本当の敬意を持ちたいです
こんにちは。もうすぐ社会人になる大学生です。
私は「人を尊敬したい」と思う一方で、人からは「上から目線だ」と思われてしまうようです。今まで言われたことのある言葉には、「クール・お高くとまっている・高嶺の花・おしとやか・いい子」などがあり、どれも言われてショックでした。
最近気づいたことは、「この人を尊敬しなくては」と思って取っていた行動が、人を見下している人の取る行動と似ていたのです。たとえば、褒められると嫌がってしまう・人を立てなくてはと思った結果、評価コメントのような発言をしてしまう(無視されました)・おごられるのを躊躇してしまう、などです。
芸能人でいうとフワちゃんやローラさんのような、タメ口ながら相手に敬意が伝わる人が、とても羨ましいです。私はどちらかといえば、大人ぶっている子役のような違和感を持っているのかなと思います。
本当の敬意とはなんでしょうか。心を開くと一線を超えてしまうような気がして怖いです。なんだかよくわかりません。来年から職場の人と仲良くしたいので、この悩みをなくしたいです。どうかお助けください。
よろしくお願いいたします。
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人と人との関係は
こんにちは。
「クール・お高くとまっている・高嶺の花・おしとやか・いい子」という周囲の評があるそうですね。前三者の部分からは、周りからプライドが高いとみられているんだろうな、という印象を受けます。
プライドが高くて非常に努力家であり、自尊心に見合っただけの自分になろうとする。そして、周りから優秀である自分をキープしたいがために、自分より優秀である人、「この人を尊敬しなくては」という人と出会っても心の中で対抗意識があるのでは、と感じます。
だから、「上から目線だ」で接し続け、「評価コメントのような発言をし」、上下関係を確定するような関係としての「おごられる」ことを「躊躇」するのでは。上に立ちたいと思っているのに、下になるなんてとんでもない、と。
ただ、あこがれとして「フワちゃんやローラさん」を見習うのはいいのですが、やはりあなたはあなたですから同じにはなれません。今のあなたからどうしていくか、を考える必要があります。
そのためには、人より優れる、勝るという視点をちょっとお休みすることです。
人と人との関係は、上下、優劣、勝敗ではない。
失敗する自分、ちょっと変わった自分であっても、周囲は対等に接してくれるし、認めてくれている。お互いに失敗、欠点を抱えつつ、笑ったり、泣いたりを共感していけるんだという経験、そこを大事にするのです。
対等でいい、いや対等がいいと思えた時、あなたの「上から目線」は自然と和らいでいるでしょう。
質問者からのお礼
わかりました。今の私から、やってみます。ありがとうございます。