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お葬式の際の食事についてです。

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お葬式の際、精進落としを行うまで、肉、魚を食べてはいけないのは何故ですか?
仏教のどこから由来しているのですか?

近年ではそのような風習も薄れてきていると聞きますが、私の住む地域は地方の田舎で、まだまだ肉、魚を食べない精進料理の風習が根強く残っています。

今後誰かに「何故、肉、魚を食べてはいけないのか」ということを質問された時に、一般常識として説明できる人間でありたいと思い質問しました。

ご回答の程、よろしくお願いします。

2023年3月16日 0:13

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

仏教徒の戒から来ています。

一般的な仏教では仏教徒が守るべき戒律があります。ですから一般の人が仏教徒になる為には受戒と言ってお寺から「戒」を授けてもらいます。戒を授かった証として「戒名」をいただくのです。ですが、最近は亡くなってから慌てて戒名をもらうのが普通になってしまいました。本来は存命のうちに戒名はもらうべきものなのです。
戒名は決して亡くなってからもらうものではありません。何故ななら受戒は仏教徒になると言う意味だからです。
それで仏式で葬儀を行うためにはその人に仏教徒になってもらわなければならないので急いで戒名を授けるという訳です。
仏教徒でもないのに仏式で葬儀をするのは矛盾しているからです。

そして、その戒は五つあります。それは、在家の信者の守るべき五つの禁戒で、殺生(せっしょう)、殺す事・偸盗(ちゅうとう)盗む事・邪淫(じゃいん)淫らな行い・妄語(もうご)嘘つき・飲酒(おんじゅ)酒飲みのことです。

前置きが長くなりましたが、この戒の1番目の殺生をしてはいけないと言う戒が精進料理の考えの基本です。日本では仏式の葬儀が90%以上です。ですから仏教徒と意識はしていなくても仏教徒として葬儀に参列しますから当然仏教徒として守るべき戒として肉や魚は食べないとなる訳です。
仏教徒の戒を守る事によって、亡き人に気を遣って喪に服する気持ちで肉や魚を食べないと言う故人への思いやりの気持ちもある訳ですね。
まぁそれでも肉や魚を食べないのは現実的では有りませんから忌が明けたら食べても良いよという事で精進落とし(もう精進しなくて良いよ)をやる訳です。おっしゃる通り、最近は火葬が終われば精進落としと言う場合もあります。
なので、一つの儀式ですね。合掌

2023年3月16日 8:46
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有り難し
おきもち

仏教の目的は、抜苦与楽と成仏です。 生きている人の苦しみをどうしたら癒せ...
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「葬儀」問答一覧

亡くなった母の為に出来ること

数日前に母を亡くしました。闘病の末ではありましたが、あまりにも突然で心の準備もろくに出来ておらず、いつも明るく優しかった母を失い人生で最も大きなショックを受けています。 今も毎日ふとした瞬間に涙を流していますが、葬儀等を通じて少しずつ母の死を受け入れられるようにもなり、単に悲しむというよりは、他界した母の為に自分は何をしてあげられるのか?してあげるべきなのか?と考えるようになりました。(とりわけ、他界して間もない今だからこそ母に届くものがあるのではないかと信じています) 以下、質問というよりは、どなたかに「きっとそうだよ」と後押しをして欲しいだけのものもあるかも知れませんが、私の質問にお付き合いいただけますと幸いです。 ① 葬儀で母の棺に数々の思い出の品を副葬品として入れました。特に、楽しかった思い出をたくさんまとめたアルバムはなんとしてでも母に届けたい一心で準備しました。あのアルバムは、あの世の母のもとへは届いていますでしょうか?また、もし届いているとすれば、母はどういう思いでアルバムを眺めているのでしょうか?(もっと生きたかった、という具合に現世への悔い?それとも、楽しかった思い出を糧にしてくれているのか?) ② 母はとても愛情深い人で、これまでも愛犬の死や親族の他界にとても心を痛めていました。この度亡くなったことにより、母は、愛犬や親族に会えているのでしょうか?(延いては、私もいつかどこかでまた会えるのでしょうか?) ③ 死後1週間もたっていませんが、母はいまどういう状況にあるのでしょうか?そのために私が今、母のためにしてあげられることは何なのでしょうか? 具体的な行動(どこどこへ行く、何々をする、等)に紐つけてアドバイスをいただけると、私もそれを実践することで母を感じ、気が楽になる部分もありますので、そのようにご助言いただければ尚有難いです。 長文・乱文となり申し訳ありません。何卒よろしくお願いいたします。

