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諸行無常がこわい

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タイトルの通りです。諸行無常という言葉がこわいです。救いの言葉だという説明も読んだことがありますが、まだまだ私はそのように思えません。

結婚なんてしないと思っていましたが、縁あって夫と一緒になり、夫の転勤のため今は専業主婦です。夫は優しくとてもいい人です。経済的にも困っておりません。愛する人に愛して貰えてありがたい限りです。しかし、この幸せもいつか何かの拍子に無くなってしまうのではと考えてしまいます。
それならば、最初からこの幸せを知らずに、以前の自分のようにお金と出世と自分のことだけを考えて黙々と仕事人間でいたほうが迷いがなくよかったのではとも思ってしまいます。
ぐるぐる考え込んでしまいこわいです。
どのような心持ちでいればいいのでしょうか?

2020年9月1日 17:26

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

愛着ではなく慈悲の心で

 無常の真理は、苦しい時は、こういうこともあるさと見方を変える役に立ちますが、楽しい時に、これもまた変化して消えていくと思うと寂しくなりますね。
 生老病死を詳しく説明した四つのうちの最初の「怨憎会苦」と「愛別離苦」ですね。
 結局、求めても得られない、得たと思っても失われる「求不得苦」で、つまるところ、「五取蘊苦」(初期仏教の言い方)です。
 色受想行識から成るこの心身=五蘊に「私」とか「私のもの」とべったり執着(取)して離れないことを五取蘊と言い、その執着のせいで、うまくいっても悪くいっても、苦だと感じるのです。
 しかし、「(私が)苦しい」ではやりきれません。「『苦=変化生滅する法則』がここにも見られますねえ」と、自分のことさえも客観的に観察したほうが、楽です。
 仏教では、愛着ではなく慈悲で生きてくださいと言います。「私の夫」「私の生活」と考えるのではなく、「縁あって今世では結ばれているこの他者」「縁あってなんとか成り立っているこの生活」というふうに客観的に見ながら、「縁ある人も自分にしてくれることがある、自分も周りにしてあげられることがある」と、愛着に縛られずに、しかし、冷たく(愛の裏返しの憎になっちゃいます)するのではなく、慈悲の気持ちで接するのです。
 愛着ではなく慈悲だと、愛別離苦の時も、「そうですか、今世ではこういう別れですね。ではごきげんよう。次の生まれでもお元気で」と、客観的に別れることができるでしょう。
 完璧にやるのは、悟るまで無理でしょうけど、そういう法則を知っていれば、少しは、気持ちを愛着から慈悲に切り替えられると思います。その分だけは、苦の世界で苦が少なく生きられると思います。

2020年9月2日 8:12
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初期仏教というか仏教本来の教えを学びつつ、その在家信者のあり方から見た日本...
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諸行無常の中で

拝読させて頂きました。
あなたのお言葉ですが、諸行無常が怖いというよりは、今感じたりする得られたことを失うことが怖いということではないかと思います。
日々刻々とものごとは移り変わり、あなたも人とのご縁に恵まれてあなた自身は人として成長なさっていらっしゃるのではないでしょうか?その成長や恵まれたことを止めることや無かったことにするのはいかがでしょうか?

諸行無常の中でこそあなた自身の存在も高めることができるのですし、人とのご縁を大切に育むことができるのです。
それはあなたにとってこれからもずっとかけがえのないものではないでしょうか?

ちょっとゆっくり考えてみて下さいね。

あなた自身の人生や生活で本当に大切にしたいこと、大切にするべきことをしっかりと考えていきましょう。
私達はいずれ天寿を全うする時には心だけです。
財産もお金も宝石も名誉も地位も肉体さえも全て置いていきます。自ずと答えも出てきますが、それではどうすれば良いか、どう生きていけばいいかじっくり考えてみて下さいね。
あなたを心から応援させて頂きます。

2020年9月1日 21:08
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Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして10年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラ...
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質問者からのお礼

お二方ともご回答をありがとうございました。
執着、まさにその通りです。一度手にしてしまったら次は失うのがこわくてこわくて…まだまだこのモヤモヤは晴れそうにありませんが、いつか教えをすんなりと受け入れられる日が来ることを願って仏様を拝んでまいりたいと思います。

