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過去はいつ許されるのでしょうか?

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過去の過ちって許されますか?
自分は傷つけられたと言うより傷つく事が多い人生を送ってきたと思います。
でも、傷つけられた時より他者を傷つけた事の方が何年経っても頭から離れません。
嫌な体験も同じようなシチュエーションやその時に使用した物、嫌な相手が好きだった物を見ると思い出すから嫌いな物、苦手な物が多いです。
自分は、あの時楽しく話していたけど相手にとって傷つく発言をしてしまったかもしれないと毎回不安になります。過去にクラスメイトに嫌味を言ってしまったり、嫌な弄りをしてしまった時、相手の心の傷になっていたらと謝ることも出来ないし、考えても意味が無いのにずっと考えます。
相手の表情や返しを思い出して嫌だったんだろうと気持ちを勝手に想像して、自分は生きる価値がないとか消えた方がマシだと感じます。
子供の頃に悪口を言われて力ずくで1年間やり返していた事。やられた事に対してやり返しの度合いが過ぎていたのかもと申し訳なさでいっぱいです。 自分も傷ついたのに。
子供だから気づかなかったけど今思えば、ストーカーまがいの事をしてしまった事もあります。
過ちや生きていくのが嫌になるくらい恥ずかしい事とか山ほどあります。
結局、人と話すのが嫌いになりました。自分を守る為です。気を付けていても口が滑る事はあるし何を話しても不安になるから疲れます。
物事を受け入れられない自分は、今まで出会ってきた人の記憶から自分の存在を消してしまいたいです。嫌いな人、好きな人、仲良かった人、関係なくです。
誰も自分の事を知らずに何の印象も持っていなければ楽なのに。
自分はこんな事を考えてますが、いじめてきた人達は笑って楽しそうに過ごしています。
なぜですか?
自分より明らかに人を苦しめて生きているのに。
勿論、生きている間に誰一人傷つけない事は不可能です。割り切ることが大事。過ぎたことはもういいとか聞きます。
でも、自分はいじめてきた人間を許せる事は無いし復讐が合法なら相手の女の顔面と子宮をナイフでズタズタに突き刺して愛する人との子供を産めなくしてやります。こんな事を言うと根暗とか言われるから周りに言ったことはありません。
だからこそ、自分がこう思う時点で過ちは許されないのではと感じます。
過ちは自分で許すものですか?他者が許すものですか?死ぬまでそれらから許される事はないのでしょうか?

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

責めるより祈りやフォローに時間を使うべき

おはようございます。
ご質問ありがとうございます。

>過ちは自分で許すものですか?
>他者が許すものですか?
>死ぬまでそれらから許される事はないのでしょうか?

という問いをいただきましたので、私なりに回答します。

まず、過去の自分や他者の行為を許せないという投稿を他でもみかけるのですが、、言葉のもつ『本来』の意味と頭の中のイメージが一致してないケースが多いように感じています。
(白日の歌詞の影響か、白日だけでない令和の時代の傾向かもしれません)

『許す』を辞書検索すると
"過失や失敗などを責めないでおく。とがめないことにする''
とあります。
事実そのものを無かったことにするのが『許す』ではありません。
相手の顔面や子宮をズタズタにすることは度を超えた攻撃となり『許す許されない』とは別物です。

許す許されないが、この世から消える消えないという辛い気持ちを引き寄せるくらいなら、許すかどうかは判断すべきでないと思います。
判断する立場にないことに無理にこだわるから葛藤や矛盾で苦しむのです。

ご質問文を拝見する中で、過去の自分に一番厳しく責めてるのは他人でなく茶々丸さん自身のような気がしました。
『罪を憎んで人を憎まず』というフレーズが昭和の時代劇にはありました。

許す許されないに絶対を求めることは酷です。私自身、自分への反省や自責の念は調子いいときは隠れてるし、何かやらかした時には思い出して自己嫌悪になります。諸行無常です。

繰り返しになりますが、人間が人間を許す立場にないと思いますし、悪い出来事をバチあたりとか神仏のせいにすることも違うと思っています

人が裁くとか許すにこだわりすぎると、こじれることや不幸を引き寄せることが多く私はオススメしません。

それよりも考えるべきは『忘れちゃいけない』,無かったことにして知らんぷりでなく心の奥に在り続けてあの時はゴメンナサイと祈ってます。

許すの本来の意味である責めるか責めないかでいうと、責められるのは嫌です。そして、自分であれ、他人であれ責める側に立つのもなるべくなら避けたいと思っています。

長くなり申し訳ないですが、そういうことで、いまは責めない。自分自身には厳しさより優しさ。責めることよりフォローと祈りをおすすめします。

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有り難し
おきもち

僧侶として長い時間を過ごしてきましたが、 四十年以上経った今でも、言葉や文字にできない思いはあります。 どんなに経験を重ねても、 世の中で起きる出来事や、自分の中に生まれる感情のすべてを きれいに整理して表現できるものではないと思っています。 だから、うまく書けなくても安心してください。 ここでは、無理に言葉を整えることよりも、 いったん息を整えて、静かに耳を澄ますことを大切にしています。 まとまりのない文章でも、途中で止まってしまっても構いません。 言葉になる前の思いが、そのまま置かれてもいい場所でありたいと考えています。
特別な準備や、上手に話すことは必要ありません。 このオンライン相談の時間は、あなたのために差し出された時間です。 話すことだけが人生の目的ではありません。 言葉が浮かばないときは、 ただ呼吸に耳を澄ませる時間として過ごしていただいても構いません。 日常の中で受けている外からの抑圧やストレスから、 ひととき身を離れるための「避難の時間」として この場を使っていただくこともできます。 僧侶である私は、何かを答える人というより、 あなたがこの時間を安心して過ごせるよう、 静かに同席する存在でありたいと考えています。 話がまとまらなくても、途中で止まっても大丈夫です。 この時間が、あなたのペースを取り戻すきっかけになれば幸いです。 なんまんだぶつ。

質問者からのお礼

ありがとうございました。
許す許さないに囚われていました。
自分も調子がいい時は何とも思わないし、悪い時は自己嫌悪でいっぱいになります。
自分だけじゃないとは頭で分かっていたけど、実際に聞けてホッとしました。

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