生きる意味についてずっと悩んでいます
今年の春から大学に進学する事になった18歳の女子です。
受験がきっかけかは分かりませんが、高校三年生の夏頃から、自分の生きる意味とは何かとずっと考え、モヤモヤした気持ちを抱えています。
人間として生まれてきて、自分はこの人生において何をすべきか。
また、その人生にはどんな意味があるのか。
日に一度はこうした事を考える様になり、youtubeで生きる事について解説している動画を見る事が増えました。
また、友人に相談する事もありました。
生きる目的などはっきりと答えられる人の方が少ないのだし、明確な答えがある訳でもないのだから、毎日を楽しく生きられればそれで良い、と友人には諭されましたが、私にはどうしてもそうとは飲み込めません。
自分の望む様に生きられるこの時代に生まれたからには、何か一つでも意義ある事を成し遂げなければと考えてしまいます。
自分の事を才能ある非凡な人間とうぬぼれる訳ではありませんが、何も残さずに死んでいく事はひどく虚しいと思います。
平凡な生活がどれほど尊いものであるか、と叱責を受ける事は重々承知です。
それどころか、私は随分恵まれた人間であると自分でも思います。
この歳になって、両親が私を育ててくれた有り難みをつくづく感じます。
両親は私に愛情を注いでくれましたし、金銭面でも不自由はしませんでした。
高校の同級生には、進学する上で奨学金やアルバイトをしなければならない子も大勢いました。
ですが、私は大学の学費や実家での生活費も両親が出してくれるので、金銭的には大変余裕があると思います。
両親も、学生の本分は勉学であるのだから、お前は真面目に勉強しさえすれば良いと言ってくれます。
私は、このわだかまりは受験による不安の影響だろうと思い、受験が済めば以前の様に明るく日々を送れると信じて勉強を続けました。
その結果、無事に第一志望の大学に合格する事ができたのですが、今となってもわだかまりが消えません。
私の現状は周囲から見れば恵まれており、順調であるに違いないのに、悩みのせいで大学生活を含めたこれからの人生が不安です。
何も分からず、為せないまま年老いていく事が、何よりも恐ろしくてなりません。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
理屈を手放す勇気
自分とは何か、自分を知る事が仏道修行です。今あなたが答えを探していることは、仏教徒としての修行そのものです。
人はどうしてもジブンを満足させたくて、納得のいく答えを探したくなるものです。理屈で理解しようとしてしまう。長年そういう教育を受けているのでどうしてもそういった理解しないとスッキリしないという思考になっているのです。
生きることに意味はないです。この世にコロンと出てきた、死ぬるまで命を全うする、というだけです。しかしこれで満足できないのですよね。死ぬ前に仏になり自分自身の真相を見極めたいですよね。つまりお釈迦様と同じ悩みです。そして祖師がたはお釈迦さまが気づかれた悟りを伝えてくださってます。つまり、仏教は思想や考え方でどうにかするものではないのです。理屈ではないのです。実践です。
私たちの人生は思った通りにはならないものです。カレーライスを想像しながらお茶漬けを食べてもカレーライスの味はしません。なぜ舌の上に物がなると味がするのかわからないけれど、そんな理屈を知らなくても舌の存在を意識しなくても全身でお茶漬けの味になっちゃう生活してるでしょ。
目を開けたらこの目の存在を意識せず周りの様子がありのままにダイレクトに存在する。寸分違わずそれになりきっちゃうでしょ。桜の花を見れば見ているなんてこと考えなくてもドーンと全身でそうなるでしょう、
理屈なんていらない生活をしているのです。そして、縁に触れてこちらのご都合とは全く関係のない法という働きの中で授かりっぱなしの生活を常にしているのです。あなたのそのお借りした身体をフルに生かし自分だけでなく人のために出来ることたくさんしたら良いと思います。人の喜びは自分の喜びになります。生きる意味を考えなくても、楽しく生きていける手放しの生き方ができます。そういうようにこの身はできています。
質問者からのお礼
邦元様
私の乱文に丁寧な回答を下さり、誠にありがとうございます。
お陰様で、重苦しかった気持ちが軽くなった様に感じられます。
生きる事というのは、単純な理屈で片付けられる様なものでは無いのですよね。
人生経験も浅く、視野も狭い私は、どうしても生きる事について頭で考えて答えを探そうとしていた節がありました。
けれども、口にした事の無い食べ物の味を知るには、結局のところ食べてみるしか方法は無いのでしょう。
同様に人生というものも、生きてみなければその何たるかを知る事はできないと感じています。
今はただ、大学での勉強やサークル活動に打ち込んで、それを通して少しでも日々を楽しく生きられる様にしたいと思います。
人の為にできる事をする、というお言葉にもはっとさせられました。
これまで、私は生きていく事を自分一人のものとして考えていました。
ですが、他の誰かの為になる事をしてその人が喜んでくれるのならば、私自身にとっても十分に満ち足りた事であると思われます。