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僧侶のお仕事について質問させてください。

回答数回答 3
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僕は中学生で、興味のある職業について調べています。

僕が選んだ職業は、趣味の仏像鑑賞にも精通する僧侶です。

質問の内容なのですが
・仕事内容
・その職業に就くためにどうすればよいか
・仕事中に心がけていること
・その仕事をしていてやりがいを感じるとき

この質問に答えていただけないでしょうか。宗派や、寺院によって変わることは、承知しております。
答えづらい質問は無視していただいて結構です。

よろしくお願いします。

2020年12月28日 10:58

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

僧侶だからこそできること

こんにちは、初めまして。

僧侶に興味を持ってくれて嬉しいです。
趣味が「仏像鑑賞」とは、よほど仏教と縁の深い方なのでしょう。

・仕事内容
一般に「仕事」と言われるものを法務(ほうむ)といいます。
私は浄土真宗ですが、本堂の維持管理、ご門徒さん(一般には檀家さんといわれることもあります)宅へのお参り、研修、ボランティア、そしてこのような人生相談の聞き役などです。

・その職業に就くためにどうすればよいか
僧侶になるためには、身元引受になってくれる寺院が必要です。この引き受けてくれる寺院を訪ねて、日頃から法話会への出席や行事参加などをして、信頼関係が結ばれて住職に認可されて初めて僧侶としての基礎条件が整います。これに加えて、僧侶になるための学習研修が必要になります。これは我が宗派では、通信教育があります。

中央仏教学院
http://www.chubutsu-tsukyo.jp/

・仕事中に心がけていること
衣を身につけている時には、特に仏様に見られている自分を意識しますし、周囲の人からも注目されていると意識します。僧侶として仏教の教えや作法に則って生活、行動するようにしていますし、仏教徒としても教えを生活の中で考え感じるようにしています。

・その仕事をしていてやりがいを感じるとき
これはどの立場でも同じでしょうが、ありがとうございましたと感謝されるときは嬉しいです。葬儀、法事などの仏事は、言葉に出さないまでも近親者を亡くして悲しみの中に行われます。死という人間には避けて通れない悲しみに、心を落ち着けていく役割が仏事という儀式にはあります。その一翼を担えるということは僧侶ならではです。

また、法話をすることで、仏教を門徒さんと共に喜べるという場面は特に嬉しさが大きいです。法話をすることは、私から見ると多大な勉強と経験が必要です。仏教の教えを正確に理解し、自分なりの言葉で表現をし、かといって独りよがりにならず他者とも興味が共有できるような法話をすることはなかなかに難しいです。でも、その分、同じ仏教を考え、感じることを共有できたときの嬉しさは大きいと思います。

そして、何代にも受け継がれて、地域に根づき、人の日常の考え方にまで深く根を下ろした仏教とその伝統に今もって驚きます。

あなたも、よかったらこれからも仏縁を深められてください。

2020年12月28日 12:37
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釋 悠水(しゃくゆうすい)
浄土真宗本願寺派報恩寺住職(兵庫県三木市) 本願寺派布教使 元本願寺布...

ご質問ありがとうございます。
答えはお坊さんそれぞれ違うと思います。私の場合は、、
・仕事内容
通夜葬儀、年忌法要、お盆やお彼岸のお参りなどを通じてご先祖様や亡くなられたご家族を遺族の方々と共に供養します。
そのようなことを通してご遺族の方々の人生を応援することだと思っています。
・この仕事に就くには
先ずは師僧を探すことです。
・仕事中心掛けていること
目の前の方々のことを一番に考え、仏教や自分の宗派に必ずしもこだわらないように。
・やりがい
無いです。目の前の病の人を救うこともできませんし、亡くなられた方を生き返えらせることもできません。ただ話を聞いたり、知っていることを伝えたり、そして悲しいことが多いす。
ただ、多くの人と触れ合えることは幸せなことかもしれません。

南無阿弥陀仏

2020年12月28日 15:11
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私は浄土宗の坊さんです。 少しでも何か参考になればと思って回答しています...

