供養の度合い
今年の春に親を亡くしました。
コロナの事も有り近い身内だけで、しっかり見送る事が出来ました。
その後49日法要も自宅で執り行ない、月命日にもお坊さんに自宅でお経をあげてもらっています。
月命日に関しては妹の希望でお願いしましたが、私はそこまでしなくても、自身の「心」でお参りすれば良いと考えています。
近くにいる妹は我家に来ては毎日お経を唱えています。
私は49日法要後はお参りとお仏壇にたまにお供えする程度です。
供養の仕方は人それぞれで、全くしない人もいると思います。
多分私の事も充分だとおっしゃっていただけるとは思いますが、供養は自身の中で故人を思い出し、感謝する気持ちだけでは足りませんか?
表立って何かをする事(法要とか)が供養と考えられません。
私も両親がその都度供養をしていた家庭で育ちましたから、仏教上の式たりが有ると理解はしています。
でも私には遺族の自己満足としか思えないのです。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
こんにちは。お悔やみを申し上げます。
仏壇の扱いや月命日にお坊さんにお経をお願いした件、とても良いと思います。
さて法要の件ですが、あなたは、ご両親から、お誕生日のお祝いや、入学・卒業式のお祝いなどをしてもらいませんでしたか?
あなたは今までご両親からたっぷり愛情を受けて、そのようなお祝いをたくさんしてもらっていたのに、亡くなってしまったら今後は時折心の中で祈るだけで本当に良いのでしょうか?そうだとしたら私はさびしく思います。
また私たちには無数の先祖がいます。いいかえれば先祖あっての私たちなのです。あなたのおっしゃる通りで、先祖供養という儀式をとかく軽く見がちな人がいることも事実です。亡くなった人の事を考えても何の利益もないと考えているのでしょうか。しかしそれは違うと思います。先祖なくして現在の自分は存在しうるはずがないのです。私たちは年回忌法要などの追善供養によって仏と出会い、故人と我が生命のつながりの濃密さを感じるのです。追善供養はまさに最大の善行なのであります。
感謝の気持ちを持って法養をしていただきたいものです。
過去の質問を拝読すると、あなたは性格上、人を集めて何かするのが苦手のようですね。あなたが大変と感じる部分は妹さんに任せてしまって良いと思います。これからのことは妹さんや菩提のお寺さんと相談しながら決めると良いですね。
供養で、仏教との縁を深める
仏教は、悩み苦しみを消したりコントロールするための教えです。
お坊さんへの供養(おもてなし)をすることを通じて、仏教との縁を深め、悩み苦しみを消したりコントロールする教えを少しずつ学んでいく。
そして、身・口・意において善い行いをして、心に功徳(善い癖)をつけていく。
功徳を積めば、悩み苦しみを消したり制御したりするのが上手くなり、悟りやすくなる。
と、いうことで、供養は、お坊さんやお寺さん、ご本尊様に対するおもてなしのことです。
是非、法事などの機会にお坊さんを招き、仏教との縁を深め、悩み苦しみを減らすテクニックを学びましょう。
そして、亡くなった方の分まで自分自身が良い行いをしましょう。
また、自分の功徳を亡くなった方にも回し向け、功徳をシェアするように願いを込めましょう。
供養以外にも、たとえば、亡くなった人の代わりに私がチャリティー募金をするとか、亡くなった人の代わりに私が人助けするとかも、同じような感覚でしょうね。
質問者からのお礼
お礼のコメントがおそくなり大変申し訳ありません。
こんな人間だから功徳を積む事も出来ないのですね。
兄弟姉妹であっても親に対する思いは様々です。
私自身の思いで、私の気持ちで供養していこうと思っています。
ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。