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性格が悪くなっていっている

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40代の主婦です。年をとる毎にどんどん性格が悪くなっている自覚があります。本人には言いませんが、人の事をブスだなと思ったり、他人の子を子供だからと可愛いとか思えません。テレビに文句を言ったり、私のほうが優れているとか、あの人はこういうところがいけないとか、いつも自分と人を勝ち負けで考えている自分がいます。実際にその人と会うと、あんなこと思って悪かったなと心の中で反省するのですが…
また、仕事では自分の思ったことを上司でも先輩でもハッキリと意見を言ってしまい後悔することがあります。言った内容は正しかったとしてももっと言い方を考えるべきだったと後から思うことがあります。
自分はきっと心が満たされてなく、何が足りたいのかと考えてみましたが、夫や子供、家や車や仕事など物理的には恵まれていると感じます。
心が満たされるには、どうしたら良いでしょうか?趣味に茶道を始めて1年になりますが、しっくりきません。ボランティア?瞑想?写経?本屋さんを歩いても何が必要かわかりません。
こんな質問困るかもしれませんが、よろしくおねがいします。

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

自分へのねぎらい

こんばんは。
ご質問拝見しました。
聴かせていただきありがとうございます。

なかなか貴重なご指摘です。
心が満たされないという原因は半分当たっているが半分違う気がします。
新しく何かを外から取り入れようとしてもしっくりこないのであれば、満たされていないのは今までの自分への労わりやねぎらいなのかなと思います。

自分への尊厳を保つために『他を貶めることで自分の位置を保つ』という心理が他者への悪口になりやすいです。
でも、尊厳を保つには『他者との比較』でなく『自分自身へのいたわりや自分を護る言葉がけ』で満たす方法もあります。

他人への悪口や怒りの克服はお釈迦様の時代からの永遠のテーマであり、さまざまな方策を歴代の僧侶が試行錯誤してきました。

『私が幸せでありますように』と静かに坐る慈悲の瞑想もあれば、他人のことに気をとられるより自己を磨くために滝に打たれ山を走る方もいました。
あるいは、悪口する自分を悪と責めず、自己や意識だけでコントロールできないと割り切り、悪口言う私自美を受け入れてから、気をつける。
三毒、瞋恚、煩悩、求不得苦の扱いは永年のテーマです。

あれこれ考えると余計に難しくなります。私なりの方法としては、
『以前の私も今の私もどちらも大切なわたし。悪口引っくるめて明日もよろしく』的な受容から始めています。

参考になれば。

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有り難し
おきもち

僧侶として長い時間を過ごしてきましたが、 四十年以上経った今でも、言葉や文字にできない思いはあります。 どんなに経験を重ねても、 世の中で起きる出来事や、自分の中に生まれる感情のすべてを きれいに整理して表現できるものではないと思っています。 だから、うまく書けなくても安心してください。 ここでは、無理に言葉を整えることよりも、 いったん息を整えて、静かに耳を澄ますことを大切にしています。 まとまりのない文章でも、途中で止まってしまっても構いません。 言葉になる前の思いが、そのまま置かれてもいい場所でありたいと考えています。
特別な準備や、上手に話すことは必要ありません。 このオンライン相談の時間は、あなたのために差し出された時間です。 話すことだけが人生の目的ではありません。 言葉が浮かばないときは、 ただ呼吸に耳を澄ませる時間として過ごしていただいても構いません。 日常の中で受けている外からの抑圧やストレスから、 ひととき身を離れるための「避難の時間」として この場を使っていただくこともできます。 僧侶である私は、何かを答える人というより、 あなたがこの時間を安心して過ごせるよう、 静かに同席する存在でありたいと考えています。 話がまとまらなくても、途中で止まっても大丈夫です。 この時間が、あなたのペースを取り戻すきっかけになれば幸いです。 なんまんだぶつ。

質問者からのお礼

ありがとうございます。
毎日の家事、育児、仕事、私は褒めてもらいたかったのだと思います。
褒めてもらえないならば、せめて自分を労ろうと思いました。
大変ありがたいご意見、ありがとうございます。

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