僧侶とは

質問者様も言われている通り、宗派や寺院の形態、地域や歴史などによって、いわゆる僧侶としての役割は変わってくるのかもしれません。
私の宗派は「曹洞宗」です
総本山は無く両大本山として、福井県の永平寺と横浜市の總持寺があります。
先ず、
①僧侶としての仕事内容ですが…ひと言で言うと「布教活動」です。
もともと「僧侶」というものは仕事をするためになるのではなく、僧侶として生きる事を選んだだけの事です。
但し、現代では多くの場合お寺の住職が家庭を持ち、そこに生まれ、僧侶である「父親」や家族と暮らし、その収入により家族が養われます。従いまして、収入を得る手段を「仕事」というのであれば、葬儀をはじめとする各種法要や日頃の檀信徒さんに求められる月参り、又はお墓や納骨堂などの運営や管理をする宗教法人としての事業などだと思います。その収入が法人である「お寺」に入り、「僧侶」というより「住職」として会社員の方と同じように、給与&賞与を戴きます。
➁職業に就く為にどうするか?…「住職」になる為に「僧侶」になります。曹洞宗では、10歳になれば「僧侶」になる為の第一歩となる「得度(とくど)」を受ける事が出来ます。それにより、僧侶としての名前「僧名」をもらい、得度をして頂いた師匠の下で僧籍に登録されます。以後、修行道場で安居(あんご=多くの方は1年から5年くらい)し、段階を経て僧侶になります。僧侶として仕事をするには、ご縁を頂いたお寺の後を継いだり事業的に大きなお寺に勤めに行くかが、中心になります。
➂仕事?中に心掛けている事…私で三十代目になるお寺を良い形で後世につなげていけるように、どなたとも対立することのないようにお付き合いをしています。まず、人は誰でも自分を良く言ってくれる人と一緒にいると心地よく、その逆は居心地が悪く感じる事が多いと思います。しかし、私にとってはその両方の方の存在がとても大切で、短い人生せっかく出会ったすべての方々(実際はそうはいきませんが…)と良いお付き合いが出来るように心がけています。
④やりがいを感じる時…自分の考えを他の方に伝える機会が一般の方よりも多く、伝える場を与えて頂いていると感じています。又、「僧侶」として見られていることが多く、足りない自分に気が付けた時や、今相談者さんの質問にお答えしている時、お役に立てているならとても嬉しいしやりがいを感じます。

2020年12月29日 8:58
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 平成9年に住職になり二十数年経ちました。「深山幽谷」の言葉がぴったり当て...

「お坊さんのことを知りたい」問答一覧

食前・食後の 言葉

ずいぶんと久しぶりに、こちらに伺いました。 あれからもう、二年半以上が経ったのかと、感慨深く。 現在は、実家からさほど離れてはいませんが、独り暮らしを始め、コンビニのアルバイトと、国からの障害年金・福祉ヘルパーさんたちに支えて頂きながら、自立生活・リハビリに努めています。 家族間の溝は、どうしても多少なりとて残ってはしまっていますが… 最近になって、父の世代の下に当たる 現在宗派を率いる世代 の方たちと、父経由ではない形でお話しをする機会を得ました。 今後の私のライフワークとなっていくだろう〝ヘルプマーク〟などについて興味を持って頂いて。 ちょっとずつ… 父とは違う形で、宗派 その他に関わっていくかもしれません。 本当は、〝つぶやき〟に書くべき徒然ではありますが。 字数制限に合いませんでしたので、こちらに書かせて頂きました。 【質問】 皆さまの宗派の、  ・食前の言葉  ・食後の言葉 など、宜しかったらお教えください。 各宗派・地域によって、瑣末に違ってくるだろう。 そして現在は、わりと廃れてきているのかな… という、この言葉を、少しでも残しておきたいと思いました。 ちなみにうちでは 「一粒一滴 皆 御恩。 不足を言ってはもったいない。 感謝で美味しく頂きましょう。 いただきます」 「今、尊い食を終わりて。 心豊かに、力 身に満つる。 この心身をもって、己が技に励みましょう。 ごちそうさまでした」 だったかな。 伝えていきたい言葉だと思います。

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跡継ぎの悩み。お坊さんとしての在り方とは

 実家が寺院です。  住職をしている父親の在り方に疑問を覚えるとともに、自分の将来について悩んでいます。  現在、人々のお寺への関心は少しずつ薄れているものと思います。そんな中、私の実家は今でも多くの檀家の方々に支えられ、お寺として成り立っています。しかし、父はその有り難さが分かっていないように思うのです。    具体的な収入(僧侶が頂くお金を収入と呼ぶのは語弊があるかもしれません)を私は知りませんが、高級車を何台も乗り継ぎ、沢山の娯楽品を購入し、暴飲暴食…。具体的な発言があったわけではありませんが、「僧侶も職業だ。稼いだ収入を好き勝手使ってもいいだろう」というような気持ちが根底にあるように思います。  お寺の管理として沢山の工事も行い、綺麗なお堂を建てる一方で、景観として素晴らしい大きな木を何本も切り倒すようなこともありました。  非常に恥ずかしく思うとともに、悲しく、また、檀家の皆様に申し訳なく思います。そんな父の「粗さ」に母親が涙する日も増えました。ただ、私もまた、そんな父の援助があって、仏教科ではない別県の大学へ進学しているため、やっていることは本質的に父と変わりないのだと思うと、苦しくなるばかりです。  父親のような僧侶にはなりたくないと思います。ただ、日々誰かの死と向き合う仕事ですし、お寺としての管理も父なりに苦しんで考えているものと思います。大きなストレスもあるでしょう。父がどんな気持ちで高級車を乗り回しているのか、分かる気もします。改めて、現代におけるお寺や僧侶というものの在り方の難しさを感じます。「苦しすぎて私にはとても継げない。」「自由に暮らしたい。」「普通の家庭に生まれたかった。」そんなことを連連と考えてしまいます。  悩みやすい性格で、父親のことも悩みの一端に過ぎません。ただ、お寺の道に進むのか否か選択を迫られる時期が近づいてきており、「お坊さん」として生きていらっしゃる方々の言葉を聞いてみたいと思い投稿しました。  お坊さんとしてお金とどう向き合っているか。お寺への関心薄れる現代において、お坊さん・お寺として、今後どう在るべきか。また、悩んだ末に実家を継いだ方がいらっしゃいましたら、その決断に至るまでのお話など、相談としては漠然としており申し訳ないですが、何かご意見頂けると有り難く思います。

