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母子関係、仏教での捉え方は?

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有り難し有り難し 7

私は40代ですが、小さい頃、こわいことがあっても母にくっついているだけで安心したことを、いまだに覚えています。
「母は万能、母が守ってくれるから安心」という感覚を経て、人はこの世に対して安心感を抱き、成長していくのだと思います。

ところが今の母を見ていると、あれほど万能に見えた存在がまったく万能ではなかったのだということがよくわかります。自分の安心感が、こんな未熟な存在一つに左右されていたのかと思うと、複雑な気分になります。

そして、私自身が幼児の母です。子どもがわたしにすがってくると、もちろん抱きしめて安心させてあげます。でも内心は、自分自身がちっとも安心していなかったり、マイナスのことを山ほど考えていたりするも多々あるんです。
要するに子どもは、私の演技を見て安心し、この世はいいところだと思い、満足しているわけで・・・。

こんなに未熟な私なのに、こんな私を見て安心感を培っているなんて。
馬鹿馬鹿しいとまではいいませんが、虚しいです。茶番劇に感じます。世の中のことがわからなくなってしまいました。
こうしたことについて、仏教の教えではどのように捉えているのでしょうか。
ご教示いただけると助かります。

2014年6月24日 9:48

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

何も考えず ギュッと抱き締めてあげるだけで良いのです。

茶番でわ有りませんよ。 小さい子どもをギュッと抱き締める事に嘘は無いですよね。
私にも、2歳の息子がいます、さみしい時も、不安な時も、怒られた時も、眠たい時も、抱き締めて欲しい、ただそれだけで、素晴らしい事だと思います。

私も、こんなどうしようも無い人間が、親で良いのか、悩む事も多々有ります。未熟です、今になって両親の気持ちが少し分かる様な気がします。

お子さんは、あなたがいれば、ギュッと抱き締めてもらうだけ、ただそれだけで十分なのではないしょうか。

きっと、素晴らしい大人になるはずです。

未熟な親同士、精一杯もがきましょうよ。

2014年6月24日 22:43
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有り難し
おきもち

長谷雄蓮華 (ラジ和尚)
ラジオ パーソナリティ 『 命の 相談会 』開催 愛知県愛西市...

最強の母親になるべきです

素晴らしい気づきですね。
母親が母親としていつか壊れてしまうものを頼りにしているままの母親では、次の世代の子供も同じ思いを感じることと思います。
ではどうするべきか。
簡単な結論から申し上げます。
私の父と師匠は、絶対的に自分を救う教え、生き方を手に入れていました。
だから私は絶対的な安心感があります。私もその同じ教えを学んで、自分を救うこともできて、その体験談を語る事で一定の方々から「有り難し」という支持を頂いています。
この世には仏教という優れた教えがあります。
宗教的に信仰する気持ちがあっても無くても構いません。
「壊れないもの(仏法=真理)をよりどころとする」ということは、言い換えれば、心が減ったり、損ねたり、不安になったり、しない生き方を手に入れるということでもあります。
あなたが衰えていく母をみて不安を覚え、やがて衰えていく我が身と我が子を案じているということは、不安定な状態です。それは授乳や接し方を通じて子供に不安感を与えてしまう危険性につながりますので、茶番だとか、虚しいだとか言わんことです。
仏教は病気になっても年を重ねて衰えても、死んでも「大丈夫」になる優れた教えです。
あなたた自身が病気になったり年老いたり、死を迎えることになっても安心してそれを迎え入れるようになる為にも、他人様はどうあれ、まずあなたが❝大丈夫❞になることです。
その智恵を知識として知って、体得として学び得ることで、あなたはあなた自身とお子さんを救う偉大な力を手にすることができます。どうぞ、学んでみてください。
子育てで時間が無ければfacebook内のグループ「TOKYO禅」にご参加いただき、納得がいくまで、ご質問をお寄せ下さい。

2014年6月27日 15:04
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有り難し
おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 📞08020659278 法話禅会 毎週日曜3時より...

