位牌と遺影の最適な居場所
12月に母が約5年半に渡る交通事故による車イス生活を耐え抜いて亡くなりました。葬儀を済ませつい最近49日法要を終えたばかりです。
お寺に納骨し、遺影と位牌を姉、兄、私の3人の子どもの誰が見るかという話になり上2人は真っ先に私に⌈うちは無理だから妹(私)が死ぬまで見てもらうしかない。⌋と言い話し合いすらしようとしません。
兄は⌈自分は父の仏壇(真言宗)を見ている。同じ家に違う宗派(浄土真宗)母の遺影や位牌を置いてはいけないから無理だ。⌋
姉は⌈義父が亡くなり義母が仏壇を今は見ているがいずれは自分たちのところに来るから無理だ。⌋という理由です。
何も正確な話し合いや互いの納得がないまま49日法要の日、叔母に尋ねられた兄が⌈とりあえず妹(私)に持って帰らせるしかない。気が向いたら線香を供えてくれればいい。⌋と私に何の了承も納得もなく言いました。私は母が介護状態の5年半、欠かさず週1度面会に行き、体調を崩せば病院へ連れて行きました。聞きたいことや手伝って欲しいことがあり姉兄に電話しても無視し、かけ直してもきませんでした。必要な物の購入もすべて私一人で行い施設に運びました。法要のあと我が子に邪険にされる母がかわいそうでその日は私が家に連れて帰ってきました。急いで仏花と蝋燭、お線香を供えました。
翌日、何の納得も了承もなく言った者勝ちのような兄の態度に腹が立ちそういうことは3人が集まって決めることだ。もし私の家で供養するにしても仏具、蝋燭、線香もない。これから先ずっと仏花、蝋燭、線香の購入と低収入の私には生活が厳しいから3人で話をして仏具を購入し供養にかかるお金は3等分で負担しよう持ちかけたところ、兄が怒って私に⌈それなら自分が死ぬまで見るから渡せ。納骨を済ませたお寺の施主も私に変われ。それをしないなら自分がお寺から母のお骨を引き上げてくる。⌋と言い出しました。母を納骨したお寺は祖母と叔母が先に納骨されており、そこに一緒にいたいという母自身の強い希望でした。
位牌と遺影は兄が引き取りにきたので渡しました。私は自分なんかのところに来る方がかわいそうな思いをさせるかもしれない。未婚、独りで自分の生活がぎりぎりなのに手厚く供養してあげられないと思いました。兄は母の供養はこれから自分たち(姉と嫁)で勝手にやる。これから先の法要には来るなと言いました。施主を変わるべきでしょうか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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貧者の一灯
供養に多い少ないは関係ありません。
タイトルの『貧者の一灯』とはそういう逸話です。
街の人たちがお釈迦様に灯り(ろうそく)を供養しに来た時、大富豪が万の灯りを見せびらかしていました。
その後、いかにも貧しい老人が恥ずかしそうに「私にはこれしか差し上げられませんが」と小さな灯りを一つ供えに来たのです。
これを見たお釈迦様は
『多ければいいというものではない。そなたは苦しい生活の中、私に供養しようとこの灯りを工面してくれた。その志が尊いのだ』
と諭したのです。
生活が苦しくとも、出来る限りのことをしよう、という思いがあるなら大丈夫なのです。
しかし、やってくれるというのなら任せてもいいのかもしれません。
宗派の違いなど取るに足りないことです。
お寺からお骨を引き取るなら、お婆様のものも一緒に引き取ってもらえれば、『一緒にいたい』というお母さまの願いを無碍にすることもないのではないでしょうか?
生活が豊かかどうかは供養に関係ありません。
どちらにせよ、あなたの意志が大切です。
御話合いがうまくいきますように。
ただの記念碑
遺影はただの写真。スマホ内にデータで持っているだけでも良いのです。
位牌もあくまでただの記念碑。
お母様のことを思い出して拝むための媒体にすぎません。
遺影も位牌も遺骨も卒塔婆もただの物体。仏教的には、それらに執着すべきではないのです。
ただ、尊敬すべき偉人を思い出して拝むとき、私達の心は清らかになります。
拝むべき偉人が対象ならば、偉人を見習う良い心がけにより、心に功徳(善い癖)が積もるのです。
お母様は戒名をもらって仏弟子の一人、尊敬すべき菩薩様、拝むべき偉人の仲間入りをされました。
それは尊いことではありますが、物体(位牌や遺影や遺骨や卒塔婆)への執着は煩悩(悩み苦しみの原因)なのです。
位牌や遺影のために兄妹喧嘩をするなど、まさに煩悩に惑わされている状況。
肝心なのは「思い出して拝む清らかな心(立派な人を見習う気持ち)」であって、物体は拝むきっかけにすぎない(喧嘩するくらいなら無くても良い)と思いましょう。
また、法事の度に住職が卒塔婆を書いてくれるでしょうから、それを媒体にするのも良いです。
質問者からのお礼
お忙しい中、回答いただきありがとうございます。大事なのは気持ちなんですね。今はもう、兄の元に行って位牌も遺影もありませんが母の写真を用意して自分にできる限り、心を込めて供養を続けることにします。ありがとうございました。