自分自身を赦すというのにピンと来ない。
タイトルの通り、私は自分自身を赦すというのにピンと来ません。
私は人に傷つけられたより、人を傷つけた方の回数が多く、もうそういうことは起こさないように気をつけて喋り方も激的にではないですが前よりはマシになりました。
もう過去の自分と同じにはならないよう日々成長に繋がることを調べてみたりしますがその度に「自分自身を赦す」というのがよく分かりません。
赦す行為を否定する訳ではないのですが、それなら後悔で苦しんで過ごした方がお似合いなんじゃないか、赦したとして何が変わるの?などの疑問が浮かんできます。
自分で「自分を赦すには」など調べてみましたが、正直「そんな簡単でいいの?」と思ってしまい、赦すのに何年か、かかったとしても「それだけの期間かよ」など、色々思ってしまいます。
そもそも私がこの質問をしていいのかや、私が私を赦そうとしているのは本当は悪いことなのかもしれないなど、感情がぐちゃぐちゃでまとまりません。自分で何が言いたいのかもわからず、あまり言葉も浮かんできません。
よく分からない文ですみません。
何かアドバイスをいただけると幸いです。
お坊さんからの回答 1件
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そん
拝
勇ましい方ですね
中々10代で赦しの重要性を理解するのは難しいかもしれません
まだ自分が何で怒っているのかよくわかってないからです
親や他の大人の誰かに求められたように出来なかった
なれなかったかわかりませんが
いずれわかります
なんで赦すのかと言われれば
今現在貴女が苦しんでいる原因がそこにあるからです
貴女が手を伸ばした先に赦しという言葉があったのだから
それは貴女自信が求めた理解すべき課題なのです
赦すを仏教的には諦めというかな
ありのままを感情的にならずそのまま受け入れる事
自分の事も他人の事もあらゆる災害などや事象もありのままね
それはそうと
もし自分を許さなければ必ず人を傷つける
そして自分を嫌いになる
さてこの悪循環から抜け出す方法があるのかな
その答えが後悔ってのは歪んでるかもね
後悔は人を暗くするだけで
周りも暗くするから
お似合いも何もない
社会的に不要なもの
本当に貴女に必要なのは自尊心を得る事
その為には
勝手に自分のイメージを悪く固定しない事だ
貴女には無限の可能性がある
合掌