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お墓

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日ごろからの疑問と心配ごとです。

地域によって違いはあると思いますが
人の歴史が深まるにつれて『お墓』の存在は増える一方。
私の住む地域では、先祖代々のお墓に兄弟、親戚、、、隔たりなく入る。
と言うのもありますが。
それは例外として、いわゆる「本家」でない家族は新しくお墓を構えるという認識があります。
最近では、ロッカールームのようなお墓もあるようですが。。。

日本と言う広くはない土地に、これからもお墓は増えて行くのでしょうか?
だからと言ってでは無いですが、私は骨になったら散骨を希望しようと思っています。

お墓は故人、祖先の存在を示し、崇拝する為に必要とは思いますが、
仏壇や、位牌があるだけではだめなのでしょうか?

2013年1月24日 4:40

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

自分の死も私(わたくし)してはならない

これは質問者のルイス様への回答ではなく「お墓はいらないと」考えておられる方はご一読いただければ幸いです。


ある女性は、若くして亡くなられたご主人の遺骨でペンダントを作りました。
ご主人には親兄弟もあるのに、です。
亡くなった人を、ただ愛しいからという理由だけで一個人が所有化する、わたくし化する事が、周りとの関係の中で本当に正しいあり方でしょうか?
息子さんに先立たれた親御さんの気持ちや、手を合わせたい知人たちはどうなるのでしょうか。


ある方はお骨をすべて海に散骨しました。
実際に漁業者は大変憤慨されています。
「あいつら自分の親の骨を魚に食わせて、それを自分達が食べるんだぞ!!」「あんなのは供養じゃねえよ、処分だ。」
漁業者の方々の言う通りだと思います。
散骨はこういうデリケートな問題もあるので私も反対です。
こういう周りとの関係性もみえずに、時代の風潮に煽られて安易に散骨してしまうこと。これは実は、現代人の宗教心の欠如なのではないでしょうか。

3石原裕次郎さんは海に散骨されたと言っても、それは分骨したほんの一部だけで、本骨とお墓は横浜の総持寺にあり、きちんと手を合わせられる場所があるのです。
だからご遺族やファンの方々も何の問題もなく、何時でも誰でもお墓でお手合わせ、心の交流ができます。だからこそ多くの人の心に今も“健全に”活き続けているのです。

安易に「お墓は面倒」「あとが楽だからいいや」ということで業者や時代の悪風に煽られて処分、破棄に近い行為をする、させる、奨励することは、後の人の精神衛生をまるで考えていない無責任で宗教性を欠如したあり方だと思います。

宗教心ある弔いとは、自分も含めて死者をモノ化せず永遠に「まつられる」存在として最上の形で供養し、後世の人のことも考えた上で弔うことです。
死後も、残された方々が、故人様と心の交流が誰でも可能なように、きちんとお墓を建立し、大切に供養することがやはり一番であると思います。

お墓という形が今までずっと続いてきたというのは、それなりの理由があるからなのです。
関係する方々の気を害されるような自分を中心とした生き方にストップをかけることこそ、宗教心を持つということの真の始まりなのではないでしょうか。
どギツいコトを申し上げまして申し訳ございません。
覚元九拝

2013年5月5日 23:54
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丹下覚元(たんげかくげん)
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「死」から考える

ルイス様

はじめまして。
釈理薫と申します。

お墓の文化ですが、時代とともに変遷してきたように思います。

むかしは共同体(村など)の共同墓地が一般的だったようですが。
天皇や貴族、豪族などの個人墓の流行により、江戸時代などから庶民も一族のお墓や個人のお墓が増えていったようです。

川口師もおっしゃるように、核家族化や少子化により、個人から家族へ。家族から一族(親類縁者と一緒)へ。一族から共同墓地(お寺や村などの永代供養墓など)へとゆり戻しもあるかもしれません。

最近では、ルイス様のように散骨を希望される方も増えてきたのも、時代とともに遺骨や「死」に対する考え方が変わってきたせいでしょうか。

仏教では肉体や遺骨に対して、執着しすぎてはいけないと申します。
お釈迦さまも親鸞さんも、亡くなったら川へ流してくれとおっしゃっていたそうです。

しかし、やはり残された縁者たちが、お釈迦さまの遺体や遺骨を川に流してしまうには偲びず、お墓を建てたのが仏教でのお墓の始まりでした。(仏舎利塔ぶっしゃりとう)

「生」でさえ思い通りにはいかないのが人生です。
ましてや、「死」も自分一人のものではなく、自分の周りの親族や友人 縁のあった人々との関係のなか偲び悼まれるのではないでしょうか。

メメント・モリ(死を考えろ)と申します。
「死」について真剣に考えたさきに、お互いお互いのかけがえのない「生」が見えてくるといいですね。

乱筆乱文、失礼いたしました。

2013年1月29日 4:50
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平松理薫(釈理薫)
真宗大谷派(東本願寺)僧侶 東京品川 日夜山正徳寺 住職 主な活動...

供養は第一に気持ちの問題、気持ちの表れが大切

ルイス 様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

これからの墓苑・墓所・墓石に対してのメンテナンスやランニングコスト、また利便性・負担等も鑑みて、双方のニーズの要望・需要から、お墓から納骨堂へのシフトが最近の傾向としてあるようには思えます。特にこの核家族化・少子化が進む中で、この先お墓の維持・管理ができない、子どもに負担を掛けたくないとして、納骨堂に改葬される方、永代供養・無縁塔合祀供養へと改葬される方等も多くなってきているようであります。「これからもお墓は増えていくかどうか」と申しますと、横ばいか、減っていく傾向になるようには思われます。

「仏壇や、位牌があるだけではだめなのでしょうか」・・供養は第一に気持ちの問題、気持ちの表れが大切かと存じます。このことにつきましては、下記拙回答をご参照頂ければと存じます。

問い「立派なお墓ほど良いのでしょうか?」
http://hasunoha.jp/questions/27

また、追善供養・功徳回向の考え方につきましては、下記の拙論もご参照賜れましたらと存じております。

「追善供養・功徳回向の考え方について」 1~5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/52108201.html

参照ばかりとなってしまいましたが、ご容赦の程を頂けましたら幸いでございます。

川口英俊 合掌

2013年1月24日 7:10
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おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

「お墓」問答一覧

人様のお墓に触れるのはリスクありますか?

