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わがまま??

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有り難し有り難し 6

どうして人は自分の都合のいいように捉え、考えてしまうのでしょうか?

ただ単純にわがままな行為ですか?
それとも愚行なのでしょうか?

また、もしもお相手に都合のいい扱いをされた時、どうやって捉えれば、穏やかに過ごせますでしょうか?


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

自分が一番大事(お釈迦様クラス)

 おはようございます。「人間は、自分のことを一番大切に思っているものだ」というのは、お釈迦様クラスの方が気付いたことです。もちろん、それに対しての評価は「それは確かにそうであるが、同時に浅ましいことだ」というものでした。
 ところが、人間というのは集団を作ってこそ生き延びてきた種です。命を繋ぐことにしても、それを長らえるためにも。
 ですから、「他人の気持ちを想像する・理解する」という心の理論を発達させてきましたし、それが進んでいる人を「人間らしい」というのだろうな…と思っています。
 ところが、現代では「自分の気持ちが最優先である」という環境がとても多くなりました。学校では「自分の気持ちを言いなさい・それを主張しなさい」と教えます。「ただし、それが通るとは限らないけどね」という条件が本当は付いているのですが、そこまで教えない片手落ちであることは危惧しておりますが…。
 また、スマホとかネットとかは「あなたはこういう嗜好だよね」ということを次々に表示(広告)してきますし、ネットでの繋がりは「そうそう、私も同じよ」という似たような仲間を集めがちです。自分に合わないと感じた集団から去ることも容易です。全体から見れば相当マイノリティーの集団でも、「でも100人が私と同意見だ!」とか思っちゃう訳ですから。
 さて、前置きはここまでにして、お尋ねは前回の「理不尽」ですね。
 では、こう返しては如何でしょうか。「もし、あなたが私を大切に思ってくれるなら、今は私の思うようにさせて頂戴。このことで、いろんなリスクを背負うのは女性の方だから。」…ただし、これは「タイミングさえ合えば、いいわよ」という意味に取られます。
 「ごめんなさい、私達まだそういった事には早すぎると思うの。女の勘だけれどダメよ。」…女の勘、の内容を説明する必要はありません。「リスクはこちら」であるゆえ、決定権は常に女性側が持っているのです。これは全ほ乳類同じです。ココは覚えておいて下さいね。

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有り難し
おきもち

一般大学(一般的でもないが…)から大正大学の史学コースへ。そののちお寺。坊...
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質問者からのお礼

佐藤様

ありがとうございます。
とても興味深いお話が聞けて、ひとつ知識がつきました。

「煩悩」問答一覧

「足るを知る」と「向上心」のバランス

明けましておめでとうございます。 全ての皆様にとって、健やかな一年となることを祈念いたします。   *   「足るを知る」と「向上心」をどうバランスさせるかについて質問です。   ■質問の内容 ・人間の煩悩はキリがありません ・煩悩とうまく付き合うために「知足」が重要との理解です ・一方で、より良い生を営むには、「向上心」が必要です ・しかし「知足」「向上心」は、ときに相容れないように思われます ・そこで、両者の使い分けについて、ご意見を頂戴したかったもの   ■質問の背景 ・私は肉体や精神、能力等の向上(=欲求を満たせる自分に成長すること)を目標として努力してきました ・結果、自分自身や周りの人の幸せを実現できると考えてきたためです ・しかしある時、幸福度は上昇していないことに気付きました ・そんな時に「知足」の重要性に気付き、「向上心」との折り合わせについて強い興味を抱いたものです   ・両者の使い分け方法について、下記2パターン考えました   ■仮説① 行為の目的(相手のため/自分のため)で、以下の通り使い分けるべき 【良さそうな例】 A「相手のため」×「向上心」 (例)より喜ばれる仕事をしたい B「自分のため」×「知 足」 (例)菜食で十分 【悪そうな例】 C「相手のため」×「知 足」 (例)今の仕事の質で十分 D「自分のため」×「向上心」 (例)より美味しい食事をしたい   ■仮説② ・「知足」と「向上心」のバランスを考える必要は無い。 ・自らの欲求を満たせる自分に成長する「向上心」が重要である ・逆説的だが、向上心(欲望)を満たした経験により「足るライン」を把握できるようになる ・肥大する向上心(欲望)を実現した経験が、「自らを満たさない、長く続かない」ことを体感させる ・知足は、頭で理解するものではない。体得させる必要がある    (例)お金をもっと稼ぎ、食事にお金をかける。結果、最高級の焼肉もファミチキも両方美味しいし、どっちも幸せで、(実は)どっちも大差ないことを体感する。 しかしずっと貧しいままだと、どうしてもやせ我慢での知足となる。「知足の習得」には、欲求を満たして「こんなもんか」という体験が必要不可欠。 お釈迦様が王子の頃に豊かだったことは、悟るための必須条件。。?   少し漠然とした問いで申し訳ございません。 どうぞよろしくお願い致します。

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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