社会で生きるということ
毎日のように仕事で怒られています。
上司からは「気が利かない」「理解できない」「不快だ」と言われます。
私はコミュニケーションが苦手で、自分から積極的に話しかけたり、空気を読んで場を取りなしたり、上手く会話を続けたりすることができません。
さらに、言葉の行間を読んで行動できないので、上司の「それくらい察しろ」という叱責がとても理不尽に感じてしまいます。
普通の人なら、考えなくてもそれくらいわかる、と上司には言われます。
私はやっぱりおかしいのでしょうか。
自分が人に好かれる人間でないことは自覚していますし、変わらないといけないとも強く感じています。
このままでは社会に居場所がなくなってしまうことも分かっています。
でも、どれだけ気をつけても、どうしても後から「なんでできないんだ」と怒られてしまいます。
世間一般に言うところの無神経、というやつなんだと思いますが、「不快だ」とまで言われるとあまりに居た堪れず、もういっそ消えてなくなってしまいたいといつも思います。
もう社会人3年目なのに、あまりにも初歩的なことを指摘され、周りの人間も呆れられています。
転職してもこんなんじゃどこに行ったってやっていけないだろうな、と思うと将来が真っ黒い地獄の底のように見えます。
甘えた質問で申し訳ありません。
でも、もう、自分が嫌で嫌で仕方がありません。
変わらなきゃ、と思えば思うほど不甲斐ない自分が憎くて、憎くて、はやく死んでしまえばいいのに、と思います。
どうしたら社会に適合できますか。
出世とかしなくてもいいから、みんなと同じように、楽しくお話しをして、穏やかに過ごしたいです。
こんな質問ですみません。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
自分にOKを出す
hanacoro 様 相談ありがとうございます。
「私はやっぱりおかしいのでしょうか」まったくおかしくありません。
実は人の脳は、怒られたり、叱られたりされ続けると、委縮し、機能しなくなります。そして同じことしか意識がいかなくなり、同じ失敗を繰り返します。
コミュニケーションも本来は挨拶とかできるのに、できなくなるのです。
本人も回りの人からも、なんで同じ失敗するのだろうと思うのですが、
原因は、毎日怒られていることにあります。
この酷くなるのが、パワハラで、心身共に病んでしまいますから気をつけましょう。
つまり、あなたは悪くないし、不甲斐ないこともなく、自分を憎くく思う必要もありません。ちゃんと成長してきたのだから心配ないのです。社会適合できます。
ちょっとした工夫をしましょう。
「小さなことからコツコツと」です。些細なこでいいのです。出来たことに自分にOKを出しましょう。例えば朝起きたら、「ちゃんと起きれた、自分はえらい」「私はOK」と思う癖をつけることです。ご飯を普通に食べれたら「ちゃんとできた、私はOK」です。こうして小さな当たり前の成功体験を積んでいくことが自分の力になっていきます。遠慮はいりません、どんどん自分自身に笑顔でOKを出していきましょう。あなたの人生はあなたが主人公。笑顔で積み重ねていきましょう。
人は、褒められたり、優しくされたり、思いやりを向けられた時、前向きに生きようと思うし、自信が持てるようになるし、挫折や葛藤にも強くなっていきます。
脳が活性化するからです。
自分にOKを出すのが、難しい時には、親友など信頼できる人の力を借りましょう。
優しくハグしてもらってください。人のあたたかさが助けになるでしょう。
それでも大変な時は、どうぞ遠慮なくご相談ください。一礼
追申:お礼メッセージありがとうございました。難しい時、辛い時、苦しい時などなど、遠慮なくご相談くださいね。心が安らぐとか、あたたかくなるなど、何かのメッセージは伝えるようにしていますので。この度のご縁に感謝申し上げます。再礼
周りに気を配るということ
質問拝見しました。
気を配るということはアンテナをはること
車の運転なら【かもしれない運転】に近いでしょうか?
要は予測の繰り返しです。
毎日怒られないように
怒鳴られないように
そこだけに意識を向けていませんか?
頼まれた仕事をこなすだけではなくその仕事によって何が変化するのか
どのように変わるのかを考えなくてはいけません。
一つの物事を掘り下げて考える必要があります。
そして、それは一朝一夕で培うものではなく、日々それを意識して生活することで初めて習得できます。
まずは視野を広く、風景を見るような
そんな視点を持つことをオススメします。
私も20代は同じでした
hanacoroさん、お仕事大変ですね。ご自愛下さいね。
さて、コミュニケーションが苦手で社会に適合しないのではと言いますが、私もそうでした。僧侶である限りコミュニケーション能力は欠かせないと言われ、人見知りで内気な私は特に対人の時緊張で頭が混乱してました。対人恐怖症と思うほど人前が苦手でした。そんな私がその短所を克服しようとして、修行中、年に一回行われる法話大会にエントリーして、2年目にして第3位になりました。研修でグループ会議があった時は議長に立候補して皆の話を纏める役をしましたが、上手く仕切れなくて、皆から文句を言われて泣きたくなった時もありました。でも、何回か役をこなしている内に意外に慣れてきまして、5年はかかりましたけどグループのリーダー的なことも要領をつかめるようになりました。コツは色々ありますが、出来ない事は出来る人にお願いすることが場を上手くまとめる近道カナと思います。何でも自分でしようとしないことが大切です。苦しいことを避ける努力をすることが大切ですね。たぶん。短所を克服するには短所に飛び込むのも一つの方法です。
他の僧侶もあなたに色々アドバイスしておりますので自分にあった方法を試してみて下さい。
因みに社会適合者とは何でしょうか?あなたの短所を怒って、責めて、追い詰めるあなたの上司は決して社会適合者ではありません。私も色々考えて、そんな人を探し回ったことがありますが優しい人だなと思ったら、時間にルーズだったり、時間を守る人だと思ったら、几帳面でちょっと汚れているだけで掃除を始めたり、綺麗好きだと思ったら、身なりが乱れている人を責めたりとそんな人いませんでした。社会適合者は特別天然記念物かもしれませんね。ん?それはもはや社会適合者なのかな?
質問者からのお礼
ご回答いただきありがとうございました。
とても優しい言葉をかけていただき、一人泣いてしまいました。
あまり他人に相談ができない私ですが、私のことを考えてメッセージをくださったという事実がとても嬉しくて、少しだけ自分を認めてあげられたような気がします。
いただいたアドバイス、一つずつ取り組んでみます。
相談して本当によかったです。
お忙しい中、本当にありがとうございました。