直接言うor陰で悪口を言う
私は、悪口が嫌いです。
学校でも、悪口はいけないと習ってきました。
陰で悪口を叩くくらいなら、直接本人に言いなさいと教わってきました。
そして私自身も、悪口を言われるくらいなら直接言ってほしいと思っているタイプの人間です。
しかし、大人になると事情は変わってくるようです。
波風立てないように、大人に振る舞うのが正解だと感じます。
しかし、悪口も言わない、直接言うのもしない、それだとただただストレスを溜め込むだけになってしまいます。
私は一体どうしたらいいのでしょうか?
最近、職業訓練先で嫌いな人ができて困っています。
私は、別に悪口を言いたい人は悪口を言ってもいいと思っています。
仕事の愚痴は家庭で、家庭の愚痴は職場の休憩時間に、みんな発散しているのかなと思います。
でも私はそれが嫌いなんです。
嫌い嫌いと言わずに、そういうことができるようにならないといけないのでしょうか…?
お坊さんたちのご意見が聞きたいです。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
悪口と批判は違う
まず、悪口と批判とは違います。
仕事でも何でも、相手のやり方が間違っていると思うなら、それは言って良いのです。
技術的・論理的な批判に対しては、論理的な反論も可能です。
そういうやりとりは、仲良く議論すれば良いのです。
たとえば政治家同士が、あるテーマについては考え方が違って議論しあっていても、プライベートでは仲が良い場合はあるでしょう。
悪口は、もっと悪意が込もっている、憎しみの感情を付け加えているものです。
そのような悪口は陰でも表でも言わない方が良いです。
陰口を言う場合は、その陰口が相手に伝わることを想定しておきましょう。
また、陰口を言っている姿は、第三者から見て美しい姿ではありません。
他人を嫌う怒りの感情について、自分で疑問を持ちましょう。
嫌いな相手も、よく見れば可愛いとこあるじゃないかと発見し、いつくしみの心を育てましょう。
ストレスの原因はあなた自身の怒りの感情(いつくしみ不足)なのです。
陰口を言っても根本的にはストレスは消えないのです。
でも、怒りは一時的な気分で必ず過ぎ去ります。
怒りが過ぎ去った後に見返しても恥ずかしくないような批判だけを、口にするようにしましょう。
悪口を言わないあなたは素晴らしい。
悪口は陰口も含めて言わない方が良いです。
論理的な批判は言いましょう。
そうですね
拝読させて頂きました。
そうですね、あなたのおっしゃるように悪口は良くないことです。ですからやはり言わない方がいいと思います。
そうした場合に私達はいろんな方々の嫌なところを見たり、嫌な思いをしてしまうこともあると思います。そうすると自分の中に嫌な思いを溜め込んでいってしまうことになるでしょう。
そうした時には自分の頭の中に浮かんできたこと、良いことでも悪いことでも一度仏様や神様やあなたのご先祖様方に手を合わせてじっくりと聞いて頂いてみて下さい。
その思いがどういうものなのかを仏様や神様やあなたのご先祖様方に聞いて頂いてから一息ついてみてご自分で見直してみてはいかがでしょうか?
それが明らかに問題あることなのか、理不尽なことなのか、これから解決していくことが望ましいことなのかをゆっくりと考えてみましょう。その上でその問題に関わる方々に落ち着いてご相談なさってみて下さいね。あなたが嫌な思いをなさっているのならば関わる人にも聞いて頂きましょう。
あなたの中だけで抱えずに問題あることについては皆さんと一緒に分かち合いながら改善するべきところは改善していきましょう。態度を改めていくべきことは皆さんで改めていきましょう。
それでも人とのかかわりの中でどうしても嫌なこともあるでしょうし悪口になってしまうこともあるでしょう。また相手の方がなかなか改めてくれない場合もあると思います。
そうした場合でも神仏やご先祖様方に聞いてもらいながら気持ちを落ち着けていきましょう。
私達は生きていればどうしても愚痴はでてしまうものなのです。そういう私達でもあるのです。そんな私達を仏様も神様もご先祖様方もよく知っておられます、そしてそんな私達を優しく受け入れて受けとめて下さいます、そして善き方へとお導きなさって下さいますからね。
あなたがこれからも神仏やご先祖様方に見守られながら心健やかに皆さんと一緒に分かち合いながら生き抜いていかれます様にと心から神仏やご先祖様方に祈っています。
質問者からのお礼
回答ありがとうございました。
おふたりとも、違った角度からのアドバイスをいただけて、とてもためになりました。
これからはおふたりのアドバイスを胸に、生きていこうと思います。
本当にありがとうございました。