自分の弱さと向き合うこと
今までなんとなく普通を装って生きてこられたので、身の回りの色んな問題から目を反らして生きてきました。
その結果が未婚での妊娠中絶(以前、こちらで相談させて頂きました)です。
私の考えの足りなさ、弱さ、情緒の不安定さ(11週での中絶だったため、妊娠による不安定さもあったかもしれません)によるもので、今までそれらと向き合って来なかったために、一つの命を奪いました。
父以外の身の回りの人もこちらでご相談を聞いて下さったお坊様も応援して下さったのに、です。
そこの理由に周囲への迷惑という言い訳、産まれた子が人生を悲観するという、自分勝手な被害妄想で行ったことです。
だというのに、また機会があれば同じことをしかねない自分がいます。
中絶する際は健康に気をつけ、献血と写経を趣味にしようと考えていたのに、です。
今後私がどういう人生を歩むにしろ、私の弱さ、不安定さ、依存心の強さ、自分も他人も大切に出来ないといった、今まで目を反らしてきたことは改善しないと私も周囲の人々も幸せになれません。
また、中絶へ至った理由が私の弱さであるため、そこを改善することが子の供養になるのではないかと考えています。
今現在、行政によるもの含めて様々な窓口で相談させて頂いており、精神科への受診を始めるところです。
先日も一ヶ所受診してみたのですが、他の病院へ行ってくれ、当院では対応できないと言われてしまい、それにもまたショックを受け、自死が頭を過りました。
来週にもまた別の病院へ行こうかと考えております。
しかし、生来の自分への甘さのため、何か理由をつけて行かない、安易に自死を選ぶということが考えられます。
また、妊娠中から仕事が手につかず、現在も仕事に集中出来ていません。
中絶へ至った理由の一つがまだ身体が軽いのに、仕事が頑張れなければこれから子とやっていけないと思ったのも一つだったというのに、やはり頑張れないのです。
子のため、私のために、どうすればいいか、上記で正しいと思うか、アドバイス頂けないでしょうか。
また、執着心、依存心が異常に強くそれも改善が必要です。
仏教的に、執着心、依存心から離れる考え方についてもお教え頂きたいです。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
自分を大切に扱うことをお薦めします。
わんわん 様 相談ありがとうございます。
自分を大切に扱うことをお薦めします。
自分の心に何となくでもいいので思いやりや優しさ温かさを向けてください。
これが大切に扱う事の始まりです。
そして、自分の弱みに寛容になることを心がけてください。
弱みとは、失敗したことや反省しなければいけないこと、あるいは人間関係や家庭環境で躓いていることです。その弱みは、自己批判を繰り返し、自分が悪いと自分を責めます。そうするとネガティブな状態になり、落ち込み、さらに気分が沈みます。悪循環です。あなたはそういう状態ではありませんか。
それには、自分に思いやりや優しさ温かさを向けて自分を丁寧に扱うことです。
そしてその弱みになる体験に寛容になる必要があります。
過去の苦い体験は、あなたの自己防衛本能が発動したために起きた出来事です。
あなたは自分を守るために、そうせざるおえなかったのです。でなければパニックになっていたか、もっと酷い錯乱状態、未来の不安の為によりひどい結果を招くかもしれないと無意識のうちに判断したからです。
ですので、あなたは、自分を責めてはいけません。本能が発動したり、無意識のうちに判断してしまうのは、これまでの人間関係や周りの環境が影響しているからです。あなた一人が責任を負うことではありません。
なので、弱みに(恥や罪悪感に)寛容になり、自分に思いやりを向けて、丁寧に自分を扱うことです。自分を癒すことでもいいです。
ゆったりとゆっくりとした呼吸と共に、身体と心をリラックスさせて、あなたの感じる大好きな自然な風景、そして、温かく優しい人の言葉を思い出し受け止めてください。そうイメージしてください。
そうすると、自然とお子様の為、自分の為、他人に依存せずに、出来る事が解かってくるでしょう。人は安心や安全を感じた時に、相応しい行動や判断ができるのです。参考にしてください。
一礼
追伸:メッセージありがとうございました。自分に思いやりを向けることは、甘やかすことではなく、「自分に思いやりや優しさをむけて、生きやすくして困難に取り組み、自分の人生に責任を持って取り組む」ことです。「聞いて、気づいて、実践する」とも言えますね。セルフコンパッションを検索すれば参考になる事が見つかります。またメールいただければお応えさせていただきます。再礼
質問者からのお礼
あたたかいお言葉ありがとうございます。
自分を大切にすること、思いやりや優しさを向けるといったことは正直ピンとこず、恐らく本当の意味で安心安全を感じたこともしばらくないのではないかと思います。
してはいけないだろうことはなんとなくわかるのですが、自分を甘やかすこと、優しさ、思いやりを向けることの違いもよくわかりません。
こうして色んな方にお話を聞いて頂くことは自分に優しさ思いやりを向けることになるんでしょうか?