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昔の恋人が亡くなり、気持ちの整理がつきません。

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昔の恋人が亡くなりました。彼は一年以上前から闘病生活を送っていたそうですが、その間、私は何も知らずに過ごして参りました。

恋人とは6年前に3ヶ月程しかお付き合いできませんでしたが、私の理想通りの素敵な方でした。

お別れしてからも何度か会いましたが、私の至らない態度が恋人を不快にさせてしまい、最後に送った3年前のメールは返事をもらえませんでした。

現在は新しい恋人と出会えて幸せですが、昔の恋人にもう一度だけ会いたいと毎日思っておりました。同時に、願っていればいつか会えるとも思っておりました。

ところが、昨日亡くなったという報せを聞き、もう会えないと思うと心が乱れてどうして良いのか分からなくなります。

泣いて心を落ち着かせようとしましたが、体の底から泣くことができません。

どうすれば昔の恋人の安らかな眠りをお祈りする心になれますか、お導き下さい。


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お坊さんからの回答 5件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

誰も自分のものではない

「恋、それは好きという名の下に相手を我がものとしようとする感情がはたらくものであり、尊いものとなすべきにはあらず。それは秘して抑制すべき欲の一種である。」
結論:今夜一人静かに手を合わせ、それ以上求めようとしない。
これは秘するべき事です。つらいでしょうが、あなたの出番でもあなたの舞台でも、また彼はあなたの所有物でもない。
一度別れたからには、けじめを持つ、思い「斬り」をいたしましょう。今夜中に、です。
自分を知り、人間の恋愛の限界を悟り、今の愛すべき人を愛すべきでしょう。
愛する、とは「愛を注ぐ」ということです。
貴女の元彼は亡くなった、というまぎれもない真実。そして既に別れていたのですから、もう愛の注ぎ先はありません。仮に今の彼にその事をそのまま伝えれば、それはそれで彼もいい顔はしていても、内心、あなたが想っていた相手が自分ではなく死んでしまった相手であるという事に敗北感や嫉妬、解決できない思いを抱くかもしれません。彼にとっては❝失礼❞な話です。いまや時代は、恋の歌、恋の歌、恋の歌。
表向きはきらびやかで男女の奏でるハーモニーですから肯定されるべきものですが、あえて別視点で冷静にものを観ましょう。
あなたは6年前に別れて現在、他の異性と付き合っていながらも心は未練と、浮気です。
相手が亡くなってしまったから、ということであっても、自分がしていることの実質を見極めるべきです。
気持ちの❝整理❞はいりません。
あなたはただ、手を引くべき、分をわきまえる。それだけでいい。
手離して自由にして差し上げる事も愛です。
別れたからには「別れた」ということに自分に責任とけじめを持つ。
相手を想う気持ちがあっても、その彼には最後には彼が愛した人がいるはずです。
いくら愛しても、愛せ尽くせないのがこの世の愛なのですから、あなたは今の彼に愛情、敬う気持ち、大切にする気持ちを液体のように注ぎ続ける事で、あなたが本当に愛すべき人が誰なのか、目が覚めると思います。
あえて、冷たい事を言いました。あなたの情愛を断ち切る不動明王の剣です。失礼しました。
ー御礼を頂いてー
厳しい事を言ってもごめんなさいね。
情愛の念の断ち切り難いことは当方も承知しておりますのであえて申し上げました。こちらも辛かったですが。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

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丹下 覚元(たんげ かくげん)
今月の提唱 「菩提心をおこす」 菩提心をおこすということは、たとえ...

お泣きなさい感謝の念を込めて

あなたは、亡くなった昔の恋人の事が本当に好きだったのですね。
亡くなられる事で、その気持ちが明るみに出たのかもしれませんね。

心に嘘はつけません。

あなたの心の中で大きな存在であったのだと思います。
思い出もいろいろとあるやもしれません。

今の自分を形作る大きな要素でもあった事でしょう。

今までのその方に関する思いを感謝に変えて涙で流して行きましょう。
出会ってくれてありがとう。
思い出をありがとう。
上手く行かなかった事も全てを含めてありがとう。
…こんな感じに…。

あなたの中にある彼の面影を感謝と涙で送り出しましょう。

今まであなたが出来なかった、彼からの本当の卒業です。
そして、その事が彼の魂にとっても良い事であると思います。

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仏道に入門して36年が経ちました。 死ぬまで修行を続けるのがお坊さん...