お寺の皆様へ質問です。 当方石材の洗浄をやらして頂いております。その中こないだ御依頼を頂きお墓のクリーニングをさして頂いた際に、通りすがりの70代位の女性で何処かの宗教で先生をやられている方に、お墓を無闇に触るのはいかん(自分の先祖のも含め)円満に亡くなった方ばかりじゃなく、穢れも多い場合もあるからと、きつめに言われました。当方もふざけてやっている訳ではなくしっかり、施主様にお話しを聞き作業前と後には手を合わせ可能な所なら線香などはやっており、一基ずつ手を抜かず真心込めてやらせて貰ってる自負があり、説明したのですが全く話を聞いて貰えず悔しくて調べていた所このサイトを見つけたので質問させてもらいます。 軽い気持ち(金儲け)でなく、精神繊維込めてやっていても駄目な事なのでしょうか? 地方に寄っては確かに穢れと言って近づく事さえしない地域もある(あった?)とはサイトに載ってたりしますが、自分はとてもやり甲斐があり、自己満ですが心晴れやかになる仕事なので腹が立つと、同時にしっかり知りたく思いました。唯その女性曰く神社、お寺などの門柱や石碑は祀ってるので持っての他とも言っており、確かに長年の汚れが付着してるのも多く見られ一般の私どもでは知らないルールなどもあるのでしょうか? 因みに当方は全て手作業で行っており、機械は一切持ち込まず環境にも配慮された薬剤を使用しております。 長文になり申し訳ありませんが今後の為にも、気をつけた方が良い事など含めお教え頂ければ幸いです。

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回答数回答 2

お墓について

こんばんは。 お墓について心配事があります。私はお墓参りが好きで、よく1人で行っていました。でも我が家(父方)のお墓には、問題があります。字が【全て】間違っているのです。 私が生まれる前に、祖父が知り合いの石材店に作ってもらったそうなのですが、うちは渡邉なのに、一番大きな石の字が、渡邉のしんにょうの点が一つしかないもの、お線香を立てるところは渡邊、他の家は100%家紋が彫られている、お花を生けるところは、左の石が渡、右の石が邊なのです…。 めちゃくちゃすぎて気持ちが悪いとずっと思っていました。何故直させなかったのか、何故そのままにしておいたのか、石材店も祖父母も理解できません。 このように字が間違っているめちゃくちゃなお墓は、当然直した方が良いですよね? お墓のせいとはもちろん思ってはいませんが、私や弟、従姉、従兄などの子孫は、病弱だったり子供ができなかったり、結婚できなかったり、とても不幸です。祖父は52歳、父は46歳で亡くなったりと、悪いことばかりです。 お墓のせいとは思っていませんし、ご先祖様が子孫を不幸にするなどとももちろん思ってはいません。そんなパワーもあるとは思えません。 ですが、【自分の力ではどうにもならないような悪いこと】が、他所の家に比べてもかなり多いのは事実です。祖父母も父も、かなり人に優しく、自分よりも人のために何かしてあげる人でした。自分で言うのも何ですが、私もそういうタイプです。ですが、信じられないくらい運が悪く、特に、人との縁が全くありません。弟も同じです。 少しずれてしまいましたが、墓石は直した方が良いでしょうか?というよりも、直すべきですよね? 他にも、ご先祖様のためにした方が良いことはありますでしょうか?あまりにも不運な一族なので、最近では、本当に呪われているんじゃないかと疑ってしまうこともあります…。 長くなりましたが、ご回答よろしくお願いします。

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古いお墓について

おはようございます! お暇な時に教えていただけると嬉しいです。 潰れたり移転したりしたお寺にあったお墓、あるいは存続している古いお寺にあるお墓でも、もう面倒をみている子孫がいないかもしれないような古いお墓はどうなるのでしょうか。 私の片親の曽祖父と曾祖母は山形県に昔から住んでいたという地元の人だったのですが、娘達(そのうち一人は私のお祖母ちゃん)がみな遠方に嫁いでしまった後、どうなったかわからないんです。祖母も滅多に帰省できなかったみたいで、そちらの家族とは疎遠になり、そのうちに祖母も当時を知る血縁者もみな亡くなってしまいました。 曽祖父・曾祖母が住んでいたらしい地名がわかったのでグーグルしてみたら、村が統合されて今は市になったらしく正確な住所はわからないし、更に、昔大火事があって市役所の書類など焼失したとか。 曽祖父と曾祖母の菩提寺も宗派もわからなくて、彼らがお世話になっていたお寺そのものが今あるかどうかもわからないという状態です.....。 墓石の状態にこだわったり、今から何が何でもお墓を探し出して供養しなきゃ!と思っているわけではないのですが、お墓がどうなったのか気になって質問いたしました。 一度も会ったことがなかった東北の曽祖父と曾祖母ですが、血のつながりを感じます。寒い天気だと落ち着くというか居心地が良いんです。亡くなった肉親は天国にいると考えると私は安心できるのでそういう考えもありだと思っていましたが、上に上がったというよりはみんなつながって私の中で生きているのかもしれませんね。

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