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亡き父に対して親不孝なことをしました。

はじめまして。 もう少しで父の三回忌を迎えます。 自身の行いをずっと後悔していて苦しいのですが、これからどう償っていけばよいのかわからず途方にくれています。 大好きで大切な父なのに、 私は亡くなってからも親不孝なことをしてしまいました。私は取り返しのつかないことをしてしまいました。 父の葬儀に参列しましたが、49日も終わっていないのに、私と主人と娘で旅行に行ってしまったのです。 父が闘病中に娘も長い間付き添いで、一生懸命お見舞いしてくれました。しかし帰宅後疲れから熱を出し、幼い娘が楽しみにしていたイベントに行けなくなって泣いていた姿に申し訳なさをずっと感じていました。   父が奇跡的に病が落ち着いたのですが、私の娘のお見舞いのおかげだとすごく喜んでくれていました。 それから数年後、父は亡くなりました。 旅行は前から決まっていて娘が楽しみにしていたものでした。また父のことで娘が我慢しなければいけないことに申し訳なさを感じ、父のことも今後そういう形で娘に思い出されたくないとも思ってしまいました。父も娘がまた自分のことで楽しみを奪われるのは辛いはずだと思い、私はキャンセルするのをやめてしまいました。 娘は、わがままを言うようなことはない子で、旅行をキャンセルしようとした時も、お母さん仕方ないから大丈夫だよと言ってくれました。 それなのに私は愚かですね。父も一緒に行ってる気持ちで旅行に行ってしまったのです。 その後、49日の法要に参列し、49日がどんなに大切なものだったのかを思い知りました。やはり非常識だし、私の行動は間違いで、なにより人として最低なことをしてしまい、後悔しきれません。 私のせいで亡き父に恐ろしいことをしてしまったかと思い、恩を仇で返してしまいました。これから一生謝り続けたいですが、具体的にどうすればよいのでしょうか。自己嫌悪がすごくてこれからの行動に自信がもてません。                   呆れるような質問をしてしまい、大変申し訳ありません。

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海外からの祖父の葬儀参加について

先週に私の祖父が逝去したと妹より一報がありました。 今週末に予定されている祖父の葬儀への参加に悩んでいます。 きちんと見送ってあげたい気持ちがあるのですが、正直なところ複数の理由から、参加を見送ろうかと悩んでいます。 私は初孫だったので特に可愛がってもらったと思います。今でも小さかった時の祖父との思い出が記憶にあり涙が出ます。大人になってからは頻繁に会いに行ってあげられていなかったので、薄情な孫であったことが申し訳ないです。 悩む理由の一つとして、私が今現在海外在住(日本へのフライト時間が半日以上かかる場所)であることです。帰ろうと思えば帰れなくはないのですが、既に一ヶ月後に一時帰国を予定しておりその予定はキャンセルできないため、葬儀の2日間のためにフライトチケットを手配して行くことになります。 帰るなら早急にチケット手配や荷造り等をしなければいけないので、迷う時間も限られています。 また、参加できたとしても直後に家族での遠方への旅行を予定しているために、また帰ってすぐに長距離移動をすることになり精神的・体力的に厳しそうだなと憂慮しています。 もう一つの理由として、私が毒親である両親との縁を一方的に断っているため、もし葬儀に参加できたとしても精神的に受けつけない両親と顔を合わせ言葉を交わすことになることが恐怖に感じています。 (体調が悪くなる可能性があります。) きちんと祖父を送ってあげることに集中したいのですが、夫は仕事の都合で帰国しての参加が難しく、妹も仕事の都合で欠席予定となり、孤立してしまうので、精神的安全がなく、親戚への気遣いも必要な場ではかなりしんどいのではと危惧しています。 こういったときの常識がないため、色々調べ、花が好きだった祖父へ、せめてもの供花を妹夫婦と私夫婦で贈ろうかと考えています。 香典は海外からは送れないため、後日の一時帰国の際に連絡の取れそうな叔母に手渡ししようかと思っています。 (おそらく喪主は長子の父親かと思いますが、一番祖父母のケアをしているのは近くに住む叔母で、話の分かる優しい方です。) 今更ですが、きっと気落ちしている祖母にも声をかけに会いに行ってあげたいです。 帰れるのに帰らないのは、卑怯でしょうか。 欠席の場合、供花を贈るだけでは祖父に失礼にあたるでしょうか。 最後まで言い訳がましい孫で祖父には申し訳ない限りです。

