働くことが腑に落ちない
よろしくお願いいたします。
今回は初めて質問させていただきます。
「働く」ということそれ自体に納得ができず、仕事に意欲が湧きません。自らが産まれてくることを望んで産まれてきた人はこの世に1人もいないはずです。その一方でほとんどの人は高校・大学を卒業した時点で働くことを事実上強制されています。もちろん働かないという選択もできますし、実際に働いていないニートと呼ばれる人々もいますが、彼ら彼女らの多くが経済的・精神的に苦しんでいるであろうことは想像にかたくありません。
働いてお金を稼がないと生活ができないとか、誰かが働かないと社会が回らないという理屈は理解できます。しかし、望んで産まれてきた訳でもないにもかかわらず、勝手にこの世に産み出されて、成人すれば働くことを強いられるというのはとても理不尽に感じるのです。
苦労して働いて経済的な充足を得るのか、働かないか楽な仕事をして経済的に苦労するのか、上記いずれも避けたいなら自死するしかないのではないか、ということをここ数ヶ月考えています。どれも楽そうではないので、今は我慢して嫌々ながらも働いてはいます。
今の仕事はストレスフルな部分もありますが、人間関係や給与面は良いため転職はあまり考えていないです。「仕事はお金を稼ぐ手段」と割り切ることも考えましたが、仕事でストレスを感じる度に本投稿のようなことを考えてしまいます。
意欲的に働くためにはどうすれば良いでしょうか。ご教授よろしくお願い申し上げます。
変えられない過去に対する執着
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仕事の目的とは
働くことが腑に落ちないのなら、無理に働かなければ良いと思います。
意欲的に働きたいのなら、目的意識を持ったほうが良いと思います。
そもそも人生に於いて「働く」のは生き方のスタイルのひとつ。
日本で「勤労」は国民の三大義務に挙げられていますが、どうしても働けない事情の人も居ますしね。
働かなくても食えるのなら、もし潤沢な不労所得があるのなら、資産運用で賄えるのなら、それはそれで全く問題のない人生ですし謳歌すれば良いのですが、働いて稼がないと明日の飯にもありつけないのなら、問答無用で働くべしと、普通はなりますね。
でも世の中は不思議なもので、お金がないのに働かない人も居れば、大金持ちなのに汗水流して働く人も居ます。
働くこと自体を目的(好き)としているのか、はたまた働いた先の何か(お金・地位や名誉)を目的としているのか。価値観は千差万別ですし、生き方は人の数だけあります。
今やりたいこと、幸せを感じること、夢見ていること、働くより先ずそういったことをしたいのなら、それらの実行や実現に向けた行動を優先すれば良いと思います。
でももしそのような思いが何も無いのなら、20代の時間とその体力を一旦は仕事に全振りして、とりあえず貯金しまくって以後の人生の余力を溜められるだけ溜め込めば良いと思います。打算的な意見で恐縮ですが、もし私だったらそうします。
そして、そうこうしているうちに歳を重ねて、たぶんいつの間にか腑に落ちているのだと思います。
仕事上のストレスに関しては上手く解消していただくしかないですが、人間関係にお悩みがないようで何よりです。それはあなたの最大の利点です。
例えば働くことが「誰かのため」になるとしたら…また違った意味を成してきます。
あまり考え過ぎることなく、脱力して流れに身を任せてみるのも人生ですね。
そろそろ仕事納めの時期でしょうか。良い年末をお迎えください。合掌。
動物がエサを探すのに理由は要らない
現代人は複雑に考え過ぎなのかもしれませんね。
動物がエサを探すのに理由は要らないでしょう。
たまたま人類は物を物物交換したり、貨幣で取り引きしたりして役割分担しているだけ。
農業漁業に専念している人の代わりに彼らができない他の仕事をやっているだけです。
意味を気にしないで、衣食住を満たせて税金・年金・保険料を納められればどんな仕事でも良いと思いましょう。
ライオンが獲物を追いかける代わりに、サラリーマンはパソコンを叩くのです。
質問者からのお礼
御二方ともお返事下さりありがとうございます。
お話を聞いて気持ちが楽になりました。これからも仕事で落ち込むことが多々あると思いますが、その都度読み返そうと思います。
ありがとうございました。