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ペットを虐待していたことを後悔しています

回答数回答 2
有り難し有り難し 39

初めまして。
早速本題に入りますが、私はペットのうさぎ(便宜上、以降は"うさこ"と表記します)を虐待していました。

うさこが我が家に来た当時、私は学校で嫌がらせを受けていました。

悪口や陰口、ばい菌扱いなど、他愛ないものでしたが、その当時は深く傷ついていました。

そのときの状態を、私の親は「精神的におかしかった」と話しています。

そのときの私にとって、うさこは数少ない私の友人であり、家族といっても過言ではありません。

しかし、そんな支えになってくれるうさこを、衝動的に虐めてしまったのです。

うさこと一緒に遊んでしばらくすると、頭がボーっとして、気づいたら他人がうさこを虐めているのを画面越しに見ているような感覚になっていました。
ここでは詳細は省かせていただきますが、すごく酷いことをしてしまいました。

うさこは今では8歳のおばあちゃんになり、幸い大きな怪我はなく、元気に過ごしております。

今も指をなめたり、頭を撫でてとおねだりしたり、ご飯の時間には私や家族の後ろをとことこついてきます。

人なつこく育ってくれてほっとしたと同時に、このままうさこの近くにいてお世話をしていいのか分からなくなります。

私は今でこそ通院して、大分落ち着いたとは思いますが、行動の節々にまだ残虐性と衝動性が残っていると感じることがあります。

時にはそのときの光景や、その行為でうさこが死んでしまったり、怪我をしていたらという光景をフラッシュバックして、その度に自分を殺したくなります。

そんな人間が、うさこや周りの人間と一緒に生活していいのか、そもそも自分のことを人間であると自覚していいのかと考えてしまいます。

気心の知れた友人には既にこのことを話していますが、「うさこは近くに寄ってきてくれるんでしょ?じゃあ許してくれてるよ、一緒にいてあげなよ」と話してくれます。
ですが、私はもう自分が許せません。

どうしても、うさこは本当は苦しい思いを我慢していて、無理して私の元へやってきてくれるのではないかと考えてしまいます。

精神的にももう限界に近いので、誰かに吐き出して懺悔したくなったのでここに書き込みました。
厳しいお言葉も受けるのは覚悟しております。私はどうすればいいのでしょうか。

長文かつ駄文、失礼致しました。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

いじめた分大切にして下さい

拝読いたしました
厳しい意見を言いますね

自分が辛いから 人にいじめられたから おかしかったから
だからって
弱いものをいじめてよい理由にはなりません

いじめられて辛かった経験は
いじめられたら辛いので自分は他人にそのような事をしないでおこうという
経験にならなかったのは残念です
そもそも
自分がいじめられた事と自分がいじめる事は
別の問題だと考えて下さいね

ただ 幸いにも
まだ 小さな命が生きているのですから
その命を大切にして下さい

それしかできることはありません
ただ 小さい命を大切に
生活をしていくこと

小さい命を大切にする生活を丁寧に
積み重ねていくことを約束して下さい

できないなら
大切にしてくれる方を探して
手放すことも勇気です

合掌

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有り難し
おきもち

大阪府にある山の頂上で小さなお寺を守っています 一般家庭に生まれ 会社員→看護師(介護支援専門員 ストレスチェック制度実施者資格など)→僧侶 という経歴で現在に至ります。 供に寄り添い 歩んでいければ と思います

うさこもあなたも別の個体になっている

動物の細胞は何年も経てば入れ替わっています。
うさこもあなたも、瞬間ごとに新しい物体に生まれ変わっています。
ただ、記憶データを相続しているから同じ個体だと錯覚しているだけです。
つまり、うさこを虐待したときのあなたも、虐待されたときのうさこも、今はもう存在しないのです。
毎日が新しい人間と新しいウサギの新しい出会いです。
初対面の新鮮な気持ちで可愛いがってあげましょう。

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有り難し
おきもち

がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための教えです。まだまだ未熟者の凡夫ですがよろしくお願いします。

質問者からのお礼

中川龍伽様

拝読致しました。厳しいお言葉、ありがとうございます。
何度も読み返して、自分の中に刻みつけます。

確かに私が虐められていたこととうさこは関係ありません。
理性で止められなかったと言うのも、言い訳でしかないことは重々承知しております。どれだけ痛かっただろう、辛かっただろうと考えるだけで胸が締め付けられます。

それでも、うさこは生きて、そばにいてくれることになったんですよね。
薄っぺらい言葉に聞こえるかもしれませんが、これからはうさこに生きていてくれることに感謝して、今度は私がうさこのそばにいてあげたいと思います。
うさこがしゃべれない分、うさこが辛いときに支えてあげられる人間になります。
そして、自分が犯した罪を、一生背負って、向き合って参ります。
この先になって、後悔が大きくならないよう、最善を尽くして参ります。

最後になりますが、改めまして厳しいお言葉、ありがとうございます。
目が覚めた気分です。これから邁進して参ります。

*************
願誉浄史様

拝読致しました。
虐められていた頃のうさこと、虐めていた頃の私は別物ですか…。
哲学の本でそういった話は聞いたことがありましたが、そういう観点で見たことはありませんでした。

確かに、メカニズムを考えれば記憶データを引き継いだだけの別の個体ですもんね。

斬新な視点からの助言、ありがとうございます。
過去の自分という存在を反面教師としてみて、今後どう接するかを考えてみます。
毎日の出会いを大切に、新しいうさこをかわいがれるように努力致します。

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