一本の道

さふささま
なごみ庵の浦上哲也と申します、よろしくお願いします。

以前の恋人がお亡くなりになったとのこと。非常にお早いご逝去だったと思いますし、それだけに彼のご家族、友人知人に大きな衝撃を与えたでしょう。
そして短くはあっても特別な関係であったさふささんも、気持ちの整理がつかないほどのショックを受けられたのですね。

数日が経ち、またお通夜ご葬儀なども済まれた頃でしょうか。無事、お参りには行くことが出来ましたか? この世でのお別れをすることは出来ましたでしょうか。

「もう一度会いたい、いつか会える」という言葉が少し気になりました。でも、「新しい恋人と出会えて幸せです」とも書かれていましたので、それは「自分も幸せ、昔の恋人も幸せであって欲しい」という前向きな気持ちだと受け止めておきます。

しかし昔の彼は亡くなってしまった。もう、幸せだと伝えあうことは出来なくなってしまった。そこが辛さの芯なのではないでしょうか。

私は、大切な人を亡くして、短い期間で落ち着かなくても良いのではないか、吹っ切らなくても良いのではないか、と思うのです。
親や兄弟、親友や恋人。数ヶ月、あるいは数年、数十年と過ごしてきた歴史があるのです。その歴史から生まれる悲しみを、短い期間で無理に乗り越える必要はないと思います。

「悼む期間」を大切にして下さい。まっすぐに嘆き悲しむことが、それを乗り越えるための一本の道です。どうぞゆっくりと、その道を歩んで下さい。

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浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

俱会一処

さふささん、こころの奥で密かにずっと想っていた方が亡くなった!
少なからず衝撃があったようですね。

でも、今の彼をちゃんと見つめてあげましょう。
思い出は思い出として、こころの引き出しにしまう!

昔、新婚早々に旦那さんが急死するという葬儀を行ったことがあります。
奥さんの悲嘆はそれは大きなもので、火葬場で炉に入れるとき、そして収骨のとき、かなりの混乱がありました。骨壺の白い骨の一番上には結婚指輪が・・・
でも数年後彼女は再婚し、今では幸せに暮らしています。

今の彼が、今のさふささんの最高のパートナーではないのですか?
ちゃんと前を向きましょう。

仏教には「俱会一処」という言葉がありますが、今生を終えた方ともまた一処にあう時がくるでしょう。そのためにも「今」を大切に生きて下さい。過去に縛られてダメです!

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石川県金沢市内の城北地区鳴和町で浄土真宗本願寺派のお寺をお預かりしておりま...

ご縁

さふさ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

ご質問から一ヶ月ほどが経ってしまいましたが、少しは心落ち着かれて亡き方のご供養をなさられることができましたでしょうか・・

愛別離苦のお苦しみ・・亡くなられました方との生前の善きご縁、そのご縁が誠に尊くかけがえのない有り難いものでありましたら、尚更に別れはつらいものでございます・・

愛別離苦につきましては、これまでにも下記の各問いにて扱わせて頂いて参りました。

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/tag/愛別離苦

最近では下記の問いにて扱わせて頂いております。

問い「気持ちの保ち方」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1003585431.html

「・・時間がまだまだどうしても掛かることかとは存じますが、悲しみを無理して我慢せずに一つ一つ出されていくことで、感情を整理されていかれることと、ゆっくりとでも・・死の現実を受け入れながら、その苦しみとも真正面から向き合って頂きつつ、釈尊のお説きになられた苦しみを滅するための方法論への関心を起こして頂けましたら有り難くに存じております。・・」

誠に、出会いも別れもご縁、生も死もご縁、このようにご質問頂けるのもお答えさせて頂けるのもご縁・・この縁にて成り立っていることを仏教では「縁起」と申しますが、縁起なる世界であることを理解するとともに、縁起なる世界では、何一つとして永久永遠なるものはなく、実体として成り立っているものでもないという「空」であることを理解し、それがゆえにも、尚一層に尊く有り難いご縁、善きご縁を大切に、それこそ今の恋人とのご縁も大切にしながら、ご縁の世界をこれからもお過ごし頂けましたらと存じます。それがまた亡き方へのご供養にも繋がるのではないかと存じております。

お幸せを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

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川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究 この度、仏...

