嫌な事が忘れられない
悲しかったこと、傷付いたこと、そしてその相手のことを忘れられません。
相手は人達は既に私の事など忘れて、楽しく過ごしていると思います。
そもそも私の事がどうでもいいから傷付けるような事をしたのだと思いますし、過去の傷に執着して被害者ぶっているようで恥ずかしいのですが、
悔しさや悲しさや恨みの気持ちがどうしても頭にこびり付いて離れません。
世界は簡単に人を傷付けて、踏み台にして、切り捨てていける人だけが幸せになるように出来ているんでしょうか。
できる事なら、自分を傷付けてきた相手を見返すほど幸せになりたいです。
でも私が幸せだろうが死んでしまおうが、相手には何の影響も与えないのだ、痛くも痒くもないのだと思うと、1人で過去の記憶と戦っている自分が惨めに思えます。
このまま辛い気持ちに埋もれて生きるのは辛いです。
誰からも選ばれない自分が恥ずかしいです。
お坊さんからの回答 1件
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誰かに話をしたり、わかってもらえたら、少しずつ痛みが和らぐわ
傷つけられて、刺さったままなのね。
どれほど深かったのだろう。
どれだけ痛かっただろう。
忘れるはずがないよね、こんな悔しいことはないものね。
ちゃんと手当をしましょ。
誰かに話をしたり、わかってもらえたら、少しずつ痛みが和らぐのよ。傷あとが残ったとしても、刺さった棘を抜いてあげたい。
このハスノハにもね、いろんな質問が来ますが、罪悪感で苦しんでいる人も。罪はね、いつか振り返る時がきます。向き合わなきゃならない時がきます。あなたの悔しさも、届く時がきます。
だから、これからの時間は、自分のために使いましょう。幸せをちゃんと手にしていきましょう。誰からも選ばれない?そんなことないよ。ちゃんと見てくれる人がいる。わかってくれる人がいるよ。寂しい日もあるだろうけれど、そんなときは、こうして繋がりましょう。ここでは、誰もあなたを傷つけたりしない。あなたの味方だよ。
質問者からのお礼
中田様
書いてくださった内容を何度も何度も読み返しています。
以前つぶやきの方にもコメントを下さっていたのに、お礼を書くのが遅くなってしまい申し訳ありません。
辛いことを誰かに話す時、馬鹿にされそうで恥ずかしくて、本当は泣きたいのに茶化して笑いながら話をしてしまいます。
でもこれからは、ちゃんと聞いてくれる人を選んで感情を真っ直ぐに伝える事を意識したいと思いました。
私の受けた苦しさが、相手にもいつか届くよう…相手の不幸ではなく相手の理解を求めながら、今は傷付いている自分を認めてあげたいです。
優しい言葉に何度も涙が出ました。本当にありがとうございます。