hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

自分に満足できる生き方がしたい

回答数回答 1
有り難し有り難し 7

30代の女です。
夫、娘と暮らしています。

家族がいて、信頼できる友達もいる、環境の良い職場で働くことが出来、大切な趣味もあり、正直自分はかなり恵まれていると感じます。

しかし、どうしても自分に自身が持てず、承認欲求が強く、嫉妬してしまいます。

ここ半年ほど悩んでいたのは、ママ友関係です。
その悩みをキッカケに、もう本当にこういう自分から離脱したい、変わりたい、と思うようになりました。

そのママ友たちとは、子供同士が仲良くプライベートで会うことも多かったのですが、私以外の二人が、趣味嗜好、生活スタイルが似ていて、しょっちゅう二人で旅行や飲み会をしていて。
結果的に子供同士もより一層仲良くなって、元々三人組だった娘が、少し仲間はずれにようになりました。

もちろん、子供同士はそれでもなんとなく仲良くしていて、でもやっぱり時々仲間に入れてもらえないことで娘は落ち込んでいました。

そのことがきっかけで、親にもなって子供のことよりも自分たちの気持ちや娯楽を優先するそのママ友に、憎悪のような感覚が芽生え、そこから自分をどんどん嫌いになりました。

正直、そのママたちは、自分の子供が娘を仲間はずれにしていることも知りません。
悩んでいるのが馬鹿らしくなるほど、子連れで遊び放題です。

そんな人のことを気にするだけ無駄だし、娘も今は別のお友達ができて何も問題はないのに、未だに許せない自分が苦しいです。

そんな時に、「自分に満足できないから相手の幸せに耐えられない」という言葉を知り、私が今すべきなのは、ママ友のことをどうにか考えるより、自分が幸せだと実感するべきでは、と思うようになりました。

しかし、それが非常に難しく、やはり未だにモヤモヤしては苦しいです。

客観的に見ると、私はすごく幸せな人間です。
その事実をどう自分の中に落とし込めばいいのか、どういう心構えが必要か、是非アドバイスいただけるとありがたいです。

長文になりましたが、よろしくおねがいします。

2022年2月23日 1:43

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

実際の今の事実に出会うことこそが満足につながります

自分があらかじめこうだろう…、こうだったらいいなぁ、こうあればいいのに、きっとこうに違いないという先立つ思いはいつも100%妄想。1000%妄想だと知る。【「事実」と「思想・想念・妄想」とは完全に別】だ悟りましょう。
大体が想像で勝手に先走っていたずらに心を疲弊させてしまう空振り。何のために出てくるのか意味不明なまでに。
自分が今先に考えている「こうだろう」「こうしなきゃ…」というものは実際とは全く違うはずです。
【さっきまでの私の思いと今の実際の事実とではまるで異なる姿をしている】
子供が仲間外れにされたことも子供の話以上に親目線で余計なことを考えてしまう。もちろん、仲間外れは可哀そう。でも女子同士でグループ内でお互いに定期的にモグラたたきゲームのように叩かれる人も入れ替わります。マウントをとってくるような女子たちは関わらん方がいいのでマウントをとってくるその人間心理の方を説明して上手に安全地帯を獲得する具体的な方法を教えてあげる方が役立ちます。
そうして人間はいつも現実ではないことをあれこれ思い、それ以上のことを想像で膨らませる。モチも風船も膨らんで大きく見えるようでも膨らんでいる中身は空気です。実際はオモテに見えるような形をしていない。あると思ってもつかむものはない。膨らんで大きく見えても中身は存在しない。大きく見えても実際を見ないのが人の姿です。全面的にしゃしゃり出てくるものは真実姿をしているようでも表面だけ。メディアでも日々声の大きな人たちの声が真実であるかのように思いこまされてしまっているのが我々です。
【実際の現実以外は私の勝手な思いの膨らみだとを知る】
こんなことが起こるんじゃなかろうか、こうに違いない…。
そんなことを考えなくても実際の現場はその時になったら思っていたこととまるで違うことが起こる。あなたが満足すべきは「自分に満足」ではなく今の、目の前のことに親しむ姿勢が大事。
真実は目で見た、聞いた、知った事の「情報」の側ではありません。
【たった今、そこで見えている事!聞こえている今の音!体感しているたった今の感覚のある事だけ!です。さらにはそこで自分の主観でああだろうこうだろうという「声の大きな」思いの騒ぎを鎮めた上で実感だけが実物なのです。】
そんな事はないと思うかもしれませんが、それは膨らんだモチや風船のようなものだと、今そこで確認する。

2022年2月23日 8:46
{{count}}
有り難し
おきもち


丹下 覚元(たんげ かくげん)
今月の法話  自己を明らかにするために絶対に必要なこと 「非思量」 ...
このお坊さんを応援する

「自分に自信がない」問答一覧

不安感が強く自分に自信がない

こんにちは。普段から問答を拝見していて、今回はじめて質問させていただきます。 社会人としてそこそこ年数を重ね始めた会社員です。 自分に全く自信が持てず困っています。 仕事内容自体は少し専門性があるものの、困難を感じているというほどではなく、また転職を見据えて資格取得の勉強なども並行して行なっています。 具体的な問題や挫折があるわけでないにもかかわらず、自信がなく、日々不安を感じながら生活をしています。 自分をうまく褒めることができず、 「自分はこの世で最も劣っているのではないか」 「転職したいとは言ってみても、こんな人間を採用するところなんて存在しないのではないか」 「もしかしたら過去の仕事の中に間違いがあって責任を追求されるんじゃないか」(※今のところ特にそんなことはありません) などと、今実際文字に起こすと極端に思えますが、少しの不安が何十倍にも膨れ上がってしまい、休みの日丸1日ずっと不安に押し潰れそうになり日常生活に支障を出しながら過ごすこともあります。 日常の中で不安をうまく受け入れ、自分に少しでも自信を持てるようにするためにはどのような心持ちで臨めば良いでしょうか。 できれば、少なくとも休暇の間は元気に過ごせるようになりたいです。 よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 6
回答数回答 1