質問者からのお礼

悟東あすか様

お忙しい中、私の質問にお答え戴きありがとうございます。

「彼からの本当の卒業」というお言葉にハッとしました。

仰る様に、「ありがとう」という気持ちで彼との思い出を一つずつ感謝したところ、本当の意味で泣くことができました。

お葬式では、彼の魂に感謝を伝えてお別れしようと思います。

お導きありがとうございます。

丹下覚元様

お忙しい中を、私の質問にお時間を割いて戴きありがとうございます。

「けじめをつける」、「分をわきまえる」。
今の私が一番にすべきことを忘れ、自分が悲劇のヒロインになっておりました。

また、彼を愛していたのではなく、単に恋していたのだということも分かりました。

己のしていることが浮気であるということ、今一緒にいてくれる彼氏に対して酷いことをしている自覚がありませんでした。

これからは今の彼氏に精一杯の愛を注ぎます。

お言葉、少しも冷たく感じませんでした。迷いを断ち切って戴き、ありがとうございます。

大熊範隆様

お忙しい中、質問に答えて戴きありがとうございます。

私にとって最高のパートナーである今の彼氏と過ごす「今」、その幸せな「今」を見失っていました。

私は過去に縛られやすい性質で、「今」をキチンと見ていなかったので、「過去に縛られてはダメ」というお言葉に気付かされました。

思い出は引き出しにしまいます。

あの世で亡くなった彼に巡り合った時、いい人生を最高のパートナーと送ってきたよと言える様に、今の彼氏と幸せな時間を沢山過ごします。

前を向くように導いて下さり、ありがとうございます。

浦上哲也様

お忙しい中を、私の質問に目を留めて戴きありがとうございます。

今日、お葬式があり、参列することができました。
彼のお顔を拝むこともでき、「さようなら」と言うこともできました。

>昔の彼は亡くなってしまった。もう、幸せだと伝えあうことは出来なくなってしまった。そこが辛さの芯なのではないでしょうか。

まさに仰る通りです。彼は私より年下ではありましたが、心底から尊敬している方で、お付き合いできるだけでも私にとっては奇跡のようでした。

だから、彼に相応しい素晴らしい女性と出会って、幸せな毎日を過ごしていればいいと思っておりました。

同時に、もう一度会ってじっくり話すことができれば、お互い幸せで良かったと言い合えたらどんなにいいかと思っておりました。

それができなくなり、苦しいです。辛いです。

けれども、浦上様や他のお坊様方のお導きによって、彼を本当の意味で悼むことができそうです。
ありがとうございます。

「身近・大切な人の死・悲しみ・喪失」問答一覧

今の私にできること

はじめて相談します。つたない文章ですが、よろしくお願いします。 私の父と母は長年の別居を経て、熟年離婚しています。 離婚の経緯など今までの出来事から、私自身、父への不信感を拭えず、両親の離婚を機に父とは連絡をとる事もなくなりました。 先日、父が亡くなったと兄から連絡がありました。 兄夫婦は定期的に父と連絡を取って会っていました。 亡くなった父には内縁関係の方がいらっしゃり、その方と兄夫婦で近年やり取りをしてくれていました。 数年前に一度、私自身が父との関係に一歩踏み込むタイミングもあったのですが、ちょっとしたすれ違いにより、私と兄夫婦の溝も深まる事になりました。 父が亡くなり、葬儀が執り行われる事になったのですが、兄夫婦は私の疎遠だった今までの行動を良く思っておらず、通夜、葬儀には参列しないでもらいたい旨をやんわり伝えられました。 私も疎遠になっていた後ろめたさもあり、私が参列しなければ兄夫婦の気持ちもおさまり、その方がよい御見送りになるのならと思い、辞退する事にしました。 内縁の妻の計らいで、兄夫婦には会わない形で父とお別れの時間を作ってもらえる事になっております。 誰にも相談する事ができず、どのように気持ちを整理していけばいいのか分かりません。こんな私が最後に父に出来ること、これから父に出来ることありますか?

