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たまに自分でいるのが辛くなります

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有り難し有り難し 33

今年成人したものです。
私は幼い頃から上手く人間関係を築くことができません。人から聞いた話などから相手に対して裏切られたと感じたり、不信感を抱くと話し合いで解決するのではなく相手と距離を置いていました。距離を置くのもほぼ無視するような形で明らかに相手を傷つけてしまうものでした。この傾向は最近まであり、本当に情けなく、後悔しています。中学生・高校生時代にそれぞれで相手にしてしまったことを思い出しては自己嫌悪になっています。なぜ周りの友人は上手く人間関係を築けているのにいつまで経っても成長できていないのだろうと思っています。また、自分も人を傷つけた経験があるのにも関わらず、小学生時代に傷付けられた経験を乗り越えることができていません。いじめのようなものがあって、標的が何度か変わり、私が標的になった時のことです。クラスの半数以上の男女に悪口を言われていたり、暴力に近いことをされました。仲良くしてくれていた友人がいたのでその当時は完璧に心が折れることなく、やり過ごしていたのですがふとした瞬間に今でも当時の記憶が蘇り、トラウマのようになっています。現在は当時仲良くしてくれていた友人以外との交流は断ち切っていますが地元が同じであったり、友人との会話に出てくることから度々思い出しては苦しくなります。
人を傷つけてしまったことがあるのに過去にされたことを未だに乗り越えられずにいる自分がもどかしく、嫌悪感しかありません。自分でいるのが辛くなります。
今、自分にできることはこれ以上誰かを傷つけないことだと思い、これまで行ってしまったことを繰り返さないように意識していますが、人と関わったり、傷つけてしまうかもしれないのが怖くなり、現在通っている学校ではあまり関わらないように一定の友人以外の交流を止めてしまいました。生きにくいというかなんとなく前に進めていないような感じがします。前に進むためにはどのようにしていけば良いのがアドバイスをいただきたいです。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

自分と自分のコミュニケーションの再チェック

こんにちは。

過去、様々な苦しい経験を経て今があるのですね。
その辛かった、今でも辛いご心情をお察しします。

私が注目したのは、冒頭の一文です。
「幼い頃から上手く人間関係を築くことができません。人から聞いた話などから相手に対して裏切られたと感じたり、不信感を抱くと話し合いで解決するのではなく相手と距離を置いていました。距離を置くのもほぼ無視するような形で明らかに相手を傷つけてしまうものでした」

外聞から相手のイメージを作り、そのイメージ通りのまま相手と「距離」をおく。そこに「話し合い」はなく、「無視」のような形でその「距離」を維持する、というコミュニケーションの方法が見て取れます。

これは、ご自身でもお気づきでしょうが、相手と直接向き合う「話し合う」ということが大切であり、決めつけたりせずに柔軟に物事を考えていく必要性があると思います。直接「話し合う」と、自分では思ってもみなかったことを考えていたということはよくあることです。また、相手の立場になって考えられていなかった、という自分にも気がつくのです。

人と正面から向き合う。
自分の言葉で。

決して遠巻きに眺めるのではなく、
誰かの言葉ではなく。

この点を留意できたらいいのかな、と思いました。

あと一点は、あなたが身近な人から受容された経験が不足しているかもしれない、と思いました。子供のうちは、親とのコミュニケーションの経験を元に、友人などの周囲と関係を築いていきます。その意味で、子は親によく似るものです。

あなたは生育の過程で、ありのままの自分を認めてくれるという安心感をこれまであまり感じてこれなかった、ということはありませんか。ともすれば相手との関係を壊してしまうのではという薄氷を踏むような感覚でしか生活できないとするならば、それはコミュニケーションの根本である自分が不安定だからではないでしょうか。

このため、自己受容を促すことを、カウンセラーさんを通じて行っていくという方法はどうでしょうか。カウンセリングには、その知見が豊富です。急がば回れで、まず自分が自分とどうコミュニケーションが取れているのかを再チェックしつつ、これを安定させることで、安心感の上に人と人間関係を築いていけるのではないかな、と思いました。

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釋 悠水(しゃくゆうすい)
浄土真宗本願寺派報恩寺住職(兵庫県三木市) 本願寺派布教使 元本願寺布...
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事故を起こしたのは事故を起こした瞬間だけ🚗⚡🚙