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祖父の葬儀での出来事

先日祖父が亡くなり、生前からの祖父の意向もあり、家族のみ参列し、所謂直葬を執り行いました。 無宗教ということと、以前身内の葬儀の際にお坊さんの振る舞いについてとても嫌な思いをしたことがあったようで、それ以来自分が死んだら戒名もお経もいらないから家族だけで見送って欲しいとのことでした。 祖父の希望通りに直葬を執り行ったのですが、せめて火葬場ではお経を1回くらい読んで貰った方がいいのではないか、と親族の一人から声が上がり、じゃあそうしようということで、その際お世話になっていた葬儀屋さんに相談し、お坊さんを手配して下さるとのことで火葬の前に読経していただけることになりました。 お経が始まり、喪主である祖母がまず焼香し、それに続いて参列者が順番に焼香を行っていたのですが、一人ずつではなく三人ずつ焼香を行って欲しかったようで、お坊さんが読経中ですが参列者のいる後ろを振り返り、すごい目付きで睨んできました。 確かに焼香台は三つありましたが、特に何も言われなかったため、喪主に続き一人ずつ焼香を行っていました。 お坊さんの様子に気付いた火葬場の職員の方が、三人ずつどうぞと声をかけてくださったのですが、その間も時折こちらを睨みつけるように見ており、更には肩を竦めため息を吐いていました。 あまりの出来事に唖然としたと同時に頭にカッと血が登り、動悸が激しくなりました。 そのくらいの衝撃を受けました。 そのお坊さんにとっては数ある内の一つかもしれませんが、私たち遺族にとってはそうではありません。 大切な祖父を侮辱されたようでとても腹が立つと同時に悲しくて仕方ありません。 祖母も気付いており悲しがっていました。 こんなことなら祖父の言葉通り、読経してもらうべきでは無かったと後悔しております。 そのお坊さんへのお布施は一万円お渡ししましたが、お金さえ貰えれば後はどうでもいいのでしょうか? 腹の中で何を思ってようが自由ですが、それを表に出さないようたった数分も我慢できないのでしょうか、それが不思議でなりません。 上記したように、以前にもお坊さんのことで嫌な思いをしたことがあり、それに今回のこともあり、もちろんそんな事はないと分かってはいるのですが、こんな人ばかりなのですか? また、この悔しい気持ちの落ち着け方が分かりません。 アドバイスいただきたいです。 よろしくお願いいたします。