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最愛の父が癌で亡くなりました。

はじめまして。 長文になります… 先日最愛の父が癌で亡くなりました。 心の整理がまだついていないので まとまっていない文章で失礼します。 4ヶ月前、足が痛いと言い出し、 母と共に「関節痛じゃないの?」と、 軽く考えていました。 が、蓋を開けてみると末期ガンでした。 手術も不可で化学療法?のみの治療でした。 父も長くないことを悟っていたのか 亡くなる直前まで、時間があれば 一緒に好きなものを食べに行き、 手料理も振る舞うことも出来ました。 私が今妊娠中であと1ヶ月で、 孫を抱かせることが出来たのに 叶わず旅立ってしまいました。 あと一週間で私が里帰りし、動けるうちは毎日ご飯もおやつも作ろう!とか、父とゆっくりテレビ見ながらお話して、お昼寝しよう!!とか、筋力つけるためにお散歩も行こう!など考えている時でした。 母が珍しく数時間家を空けている間に、 父は旅立ちました。 直接的な死因は分からずです…… 私は両親と親友のように仲が良く、 実際亡くなった時は泣きじゃくりましたが、 実際この世に居なくなってしまった実感がありません。 まだ隣の部屋にでも居るような気がします。 あんなに大好きだったのに、 食欲もある、睡眠も取れている… もっと落胆するかと思っていたのに、 何故か普通に過ごせている事に 罪悪感を抱いています。 ・病院で亡くならずによかった。 ・面会できずにいるなんて耐えられなかった。 ・最後までご飯が食べれていてよかった。(実際は食べるのも大変だったと思います) ・私の赤ちゃんが産まれてからだと大変だったから旅立ちが今でよかった? ・母が長期間介護しなくてよかった? ・介護してでも生きてて欲しかった?日に日に弱っていく父を見なくて済んでよかった? ・最期の時を母が見なくて?よかった。いや、看取りたかったかな…? など、自分を正当化するような考えばかりしてしまいます。これでよかった。これでよかった。っと言い聞かせてしまいます。 大切な人が亡くなってしまって、こんなに普通に生活出来ていてわたしの心は大丈夫でしょうか。もちろん残された母を支えないと!という思い、新しく産まれてくるお腹の子にストレス与えちゃダメだ!などいろいろな感情もあります。 もし良ければ何かお言葉を頂けたらと思います。よろしくお願いいたします。 読みにくい文章ですいません。

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母の死の受け入れ方

今年の三月に最愛の母を亡くしました。三十分前まで自宅で話をしていた状態からの突然死でした。 私は自他共に認めるマザコンで、何をするにも母に報告しては、それに対する反応を生き甲斐としていました。嬉しいことがあった時は一緒に喜んでもらうことで幸福を倍加させ、辛いことがあった時には慰めてもらうことで苦痛を緩和できていました。 唯一絶対の味方であった母を失い、もう五ヶ月も経とうというのに絶望から抜け出せません。母が生きていた頃、私はよく「お母さんが死んだら私も死ぬから長生きしてね」と言っていました。なのに母が亡くなった今も私は生きています。そんな自分に嫌悪感を抱くのですが、私が自死すれば母がどんなに悲しむだろうと考えると死ぬこともできません。 今の望みは母の死を受け入れて、自慢の娘だと言ってもらえるよう立派に生きていくことです。しかし実際には、日々涙にくれて生活もままなりません。明るい未来を思い描きたくとも、孫を抱いてもらいたかった、まだまだ一緒に旅行したかった、介護が必要になれば面倒を見たかったと、すべてを母とのもう叶わない夢につなげて虚無感に襲われます。こうなるたびに、私は未だ母の死を受け入れられていないのだと実感します。 母は死んでしまった、この事実が変えられないのなら、死を受け入れ乗り越えて、思い出と共に笑って生きていきたいと存じます。泣くばかりでは状況が改善しないのは身に染みています。母のことを考える時、生前のように暖かい気持ちになるためには何をしたら良いでしょう。どのように考え方を変えたら良いのでしょう。ご教示ください。お助けください。今でも母を愛しています。