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お坊様方の葛藤や苦悩、教えについて。

はじめまして。 先日、こちらで投稿をさせて頂き、道標をいただきました。 一進ニ退の日もありますが、先ずは己のために少しずつ仏教の教えや考えにふれたいと思うようになりました。 貴重なお時間をいただく事になりますが、質問をさせて頂きます。 申し訳ありません。 沢山の問答を拝読致しました。 今は自分が出来そうな事から、出来る日には、はじめています。 変えられない過去やわからない未来、辛い事が浮かんだ時には、(体の都合で座る事ができなくても)目を閉じて今の空間や呼吸に集中してみる 心を静めたい時等、南無阿弥陀仏と心の中で唱えてみる 自分の考えに偏ったり、様々な執着を手放すように心に留める など、容易くはない事柄もありますが、今の私にできそうな、まだまだ小さな一歩ですが、この事を知らなかった、しなかった時に比べると心のありようが違うと感じています。 お坊様方にも私達質問者と内容は違えど、苦悩や葛藤が過去におありだったり、今尚、もたれている事もおありかとは思いますが、過去に迎えられた苦しみや葛藤の中、どういう心の動きがおありでしたでしょうか?(葛藤の内容については複数の方々が見られるかもしれませんので、省いて頂いて大丈夫です。) また、その時やその後、スッと心に入ってこられたり、感銘を受けられた仏教の教えや考え方が(仏教の教え以外の親、友人、恩師等からの言葉でも)おありでしたら、お教え願えますでしょうか? お時間をさいて頂く事になり、申し訳ありませんが、可能でしたら宜しくお願い致します。

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お坊さんの息抜きについて

初めまして。 以前何かのきっかけでこちらのHPを知り、時々拝見させて頂いておりました。 本日はお坊さんの息抜きについて教えて頂きたいと思いまして、ご質問させて頂きました。 私は幼少期より、何故か周りから常に相談を受ける側でした。 それは老若男女職業問わずでして、ここ数年では特に、初対面にも関わらず重たいご相談を頂く機会がとても増えております。 勿論、報酬は頂いておりません。 ここからは私の勝手なイメージですが、基本的にご相談者は怒りや悲しみ等の「黒いモヤ」のようなものを大量に抱えていらっしゃいます。 その方が話し始めると、その方の体から黒いモヤが放出され、それを私が吸い取る事でその方の黒いモヤが少しずつ薄くなり、ある程度黒いモヤが薄くなると、その方は最初の頃よりスッキリした良い顔色になります。 反面、その黒いモヤを吸った私はとても重たくなり、時にはその方の怒りや憎しみ悲しみと同調してしまい、涙が溢れてきたり、頭痛やめまいに襲われる事もあります。 ここ数年は皆さんの悩みが重く、なかなか自分だけでは処理しきれず、私自身が他人から受け取る黒いモヤのせいで悩まされる事があります。 私は仏に仕える身ではございませんし、ごく普通の一般OLです。 見た目は怖そうだと言われますし、多少押しても倒れなさそうで強そうだと言われる程の体躯ではあります。 精神的にも強そうだと言われますが、それは不平不満を言ったところでなるようにしかならないと思っており、怒りや悲しみを持っても仕方がないので、それなら楽しい事を考えようと、自分のご機嫌を自分で取っているからそのように見えるのだと思います。 その為、自分が生み出した黒いモヤというものは割と簡単に放り投げる事ができるのですが、相手から相談として受け取った黒いモヤは時々しつこく、神社やお寺に行ってお参りをしたり、綺麗な景色を見ても取れない場合があります。 そのような取れない黒いモヤのカスが蓄積されていくと私自身も疲れていき、段々どうにもできないイライラが貯まっていきます。 そこでお伺いしたいのが、お坊さん方の息抜きについてです。 ご相談を受けられる事が多いと思いますが、その後の自分のメンテナンスはどのように行っていらっしゃるのでしょうか? 相手から黒いモヤを受け取っても、自分で処理できれば問題は解決できると思い、相談させて頂きました。

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