彼を追って死にたい気持ちと罪悪感
以前も似た件で質問させていただきました。ご回答ありがとうございます。
私にとって最愛の彼氏が自死しました。未だに認めらず、現実逃避をする中で些細な出来事により、ああいないんだと実感し辛くて泣いてしまう日々です。
私にとって彼は家族より自分よりなによりも大切な人で、生き甲斐でした。それは今も今後も変わりません。
だからこそいなくなった今もうただただ彼に会いたいです。死ねば会えるなら今すぐにでも死にたいと思います。
普通の人が好きな人に会いたいと思うのと同じで、私もただ好きな人に会いたいと思い行動するだけなんです。本当に会いたい気持ちでいっぱいです。
ただ、心のどこかで生きたいとも思います。私は春から社会人なので環境がガラッと変わります。その中でやれることはやってみたいという気持ちもあります。
しかし、それに伴い罪悪感がすごくあります。彼に対する思いがその程度だと言われている気持ちになります。
彼も待ってるんじゃないか、なんで来てくれないの?その程度なの?と言ってるような気がします。
また、今後のことを考えてもただただ生きるのが辛いです。彼がいない生活をどう生きればいいのか分かりません。外に出れば彼との思い出だらけ、カップルを見れば彼を思い出し、なぜ私は1人なんだろうと辛くなる日々です。大切な人が居ないというのはこんなにも空っぽな存在になるのかと驚きました。
彼のことが大好きです。本当に後を追いたいです。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
こんにちは。前回の質問に回答した坊主です。あなたのお気持ちを察すると本当に心が痛みます。誰に何を言われてもなかなか受け入れることは出来ませんね。
永六輔さんとい僧侶の資格を持つタレントであり作詞家であり随筆家が居ました。亡くなりましたけど。その方がおっしゃった事に人間は二度と亡くなるという言葉があります。一度目は実際の肉体的な死、そして二度目はその方のことをこの世で覚えている人が1人も居なくなった時だそうです。
つまり彼はあなたの心の中に生きていると言う事です。
ですからあなたが後を追ったら彼が二度目の死を迎えるお手伝いをしてしまうことになります。
前回と同じ事を、何度でも申し上げます。
彼はあなたを待っていません、なんで来てくれないのと思っていません、その程度なのと思っていません。
どう思っているかと言えば、彼はあなたが幸せになって欲しいと思っています。
この世から彼を想い続けることが彼への一番の供養なのです。
でも辛いですよね。またここに何度も相談に来てくださいね。何度も彼のことをお話しましょう。合掌
こんにちは。
ご質問文拝見しました。
彼のことが大好きだったんですね。
いや、大好きだったではなく、今も大好きなんですよね。
私はこのタイミングでの後追いはおすすめしません。
もったいないです。
彼が確かにこの世で生きた証を伝える人はいますか?
六織さまが知っている彼の姿を託せる人はいますか?
六織さまの内なる世界には彼氏さんは存在してますよね。
私は居なくなるという表現は必ずしも正確ではないと考えています。
一緒に過ごされた日、彼の存在は六織さまに同化されたから見えなくなった。
という方が現代では理解されやすいのかなと思います。
ですから、六織さまがこの世で生を営むうちは、彼もまた、六織さまの内で生を営む。
今の段階で、彼がこの世に生きた証をが失くすのはまだ勿体無い気がします。
一人だけじゃない身体、お大事に扱いくださいませ。
質問者からのお礼
遅くなってしまいましたが、ありがとうございました。
彼にとって2度目の死と言われると確かにそうだな、と思いつつもでも私が居なくたって家族がいると思ってしまい本当に私はひねくれてるなとガックリしました。
私の中で生を育んでくれているのでしょうか。そうであってほしいです。
御二方ありがとうございました。