自分で生き辛くしてしまってます
(若干前回と被る内容があります)
結婚前から付き合いがあり今も年に数回会う共通の友達が、実は夫が昔好きな人だったと知りました(告白することなく終わり、今は親友と感じているそうで恋愛感情はないそうです)以来、事の次第を知らない友達に嫉妬を抱いてしまっています。
原因は十中八九、自分に自信がないからだと思います。
呼吸するように卑下して、相手の評価も嬉しい筈なのに「そんなことない」と引いてしまいます。
自分を信じてないから他者も信じきれず、夫に対しても同様で相手の言動や行動を酷く気にしてしまいます。
知人から相談を受けてアドバイスしても、言える立場にないのに自分を棚に上げているのが情けなく、自分の言葉が薄っぺらく感じます。
加えて「人を悲しませたり傷つけることしかできない自分に生きる価値はない」と消えたくなるときがあり、ムシャクシャすると自傷に走ってしまいます(全力で拳骨してしまう。夫はこのことを知りません)謙虚通り越して卑屈です。死ぬつもりはないです(結果どうなるか分かっているので。怖くて出来ませんし)でも自分を正当化していて、全てに自信がなくて全てを諦めてるんです。自分で生き辛くさせてしまってます。
昨年末は特に酷く、思い通りにならないとイライラして夫へ八つ当たりしてしまいました。何とか打破しようと年明けから座禅と禅語をやり始め、やや気持ちは落ち着いてきていたのですが、冒頭の友達のことで落ち着かなくなってしまってます。
これまでのように友達とは付き合いたいと考えてます。夫は私を大事と言ってくれてますし、夫の交友を私の都合で切りたくはないし、友達には変わりないので。
どうしたら生きやすくなりますか、自分に優しくなれますか。自信とは一体何でしょうか。友達と今後良好な関係を保つため私に必要なことは何でしょうか。人を信じ自分を信じるため必要な心がけは何でしょうか。不定期で精神科に話を聞いて頂いてその場では気持ちが晴れることがあっても同じことを繰り返してしまうんです。前回の質問で頂いたご住職のアドバイスで「あなたは何一つ悪くない」と仰ってくださいました。有り難かったし理解はしているのですが感情が追いつかず、自分にどう優しくすれば良いか考えあぐねています。
またも支離滅裂な文面なうえややこしい事案で大変申し訳ありませんが、ご教示をよろしくお願いします
自分が嫌い。生きてる価値がない。評価を素直に受け取れない。承認欲求。卑下し全てを諦めている。母が憎い。私の全てを否定する。悲しみも苦しみも理解しようとしない。こんな人間になったのも全て母のせいだ。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
満たされない思い。
前回のご相談、プロフィールなども拝読いたしました。
ご相談者さまご自身が理解されているとおり、自分自身に自信のないこと、承認欲求が満たされないことが本質的な問題だと感じました。
お友達さまの件は、嫉妬してしまうのは自然な感情です。それぐらい夫さまを大切だと思っている証で、必要以上に振り回されないことです。時々、連絡を取りあったり会う時に芽生える嫉妬心は、ご自身で認め許してあげて、それ以外の時は一切、その気持ちに振り回されないと、心のスイッチを切り替えてみてください。
年に数回しか会う以外の、圧倒的に多いほとんどの時間には、そのお友達さまについてのことは関係がありません。
今回は、このお友達さまがきっかけですが、これからも、何らかで心が掻き乱されることが起こると思います。それはもちろん、ご相談者さま自身が理解されているとおり、「原因は、自分に自信がないから」であり、それはご相談者さまの承認欲求の満たされなさ(不足)にあるからです。
お母さまにもっと認めて欲しかった。他の誰でもなくお母さまに。満たされない気持ちが裏返って、憎らしくなってしまうほどの、ご相談者さまのお気持ちが伝わってくるようです。
親子関係は、親子とはいえど、いや、親子だからこそ、うまくいかない場合があります。「子どもの心を親知らず、親の心子知らず」と前回文にご相談者さまが書かれているとおり、親子でも相手の心情を全て分かるはずはありません。そして良かれと思ってかけた叱咤激励や励ましなどの言葉、それがご相談者さまとお母さまの場合は、ことごとくすれ違ってしまっています。文章を拝読する限り、お母さまに悪気は感じられません。残念ながら、少しずつ、時には大きく、思いが行き違ってしまったのだと思います。
親子の思いが行き違ったまま長年経過したある時、ふと、「私はこんなに愛されていた」「心配されていた」と気づく。というエピソードを度々耳にすることがあります。いつかその時がご相談者さまに訪れるのではないでしょうか。
その時が来るまでに心がけることは、自分がして欲しいことを、まずは小さなことでも自分から誰かにしてみることかと思います。周りの人に、「すごいね」「頑張ったね」「偉かったね」という意味の承認の言葉をお伝えすることで、少しずつ心が落ち着かれていくのではないかと思います。(1000文字制限。。)
あなた自身を許しましょう
拝読させて頂きました。
あなたがご自分の中でとても苦しんでおられるように感じます。詳細なあなたのお気持ちはわからないですが、あなたのお気持ちを心よりお察しします。
あなたがおっしゃる通りあなた自身に自信がないからかもしれません。自分が人から大切にされていないのか、自分は価値のない人間なのではないかと思ってしまっている様に感じますし、あなたは自ら自分のことを卑下しておとしめてしまっているのかもしれません。
どうかあなた自身を許してあげてみて下さい、あなた自身を大切な存在であると認めましょう、そしてあなたは多くの方々に好かれ愛されていることをもっと自覚なさってみましょう。
あなたは本当にかけがえのない大切な存在です、あなたのことを心から愛し慈しんでいる方々は目の前にいらっしゃるのですし、ご先祖様を初めあなたのことをいつも優しく見守っていて下さる方々がいらっしゃのですからね。あなたははそんな自覚はないかもしれませんけれどもあなたは旦那さんやご家族の皆さんに愛されているでしょうからね。
そしてあなたも旦那さんやご家族の皆さんを心から愛しているのでしょうからね。
ゆっくりとあなたの心を見つめてみましょう。そしてあなたの心を許していきましょう。
あなたがこれからも本当にかけがえのない大切な方々と一緒にお互いを心から尊重し合い愛し思いやり、皆さんと一緒に心から幸せに生き抜いていかれます様にと切に祈っています。
質問者からのお礼
kousyo Kyuuyo Azuma様
お言葉ありがとうございます。卑下することが身に染み付いてしまったせいで自分のどこを許せば良いか、答えを出しかねてます。愛されていることを自覚するのも、自己肯定が低い身としては難題です。でも同時にとても大事なことであることも理解してます。少しずつ 少しずつ、まずは自分を大事にすることからなんでしょう。これまた難しいですが、まずはやってみてからですね。ありがとうございました
中村建岳様
お言葉ありがとうございました。お言葉にハッとすることが多かったです。母に対する気持ちも(考えるだけで心が波立つので)友人に対しても完全に振り回されてましたし、嫉妬は自然な感情だと、それだけ夫を大事に思っているからだと言っていただきホッとしましたし、嬉しかったです。実は昨日所用で友人に電話をしましたが、中村様のおかげか、暗い感情になることはありませんでした。良かったです。
母に対する中村様の見解はその通りだと思います。悪気がないからこそ理解しないから会話が通じず質が悪いから本当に嫌で、エピソードのような気づきに行き着く想像が出来ずにいます。ただ「してほしかったこと、言ってほしかったことを相手にしてみる」というのは、求めるばかりでなく与えること、という意味でしょうか。難しいですが、怖がらず実践してみようと思います。
ありがとうございました