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妹と月命日とオリンピック、パラリンピック

先日から何回も投稿させてもらってるものです。 今日が妹の3回目の月命日です。 月命日は何して良いかよく分からないので、好きな食べ物とか買ってお供えしてあげるくらいです。 現在も相変わらず毎日苦しいです。 地獄のような毎日です。 来月は初盆で、あまりわけわからんのですが、申し込みとかしてます。今日お寺から何か紙に書いてるのもらいました。おせがきとか何かお経みたいなの書いてる紙もらいました。今週の金曜日に葬儀やが来て色々してくれるそうです。 色々準備してますが、まだまだ信じられないです。 本来なら楽しみにしてたオリンピック、パラリンピックを一緒にまさに今日も見てるはずなのにと、東京オリンピックを見せてあげたかったなと思いながら見てます。 妹はあまりスポーツは詳しくないのですが、イベント事は好きみたいで日本が活躍したら何となく嬉しそうでした。たまに手を叩いたり静かに見てました。僕はスポーツとか大好きなので絶叫したり雄叫びあげたりしながら一緒に見てました(笑)。 今回のオリンピックは静かに見てます。 母はまた寝てます(笑) 一緒に見たかったです。 結局前回2016年のオリンピックが妹には最後となってしまいました。 父は2012年ロンドンオリンピック直前に亡くなったので、なんだかな~と思います。 今後も何回もずっと一緒に見るつもりでした。 やはり残念です。寂しいです。 妹は朝ドラも好きで毎日見てたのですが、最後の朝ドラおちょやんも最終回を見れず仕舞いでした。12月に始まるアニメも楽しみにしてました。それも見れません。 突然の死は好きなテレビすら見れなくなります。 色々なアニメや漫画やドラマも最終回を見ること無く自分の人生が終わってしまったのです。かわいそうです。 今日も暑くて、僕は仕事で汗だくなりました。汗だくなっても妹の為に仕事も頑張って来ましたので張り合いもありません。 来年のサッカーワールド杯、今後のオリンピックなどのスポーツイベントは妹はいません。一緒にテレビも見れません。静かな寂しいオリンピックです。 こんなことならコロナなんか気にせず妹が好きな外食や外出させてあげればなと思いました。 僕の辛い、苦しいなんかどうでも良いのです。妹が今後何も出来ないのがかわいそうです。死に方も1人で苦しんで死んでしまってかわいそうです。やはり助けてあげたかったです。

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全てが虚しく憎い 早く死にたい

今年の4月にご相談をさせていただいた者です。 https://hasunoha.jp/questions/52766 その際相談したパートナーが、先月亡くなりました。 余命宣告から二ヶ月も経たないうちでした。 一目ですら、会うことは叶いませんでした。 連絡がつかなくなってから毎日お悔やみ欄を調べ、ある日、彼の名を見つけました。 何も信じられませんでした。しかし、一週間、一ヶ月と時が経ち、本当にもう二度と会えないのだと悟りました。 余命を告げられてから今日まで、涙を流さなかった日はありません。 彼は、いつも誰かのために動いている人でした。まだまだこれからやりたいこともたくさんある人でした。 私よりもずっと、生きる価値のある人でした。 なぜ、そんな彼を連れていってしまったのですか。なぜ彼を苦しめたのですか。お坊様にこう言っては失礼ですが、この世には神も仏もいないのですか。 彼を亡くしたあの日から、全てが虚しくて憎くてたまりません。 彼の病を見つけてくれなかった医師が憎い。ずっと不調を訴えていたのに。コロナのせいで見舞いにも行けなかった。 街で見かける彼より自堕落で不健康そうな人、テレビに映る身勝手な人々…認知症の自分の祖母にすら、なんであなたが生きてるの、とひどい考えを向けてしまう。 生活の中で自分が感情を持つことも、毎日健康に過ごしていることも憎くてたまらない。 日に日に自分が醜く歪んでいくのが分かります。 一度は、彼が願ってくれたように幸せになろうと思っていました。 誰かを恨んでも無意味なだけ。大切な両親や支えてくれる友人を大事にして生きようと思いました。安易な選択をしては、今度はその人たちを苦しめてしまう。 ですが、日ごとに絶望が強くなる。自分の幸せなどもういりません。どうせ彼のように簡単に消えてしまうのですから。 人生の全てが無意味で虚しいのです。早く命を絶てたら、と毎日思います。 彼に会うために死ぬのではありません。彼のいない世を生きるのがあまりにも辛いのです。どの道、醜い私は死んだところで彼には会えないでしょう。 毎日泣くのも苦しいのも、外では平気なふりをするのも、もう疲れました。 いずれ彼の記憶が薄れていくことが何より恐ろしい。彼を愛しているうちに、はっきりと心の中にいるうちに、死にたいのです。 地獄に落ちてもいい。私が死ぬことを許してください。

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妹は何故死んでしまったのか?