「諸行無常」問答一覧

「無常」について理解出来た気がするが…

初めて質問させて頂きます。長文になってしまい申し訳ございませんが、宜しくお願いします。 私は歴史が好きなのですが、とりわけ源平合戦が好きです。二つの氏族が覇権をかけて争う中での栄枯盛衰や、その過程での日本中を巻き込んだ争乱の数々。これ程までに歴史のダイナミズムを感じられる出来事は中々無いと思ったからです。 なので、先日神戸に行った際、一ノ谷の戦いの戦跡を巡ろうと思い立って観光し、道中、是非見たいと思っていた須磨寺に立ち寄りました。須磨寺には、宝物として平敦盛の武具や青葉の笛が置かれていることが有名ですが、これらを見た時、私は非常に大きな衝撃を受けました。 勿論、平家物語の「敦盛最期」は作中屈指の有名な悲話として、私も知ってはいました。しかし、それはあくまで「物語」としての認知に過ぎなかったのです。知識としては現実に起きた事だと知りつつも、現代とはあまりにもかけ離れた武士たちの世界観や壮絶な出来事の数々に、実感としては完全に物語上での出来事でした。 ですが、敦盛の遺品と、敦盛を殺した苦悩から出家した熊谷直実が、彼を弔うために書いた「南無阿弥陀仏」の掛け軸は、実際に寺にあったのです。 こうして、到底現実の出来事だと実感出来なかった源平合戦を、現実の出来事として否応なく突きつけられ、私は恐ろしくなりました。平家物語に登場し、様々な運命を辿った武将たちの人生もまた現実の物だと、同時に思い知らされたからです。 都での優雅な生活を捨て、戦いに身を投じる事を憐れみつつ奮戦して亡くなった者。戦いに勝利しつつも、哀れにも反逆者となり亡くなった者。戦乱の中で志半ばに自害した者。そして、熊谷直実のように出家した者。 また、源平合戦だけでなく、数々の戦争や動乱に人生を左右された無数の人々…。 歴史という大きな流れの中で翻弄されていく人々が現実に居たのだと、心から実感出来た時、歴史の中での個人の無力さと儚さに恐怖を感じ、平家物語が言わんとしている「無常」を、心の底から理解出来たような気がしました。 果たして、無常について理解出来たようなこの感覚は、悟りに近いような物なのでしょうか? 仏門に入ってもいない者が、軽々しく悟りなどと申し上げるのは気が引けるのですが、世の中に対する一つの見方が生まれたような感覚が不思議だったため、質問させて頂きました。

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諸行無常について教えてくださいませ。

いつもお世話になっております。 私の母方の祖父、伯父は菩提寺の総代を務めさせて頂いておりました。 私が小学校中学年の時に、祖父が亡くなりました。祖父が親しくおつきあいさせて頂いていた先代のご住職様は既に亡くなっていらっしゃいました。次の代のご住職はご本山からやって来た地域にまだそんなに根差しておられない方でした。 祖父の葬儀の時に、その新しいご住職は手を合わせてはいるのですが、カセットテープのボタンを押し、お経のテープを流したのです。 その場にいた大人達は驚き、小声で「テープだ。」と囁いていました。親族は怒っていました。私も子どもながらに「お坊さんなのに何でお経を読まないの?」と不思議でした。 法話もありませんでした。 祖父は生前、先代のご住職とは親しくてご住職を交えて祖父の家で一緒に食卓を囲んだりしておりました。古い木造のお寺なのでもし何かあった時にと山から木を切り出してきてすぐに使える状態にしておいたり、祖父は総代という事もあり、何かと菩提寺の為に肉体労働で尽くしておりました。祖母もご飯を作る時には「典座しなくちゃ」等とお坊様の言葉を真似ているほどでした。 祖父はご本山から感謝状を頂きました。 そして祖父が亡くなった時にはテープのお経でした。私は今までずっと喉につかえた小骨のように、その事が気になっておりました。 先代のお坊様と家族で食べた楽しい食卓の思いでがテープのお経のせいで黒く塗りつぶされてしまった様な気がしていたのです。 でも最近、諸行無常なのかな。と思うようになりました。 私の諸行無常の理解は間違っていますか? 教えてくださいませ。

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諸行無常について

①3ヶ月前に奥歯が三本グラグラして近い将来三本とも抜けると言われショック。これは因果応報か。 ②一週間前に生まれてはじめてアレルギー性鼻炎になって辛かったが、それまで分からなかった花粉症の方の気持ちが分かって良かった気がする。 ③何日か前にうつ病の薬が変わって上手く効いてくれて人生がハッピー?になった。 ④先週の(土)に股関節の痛みで発育不全がわかり、生涯続けたかったマラソンはドクターストップがかかった。将来は人工関節になると言われショック。でも、人工関節の知り合いの痛み苦しみが少しだけ分かった気がする。 ⑤戻りたかった福祉の仕事に戻れた。 と、ここのところ色々体の老いや病気がドドッときたり、逆に悪かったところが良くなったりしてます。良いこと悪いことがイッパイ起きました。 それを冷静に見れるようになったのはハスノハの僧侶の皆様や周りの方々のお陰です。ありがとうございます。喜びにも悲しみにも、老いの不安にも囚われず今を大事に生きようと思えています。 諸行無常とは、ありとあらゆることは変わっていくものだから、未来にも過去にも囚われず今この瞬間を大事に生きることだと思ったんですけど、ありですか? なんか訳のわからない書き方になってすみません。

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