自分が嫌いで消えたくなります
はじめまして。
子供の発病に気付けず、今も闘病中の子供に申し訳なく思う反面、闘病が長くなり、いつまで続くのか、もう充分頑張ったからもう頑張らなくていいと思ってしまったりと、感情があちこちにブレています。
子供は頑張っているのに、今のこの生活がしんどくて母である自分が音を上げるのは間違っていますが、正直とてもしんどいです。
生まれた時から病気を持っていたので、その事に対する罪悪感も常にあります。お母さんのせいじゃないと今まで何度も言われ、実際そうなのかもしれませんが、自分が産んだ以上、やはり責任を感じています。
楽しみも見出せず、気分転換できないことも要因かと思いますが、子供が頑張っている中楽しむ気にもなれず。何をしても楽しくもなく、何を食べても同じ、でも不思議とお腹は空くので食べれますが。
消えたくなりますが、子供が悲しむと思うとそれも出来ず、鬱々と生きています。
こんななので、人の幸せにも素直に喜べず、とても性格が歪んでしまったと自分で思います。
どうしたら、子供に命があるだけで有り難く思え、清らかな心で子供に寄り添えるようになるでしょうか。
自分は五体満足に生きれていて、それだけで幸せだと感じたいのですが、醜い心に支配されていて自分に辟易とします。
抜け出したいです。
お言葉お願い致します。
お坊さんからの回答 1件
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私もいつも消えてしまいたいと思っています
私もいつも消えてしまいたいと思っています。なかなか思ったように人生が送れませんし家庭のなかが幸せだとも思えません。つまらないなぁ、と日々思っていますので私と同じ人がいるのだなぁと、お尋ねの文面を読みながら思いました。
実は、昨日もある方をお世話してその方の願いが叶えられるように動いていたのにうまくいかずお詫びに行く、ということもありました。自分の人生もうまくいかず、人様のお世話もうまくいかず、結局は、「済みません」と頭を下げて終わりかと思い、虚しくなっています。
しかし、やっぱり何がしか生きる目的を見つけて何かしようとあがいている自分もいます。子ども食堂をやっていますが、よその子ども食堂の支援がしたくなり、食材を集めています。私のところはリーダーが有名人なので、その人の名前で食材もお金も自然と集まってしまいます。が、よそはそんなわけにはいかず運営に苦しんでおられるので、何とかお手伝いしたいと考えているわけです。
このhasunohaでも、自分は未熟で自分自身の人生も黄昏ているけど、ちょっとでも相談者が楽になってくれたら、と思うのでやっています。
消えてしまいたくなる時って、自分と他者との関係が見えなくなって、独りぼっちのように錯覚してしまい、「じゃ、面倒だし、もういいや」という気になってしまいますよね。でも、本当のところをいうと自分一人でいきているわけじゃなくて、お子さん以外にもたくさんの人々にあなたは必要とされています。そして、あなたが思っているより、あなたは周囲の人たちに幸せになってもらいたいと思っておいでになります。辛い時って、そうしたつながりが目の前から消えてしまうんだと思います。だから、hasunohaだけじゃなく、いろんな人に助けを求めてみるといいと思います。そしたらいろんな人が手を差し伸べてくれるはずです。つながりがみえてきたら消えてしまいたいという思いは少しはなくなると思います。
それから気持ちが沈んでいるときは、身体を動かすのがいいです。仏教では心と体はつながっていると考えます(これを身心一如といいます)。私は、近所の丘みたいな山に登るが楽しみです。頂上まで3キロくらいですから、手軽なものですが、それでも琵琶湖が眺められ景色を楽しめます。紅葉の時期になると全山赤に染まりますからとても奇麗です。身体が活発になることで心も前向きになります。
質問者からのお礼
ご回答ありがとうございます。
出来ることを探して、気持ちを安定させる事をしたいと思います。
運動や、お寺でのお話を聞いたり、写経や瞑想などもしてみたいです。
回答頂けて、少し前向きになれたような気がします。
ありがとうございました。