内定をいただいた会社と弱い自分

約3年前に精神面から体調を崩し、短期離職して以来現在まで無職です。 体調をみながら社会復帰を目指し、リハビリも兼ねて数か月前に職業訓練校に通い始め無事卒業する事ができました。 現在就職活動中で内定をいただく事ができましたが、その企業に就職するかどうかでここ数日悩んでおります。 一次面接、二次面接ともに小馬鹿にしたような対応や現在の状況や過去の経歴を否定されました。 落とすなら落としてくれと思い耐えておりましたが、何故か内定をいただきました。 『無職の自分は過去や現状を否定されて当然。そのくらい耐えられない弱い自分が悪い。無職が言い訳して逃げようとしているだけ。』 という自分の内なる声と、 『入社後の直属の上司と社長がそんな人とわかっているならそもそもついて行けない。人間関係に悩んでまた同じことを繰り返すだけ。もっと自分を大事に考えていいはず。』 という自分の内なる声に悩んでおります。 上を目指し、技術を徹底的に追求し、過酷な労働に何年も耐えてこそ一人前という考えが強い業界で、今の時点でフワフワして精神的に弱い自分が入社しても耐えられる自信もありません。 でもそれすらも逃げている自分に言い訳しているようで弱い自分が情けなくなります。 真逆の考えがずっと頭の中を駆け回っており、どちらの選択をしても自分を責める結果となるだろうと思っております。 このような場合、どうやって自分の考えに決着をつける事が良いのでしょうか? ぜひご教授いただければ幸いです

有り難し有り難し 4
回答数回答 1

自分に自信が持てません

こんばんはお世話になっております。 早速ご相談なのですが、私はこの春から大学生になります。 この大学進学の目的は様々あるのですが、最も大きな目的として「自分の世界を広げること」というのを自分で決めて進学しました。 というのも、私は今まで自分に自信が無くて、休日友達と遊びに行くこともあまり無いし、学校のクラス会や、大人数で遊ぶような場もすごく苦手でほとんど行ったことが無かったんです。 周りには可愛くてオシャレでキラキラしてる子がたくさんいて、その中にこんな私が入ったら絶対浮くし嫌われる、と思ってしまいます。 そのため、周りの人との上手い付き合い方とか、私と同世代の子たちの遊び方などが全く分からないし、ずっと狭い空間にいる気がして、つまらない人間になってしまったと思っています。 そこで今年からは、多くの人とコミュニケーションをとったりたくさん遊んだりして、色んな世界を見てみたいと思っているのですが、やっぱり最初の1歩が踏み出せません。 せっかく自分で世界を広げたいと思って大学に来たのに、このままだと今までと変わらない日々が続いてしまいそうです。 自信の付け方、自分を認める力、自己肯定感の上げ方などがありましたら教えて頂きたいです。 拙い文章ですみません。よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 5
回答数回答 1

先に進む勇気と自信がないです

現役歯学部生です。私は医学部受験で多浪をし、その末に歯学部に入学しました。私自身歯学部に入学するにあたり歯科医師を目指すと覚悟を決め、この一年間できる限りの努力をしたつもりでしたが、私の努力が足らず一年目にして留年が決定してしまいました。学費を払ってくれている親や応援してくれていた人たちには本当に申し訳ないと思っていますし、この一年の自分の行動を思い返しては「どうしてもっと結果を出せなかったのか」、「あの時もっと勉強できなかったのか」と自分を責めては深く反省しています。 留年が決まってから、改めて幼い頃からメンタルも弱く、勉強に関して何にも才能を発揮できない自分に腹が立って何日間も涙が止まらなくなりました。「こんな自分が生きていて良いのか、生きていても親の迷惑になるだけなのでは」と何度も考えました。「死んでしまって全て終わらせてしまいたい」とも。 しばらくして「いつまでもネガティブな思考ではいけない」と自分なりに冷静に考え直しました。その末、正しい判断かどうはは分かりませんが、自分自身でその結果をしっかりと受け止め「もう一度チャレンジして歯科医師免許を取ること」が私が今できる1番の責任の取り方なのではないかという考えに辿り着きました。なかなかに自己中心的な考えであるとは理解しているつもりです。 両親にこの考えを伝えた結果、本当に有難いことにわがままな私の選択を両親は受け入れてくれ、留年が決定しましたがいざ留年するとなったら自信がなくて「仮にまた一年努力して同じ結果だったらどうしよう」と考えてしまう自分が嫌いです。 自分で決めた道なのに。親が応援してくれるという非常に有難くて贅沢な環境なのに。その環境に置いてもらえている事に本当に感謝しているつもりなのに。自信を持って「新しく一年頑張ろう」と思いきれない自分が嫌です。こういった場合はどのような気持ちで過ごしたら良いのでしょうか。 読みにくく、変な質問で申し訳ありません。 1人で考えていても埒が開かず、自己嫌悪に駆られるだけの毎日でしたので、何かお言葉をいただきたく投稿させていただきました。

有り難し有り難し 23
回答数回答 2

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る

仏教駆け込み寺 自殺防止・DV・虐待・鬱 相談窓口のご案内
hasunoha YouTubeリスト 回答層YouTuberのまとめ

関連コンテンツ

娑婆のニュース
仏教を知る ブッダの言葉
そらノート

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

縁切り供養寺大法寺