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母の葬儀を神式でやりたい父を理解出来ない

2月5日に、母がガンで他界しました。まだ60代の若さでした。今、悲しみと喪失感に暮れて居ます。 そんな中でも、葬儀の準備を進めなければなりません。我が家は、代々仏教式での葬儀を行なって来ました。 しかし、何故か父が神道式にしたいと言い出したのです。 ちなみに、父は特別神道を崇拝している訳でも無く知識もほとんどありません。 神式では、代々のお墓に遺骨を入れられません。魂も輪廻転生の輪に入れず、神棚に奉られる状態になると聴きました。 私は、生前散々苦労して来た母を、極楽浄土に送りたかったのです。 生まれ変わって、来世こそは、苦労無く、幸せな人生を送って欲しい。 しかし、神式では嫌な思い出ばかりが残る我が家に、魂を縛りつける事になるのでは無いかと心配しています。 父が私に相談も無しに依頼した葬儀屋さんも、神式葬儀の事例はほとんど無く、儀式なども曖昧に形だけやっている状態です。 母の亡骸は、まだ自宅に安置されています。枕直しの儀に必要な小刀などを担当の方が置いてくれました。 しかし、刀の置く向きが違います。葬儀屋さんのスタッフさん側に、神式の知識が無いのです。 用意出来る祭壇も小さく質素で、どうにも必要な用具が足りていません。これでは、あまりにも可哀想です。 まさか、お葬式の件で父とケンカをするとは思いませんでした。 どうしても神式で葬儀を行いたいのであれば、そこは仕方がありません。 ですが、せめて今の葬儀屋さんをキャンセルして、神式の儀式に詳しい、専門の葬儀屋さんに変えて貰いたいのです。 枕直しの儀を取り行ってしまった後のキャンセルは、失礼に当たるので出来ないのでしょうか…。 逆に、儀式をしたにも関わらず、別の葬儀屋さんで2度目の儀式を取り行う事は、 母の魂が迷ってしまったりなどの影響があるのでしょうか…。 葬儀業者をキャンセルして切り替えた経験のある方。 そして、数多くの魂を送って来られた、お坊様。 もう時間がありません。何卒、救いの手を差し伸べて戴けます様、お願い申し上げます。 大切な母親が人生の最後に、主役になれる日が葬儀だと考えています。 とびきり美しく、良いお式だったと言って戴ける様なものにしたい。私が出来る、最後の親孝行です。

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檀家総代について

先日父方の祖父が亡くなり、週末にかけて葬儀等を済ませたのですが 実は父が檀家総代をしているお寺の住職の母親の四十九日が祖父のお通夜と告別式が終わった次の日にあり 父は間もなくその手伝いに向かいました。 亡くなる1ヶ月前から祖父は施設のベッドから落ちて大腿骨を骨折したのちに入院と手術をしていたのですが その際はちょうど住職の母親が亡くなったあたりのタイミングだったため 本来であれば医師からの説明のためずっと病院に居なければならないはずが 檀家総代であるという理由から葬儀をまとめなければならず あまりそばに居ることができないような状況でした 「なんとかして祖父のそばに居てやれないものか」と言っても 父は「俺が葬儀のまとめをやらなければいけない」と返され聞き入れてもらえませんでした その時でも色々と疑問に思うことはありましたが まだ祖父は生きている状態だったので とりあえずはあまり口を出さずにいました でもなんだか今回は話が違うような気がするのです 昔からお世話になっているお寺なので 色々と感謝することがあるのは間違いなく 手伝う義務のようなものがあるのは十分理解しているつもりなのですが 身内の、しかも自分の親を見送るという時に葬儀から荼毘まで最低限のことだけして それが過ぎたあとは先にひかえている他人の葬儀を優先的にまとめるというのは なんだか祖父をないがしろにしているような感じに見えてしまってわたしは納得できません。 せめて四十九日までは自分の親のために集中できないものなのかと ただでさえ葬儀の前も後も大変だというのに… 檀家総代というのは、大切な家族の時間を犠牲にしてまでこなさなければならないものなのでしょうか? 本人に言っても、まわりに相談しても 「仕方がないことだから」と言われて終わってしまいます。 自分の行いは大なり小なり必ず自分にかえってくるものです もし自分があの世に行くときでも同じようにないがしろにされても良いということなんでしょうか。 あまりに薄情な気がしてなりません。。

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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