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母が亡くなりました。

母がくも膜下出血のため急逝しました。
本当に急なことで、最近一緒に買い物をしたばかりでした。倒れた当日の朝、「行ってくるね」と言ったら「気をつけてね」と返事があり、それきりになってしまいました。

新学期になって、受験に向かって頑張っていかないといけないのに励ましてくれる母がいないと不安だし、母が買った食材を使ってお弁当を作っていると涙が出てきます。
励ましてくれる友人に対しても、この子達にはお母さんがいるのに何で私は、と感じたり、話の中でお母さんの話題が出ると、表では笑っているけど心の中では醜く嫉妬してしまいます。

母の料理に料理を教わることはもう出来ないし、成人式の着物を一緒に選んだり孫も見せたりも出来ない。家族の中で悩みを聞いてくれる人もいない。頭では母がもういないことを理解できるけれど、いつか帰ってくるような気がしてなりません。

私は現実を受け入れて、母の死を乗り越えられるでしょうか…。

身近な人の死
有り難し 72
回答 1

質問投稿日: 2016年4月17日 6:42

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。
回答僧

正念寺

日顕

お母さんと一緒に生きていく

お母さんの急逝、心よりお悔やみ申し上げます。

寂しい気持ち、辛い気持ち、その気持ちは当然のこと。
その感情を今無理やり押さえつけようとしなくていいんですよ。
どの気持ちも、あじさんがお母さんを大切に想っていたからです。
そして同じくらい、お母さんもあじさんを大切に想っています。
過去形じゃありません。きっと今も想っています。
亡くなったから無になるんじゃないんですよ。

別れの悲しみは乗り越えるものじゃないんです。
受け入れて、自分の一部にして、共に暮らしていくものです。
お母さんの思い出も、教えも、別れも、お母さんのすべてを自分にものにして生きるんです。
それがお母さんのご供養です。
ご供養することは、お経を唱えたりお墓参りにいったりだけじゃありません。
「こういう風に生きたら、お母さん喜ぶかな。笑ってくれるかな」って
意識しながら一緒に生きること、それ自体が供養です。

別れの辛さはあじさんが感じる100分の1も分かってあげられてないのかもしれません。
それでも「さみしい」や「ごめんね」が「ありがとう」に自然に変わる日が必ず来ます。

「ママがおばけになっちゃった」という絵本があります。
このお母さんの気持ちと言葉は、すべて代弁してくれていると思います。


3年4ヶ月前

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