効率化が重視されます。
社内メールで「お疲れ様です」などの挨拶を省略するルールを作っている会社もあります。
挨拶文を書く側、読む側、両者にとって無駄な作業を省略できるからね。
たとえば、この質問であなたが「kanaと申します」と書いたのも、わざわざ質問本文に書かなくても名前は表示されています。そこは「手抜き(効率化)」しても良い部分だったかもしれません。
最近、若い方が「長文失礼します」とわざわざ質問の冒頭に書いておられるのをたまに見ます。
その七文字を書くことで余計に長文にしているじゃないか、とツッコミたくなります。
これも、目的から逸脱した「力の入れすぎ」かもしれませんね。
追記2022年11月25日
 その後いかがお過ごしでしょうか。
 月日が流れるのは速いですね。

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質問者からのお礼

願誉浄史様、お久しぶりでございます。
kanaでございます。
一昨年は、悩みに御答えいただき誠にありがとうございました。
これから、もう少し肩の力を抜いた状態で就職活動を含めた日常生活を生きていこうと思います。
最後になりますが、この度は御返事が遅くなり誠に申し訳ありませんでした。

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