質問者からのお礼

2歳のお子様のお父様・・・なんだかお寺にぐっと親近感がわきます。アドバイスありがとうございました。

「他人様はどうあれ、自分が大丈夫になる」・・・私は他人との関係性で自分を判断してしまいがちなのですが、まずは自分に目を向けることが大事なんですね。
アドバイスありがとうございました。

「仏教全般」問答一覧

仏教をもっと学ぶ方法は?

こんにちは。 以前Googleで自分の悩みを検索したところ検索結果にこのサイトが出てきたことがあり、それ以来hasunohaを毎晩のように拝見しています。お気に入りのお坊さんをブックマークしているほどです。 生まれた時から仏教徒で、お盆やお参りなど特に考えずそのマナーに従って生きてきましたが、一方で神や仏、また心霊などの類は一切信じないたちです。 しかしながら倫理哲学の勉強は非常に好きで、現在もっとも興味があります。 きっかけは数年前心身共にとても傷つく出来事があり、以来リラクゼーションやアロマ、音楽など、私生活で自己を労る環境を整えていきました。しかしそれらは頭の中、つまり思想の面では自分を疲労から救ってはくれず、そのとき仏教が自分にとって非常に重要なものではないかと気づきました。(軽率な発言続いており誠に恐れ入ります。。) hasunohaをみているうち、信じるか信じないか、お祈りが届くか届かないか、極楽浄土に行けるか行けないか以前に、自分で自分を生きやすい方向に調整していく、大変学びの多い学問でもあることを理解しました。 長くなりましたが質問したかったことは、仏教を学ぶ上でビギナーの私におすすめできる学習方法を教えていただけませんでしょうか。 下記何でも構いませんので、回答いただけると嬉しいです。 ・おすすめの著書(専門用語が多すぎない、噛み砕いてある、原版の理解にふさわしい) ・近所のお寺に通うことも考えたが、用もないのに門を叩いて説法してもらうことなどはできるのか? ・合宿のような形式で学ぶ方法はあるか。どうすれば受けられるか。ある場合、実家は曹洞宗だが宗派を超えても学習はさせてもらえるか ・↑に似ているが、短期的に修行を受けることはできるか。どのお寺でもできるのか?できるお寺はどうやって探すのか ・その他いい方法があれば 可能ならば僧の方に直に毎日少しずつお話を受ける形式が望ましいですが、自分の周りでそう言った人は見かけないし難しいのでしょうか... よろしくお願い致します。

有り難し有り難し 51
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どちらの宗派、教えを信じれば良いのか

初めて質問を投稿いたします。 るると申します。 私は学生時代うつ病を患い、生きていくことのつらさ苦しさと死への恐怖に悩み、救いとなる教えを求めて父方の宗派のお寺である東本願寺へ参りました。 そこで、どのような人間であってもすくい取ってくださる阿弥陀様の教えを聞き、何があっても必ず助けてくださる存在があるということに強い安心安堵感を得ることができ、その後は真宗の教えを聞く機会を定期的に作り心の支えとしてきました。 数年後、大学は無事卒業し就職すると私は非常に忙しい部署に配属され、激務と過労で再びうつ病の兆候が出てきて頭の中があらゆる雑音でいっぱいになっているような感覚に陥りました。 その時心の支えとなる教えをまた求めてお寺に行こうと決心したのですが、何故か今回はいつもとは異なる直感のような感覚で母方の宗派のお寺である永平寺に参りました。 永平寺で禅の一端を体験し、その後禅に関する本を読む中で、あるがままを冷静に見つめ自らの内の欲や煩悩を統御する教えを学び深く感動し、禅の教えをこれから生きていく中で実践したいと思いました。 前置きが大変長くなりましたが、二つの宗派の教えと出会いわたしは今どちらを信じたら良いのか迷っております。 煩悩を否定せず阿弥陀様が必ず救うとする真宗か、煩悩を統御し坐禅を通して自ら悟りを目指す禅宗か、全く異なる教えに触れどちらも捨てられないと悩んでいます。 両方を信じる道もあるのでしょうか。 拙い文章になりましたが、僧侶の皆様から何か教えをいただけたらと思います。 何卒よろしくお願いいたします。

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