今年も法事が出来ないかもしれません。
パート社員20代
父と二人暮らしをしています。
母は4年前に他界。母が亡くなってから二度法事を行えましたが、それからコロナ禍に突入してしまい、また今年も法事が出来ずに命日を迎えてしまうかもしれません。母方の親戚、何より本人に申し訳ないという思いが、年々募っています。
コロナの影響でお寺では人が集まるような事はされていないと今まで父に聞いてはいたので法事が出来なかったのですが、きちんとお寺に自分で確かめたいという気持ちが湧きました。
しかしどのように、誰にお尋ねしたら良いのか分からず困っています。そもそもお聞きしてよい事なのでしょうか?失礼にならないか心配です。
もし現在もされていないのであれば、例年通り各々の自宅でお線香をたてて、手を合わせようと思っているのですが、これが最善の形なのか分かりません。
拙い文章、見識で大変恐縮ではございますが、何卒ご回答ご指摘よろしくお願いいたします。
コロナ禍の法事について分からないことがあり、登録させていただきました。 パート社員 父と二人暮らしをしています。 【直近の悩み】 母は4年前に他界。母が亡くなってから二度法事を行えましたが、それからコロナ禍に突入してしまい、また今年も法事が出来ずに命日を迎えてしまうかもしれません。母方の親戚、何より本人に申し訳ないという思いが、年々募っています。 同じような状況にある方は他にもいらっしゃるとは思いつつも、今なにか出来ることはないのかという気持ちです。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
法要は心を癒す機会です
トミキさん お悩み拝読致しました。
コロナ感染症もだいぶ落ち着いている昨今ですので、一度菩提寺にお尋ねしてみて下さい。全く失礼なことではありません。私のお寺では、お寺の方針としてコロナ禍であっても法事は依頼された時に必ず行っていました。遠慮されて家族のみの方もいらっしゃいましたし、葬儀場は人数を限定されているところが多かったので、四十九日や一周忌などは出来るだけ集まりたいという方もいらっしゃって、ご希望通りに受けておりました。ただ、お経の後に通常お出しするお茶を省略させて頂いていた時期もあります。そのあたりは、感染状況とお寺の方針と地域性によって異なってくると思います。。
法要は、遺族が故人の思い出を話したり、お互いに共有することで、それぞれの気持ちを癒す場となります。お気持ちがあれば、可能な限り行っていただきたいと思います。菩提寺様からお断りされた時は、ハスノハを通してオンラインでお経を読んで差し上げることも可能ですので、メッセージを寄せて頂けたらと希います。
どんな形であれ、トミキさんのお気持ちをお母様は喜んでくださっていると思います。どうぞ良きご供養となりますよう、お祈りしております。
お問い合わせなさってみましょう
拝読させて頂きました。
お寺でのご法要をできるかどうかお悩みなさっておられるのですね。あなたがその様にお悩みなさることもとてもよくわかります。あなたのお気持ちを心よりお察しします。
私も慈正師がおっしゃる様に一度お寺様にお問い合わせなさってもいいかと思います。私のお寺でも法要も葬儀も通常通り再開しています。ないのは会食ぐらいです。ですからお寺に集まって頂いて皆さん本堂で年忌法要をお勤めしてお墓参りもなされております。
それぞれの地域やお寺様の方針にもよるかとは思いますが、「お寺様でのご法要のお勤めはできますでしょうか?」という風にお問い合わせて頂いて、大丈夫であればご用意するものを参考にお伺いなさってみてもいいと思います。
そしてご親族の皆さんにご連絡を取り参加人数を事前にお寺様にご連絡なさっておけばいいかと思います。
せっかくの機会ですし皆さんにとっても大切なつながりですからね。皆さんがお勤めなさって下さればお母様もきっとお喜びなさって下さるでしょうからね。
やはりお寺様でお勤めできないのであるならばご自宅のお仏壇の前でお勤めなさってもいいかと思います。その場合でもきっとあなたやそれぞれの方の供養の思いは必ずお母様にもご先祖様にも届くでしょうからね。
あなたや皆さんが心ひとつに心を込めてご供養なさり、お母様やご先祖様に思いが届きます様にと心から祈っています。
きっとお母様は優しくお見守りなさっていて下さいますね。
質問者からのお礼
慈正さま、Kousyo Kuuyo Azumaさま、大変温かいお言葉、具体的なお問い合わせの仕方まで、本当に有り難うございます。周りに同じ状況の知り合いも尋ねる機会もなく困っておりましたので、安心いたしました。コロナ禍での法要の事なども大変参考になりました。現在はそのようになっているのですね。
ご回答を参考に一度お尋ねしてみようと思います。
そしてその時々により形は変わってしまったとしても、心を込めて母を供養しようと思います。