「事故を起こしたのはぶつかった瞬間だけ。あとは片付けだ。」
これは師匠の教えです。私が交通事故を起こして数か月へこんでいた時、このお導きでハッと目が覚めて執着がほどけました。正しく、ものの道理、真実を「正しく」認知できたからなのでしょう。
長く続くフラッシュバックやトラウマ、執着はそのことが「今もあたかも続いているかのように【今の一念を新たに起こす】」という誤解、迷い、誤ったとらえ方が脳内でなされているのです。だからくるしむのです。
禅の教えは禅という教えや仏教という難しい思想としてとらえるのではありません。世の人たちは禅というものがあるかのように思われる方がおられますが、物事の根本。根源。正しい道理に禅とか仏教というラベルもありません。同じように、あなたの真実の経験がなく、まず、事実をきちんと見ること。正しく見る、見極める。真相を知ることでこの上ない明晰な心になることです。
まず、あなたが体験した嫌な経験を思い返してみればその時そういうことがあった、いわれた、された、つらい瞬間があった。これは確かな事実です。
ですが、もしタフな人が同じ経験をしたとすれば、そこでバッツリ言い返すでしょう。(# ゚Д゚)お前らこそなんだ!集団で寄ってたかって弱い者いじめのようなことをして人として恥を知れっ!今までのいじめの会話は記録したッ!今後の進路は暗いものになるから覚悟しておけよ!(._.)💦( ゚Д゚)💦( ;∀;)💦
いじめというものの本質は見えないところでやる。公の場ではやらない。自分たちも悪いことであるとわかってやっているからたとえ過去のことであってもそれは真実の人間性によって正されるべきものなのです。
さて、あなた自身は何によって傷ついたのか。それはその他人との衝突・クラッシュの瞬間に実は「あなた自身が過剰にあなたを傷つけた」ということを知りましょう。そうは思えないでしょうが、同じ体験をしてもタフな人は平然としている。自分が傷つくよりは相手の非道を正せる人もいる。それが善導、導き、済度、救済の精神なのです。
あなたは傷つくことを恐れているために、過剰に反応してしまうところがあるのでしょう。じつは、その過剰な反応の時点に発生しているネガティブリアクションが独エキスのようにあなたを苦しめているのかもしれません。そこを注視して心を傷つけないように過ごしてみましょう。

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おきもち

人を傷つけたくないのはみんな一緒だと思います。

でも傷つけてしまうこともある。
それは仕方ないことです。相手が傷つくことだから、相手の受け取り方次第。こちらの想いが伝わらない時にそうなるのですよね。すでにお気づきのように、会話をして、修正することが大切です。それでも分かり合えない時もあるでしょう。

縁があれば関係も続きます。無視するようなやり方は棘があるので、やんわりとできたら一番いいですね。

これから10年20年の間に再会したり新しい出会いがたくさんあったりすると思います。壁を作りすぎないことも大切ですが、上手でなくてもあなたなりに、誠実に対応していってください。その姿から人間性が見えてくるものです。人と比較せず、あなたのやり方で、誠実に。ご縁のある方が何人か近くにいてくれると思いますよ。

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禅宗 曹洞宗 僧侶。神奈川県西部円通寺住職。小学校教師。 悩みを吐き出す...
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質問者からのお礼

多くのご回答ありがとうございます。家族や他の友人関係には恵まれていると思います。ただ、いくつかの後悔やトラウマのようになった経験によってたまに苦しくなることがあったため相談させていただきました。自分の問題点や反省点についてアドバイスの通り、現実から逃げるのではなく、自分自身で向き合い、真実を見極めていくことを心掛けたいと思います。また、他者からのネガティブな言葉は半信半疑程度で受け取るようにしていきたいと思います。過去のトラウマについては性格上開き直ることができず、言われるがままに受け取っていました。恐らくこの傾向は中々治せるものではないと思うので、相手にどのように言われ、その際にどのように感じたか整理し、自己分析していこうと思います。その上で自分自身でさらに追い込まないようにしていきたいと思います。お忙しい中、ご回答いただき本当にありがとうございました。

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