先日から何回も相談してる者です。 妹が亡くなってから来週で早くも3ヶ月です。 まだ信じられません。 暑くなって来たので例年なら熱中症対策で水分補給に気を付けてました。 またウナギが好きでしたのでウナギをよく食べ指してました。 生きてたらこういう日々がまだまだ続くはずでした。 亡くなった日は妹は朝の薬を夜僕が帰るまで飲んでなかったのです。てんかん発作を押さえるための薬は朝9錠、昼6錠、夜8錠ととても多く本人も大変そうでしたが、何とか飲んでました。 ところが亡くなる半年前くらい前からまた飲めなくなってきて、病院に行って相談して、お薬ゼリーなるものを紹介してもらいそれを使ったり、また飲みにくい大きめの錠剤は僕がハサミで切ったりしてました。最後の方はその薬を切るのが僕の日課みたいにもなってました。 だんだん朝の薬飲むのが遅くなり朝のを夕方に飲んで昼を飛ばしたり、昼と夜も飲めない時もあったり、僕が夕方に帰って来たとき薬全然飲んでないときもあり、慌てて飲ましたりもしてました。昔はにそこまでしなくても、本人が勝手に飲んでくれてたのですが、何故かだんだん飲めなくなってました。 で最後の日は朝御飯も夕方まで食べず、朝御飯は僕が仕事行ってからは食べてました。ただ大事な朝の薬を何故か飲んでなかったのです。薬の袋すら開けてなかったのです。 ヘルパーさんは夕方までいてくれたのですが、その間にも飲んでなかったのです。いつもなら連絡ノートに朝の薬を先ず飲ませてくださいと赤字で僕が書いてヘルパーさんに伝えてたのに、その日だけは朝まだですしか書いてなかったのです。ヘルパーさんに直接言うことも出来たのに面倒くさがって何も伝えずに仕事に行ってしまったのです。 ちゃんと伝えるか、または僕が仕事行くまでに朝の薬だけでも飲ませとけばまだ生きてたはずなのです。 この朝の薬を飲んでなかったことが妹の死因だと思います。 原因がはっきりしてるので、ここさえ何とかしてればまだ生きてたはずなのです。 この事が一番未だに僕を苦しめてます。 この日死ぬのが運命だとか寿命とか言われることもありますが、僕はそうは思えません。人が死ぬには何か原因があると思います。何も問題無いのに突然死ぬわけがないです。 僕が朝の薬を飲ませなかったことが原因です。やはり僕の責任だと思います。 もっと必死に薬を飲ませとけばと言う罪悪感しかありません。

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父の死について

父親が先月亡くなりました。 まだ50歳でした。 心臓の病で倒れ、一時は手術もせずに退院出来るかもというところまで来たのに急変し3日後に亡くなりました。 父とは血が繋がっておらず、高校生の時に出会いました。 警戒心丸出しでなかなか心を開かない私に、根気強く、そして優しく向き合ってくれました。 人間関係や仕事が上手く出来ず、落ち込む私を一番に気にかけてくれ、そっと側にいてくれました。 父にしか話さなかったこと、父にしか相談しなかったこと、たくさんあります。 父は身体が弱く、よく頭や歯が痛いと言い、熱を出すことも時々あり、睡眠も短いことが多かった為(疲れていても長時間眠れなかったようです)心のどこかで長生きしないのではないかと感じていました。 そのため多少無理をしてでも父親に対して孝行をしてきたつもりです。 父が亡くなった後、棺に入れるものを探していた時、仕事用の鞄からたくさんのポチ袋が出てきました。 私が就職してから、ボーナスが出た時に家族に渡していたお金を入れていたものでした。 ずっと持っていてくれたことを知らず、胸がいっぱいになりました。 ボーナスが出た時にお金を渡すのは、父が私の祖母にしていたことだったので、私も同じようにしていたのです。 また、亡くなった後会社の人や、父の仕事関係の人から、娘にこれを買ってもらった、娘とあそこに行った、私のことを娘みたいに可愛いと話してくれていたことを知りました。 血の繋がりのない私を実の娘以上に大事にしてくれ、時には怒ってくれたこと感謝してもしきれません。 そんな父が亡くなり、まだ現実を受け止められません。 上手く感情に蓋をし過ごせる日もあれば、涙が出る日もあります。 ただ、本気で泣けないのです。 間違いなく、私にとって大事な存在だった人です。 涙は出ても本気で泣けず、自分でも驚きます。 いつか、本気で泣ける日が来るのでしょうか。 また時が薬となり癒してくれる日はやってくるのでしょうか。 時が経つにつれ、父との記憶が薄れるのではないのかと怖い気持ちもあります。 いつも身体のどこかが痛い中、家族の為に働いてくれていた父はやっと痛みから解放されたのでしょうか。 感情がまとまらず文章がぐちゃぐちゃで申し訳ありません。 何かお答えいただけると有り難いです。

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