親戚に国際的に有名な企業の副社長を務めた方がいました。 超が付く程の大金持ちで、自宅・別荘ともに超高級住宅街に構えていて、交友関係も非常に広い方でした。 持病が原因で先日亡くなりました。 超が付く程の大金持ちだし交友関係が広いから、大金を投じた葬儀を執り行うのだろうと想像していましたが、読経無しの病院から火葬場へ直行の火葬式でした。 参列者は妻・親戚数名で、絶縁状態の兄弟・実子は参列していませんでした。 自分自身の考えとして、死後に迷惑を掛けたくないというのがあり、火葬式という事を実際に経験して興味が湧いてきました。 仮に自分の家族が亡くなったら手厚く葬りたいと思っていますが、自分自身は火葬費用という最低限の出費に留め、生きている人間の為に使って欲しいと思っています。 得度を受けて修行中の身でありながら、死後に葬儀を執り行わないとなると相当驚かれると思いますが、得度を受けている者が亡くなった場合にはこうしなければならないみたいなのはあるのでしょうか?
いつもお世話になっております。 葬儀通夜参列について疑問に感じていることがありまして、教えていただきたいです。 すべては気持ちなんだと思いますが、私で言えば、そんな深くない方が妻の通夜 に参列してくれました。その方には旦那さんがいて、両親がいて。その両親とは面識はないのですが、お母さんがお亡くなりになられました。やはり、マナーと言いますか、常識として参列した方が いいのでしょうか?もし、その方の旦那さんが不幸になられたのであれば参列しますが、両親までとなると疑問です。友人の両親なら話は別ですが。常識的にいかがでしょうか?
嫁ぎ先は浄土真宗本願寺派なのですが義父の葬儀の時地方に住む親戚が出席はできませんがとお香典を送ってくださいました。 そのお返しに日本酒を私は送ってしまいました 日本酒はいけないと言う方もおられてへこんでいます。💧義父が昔ワインを送っていたのを思い出しお酒も良いとうっかり思ってしまいました、、 本当に日本酒はダメですか?どうか教えてください。
先日祖父の葬儀がありました。 納棺の際に、祖父の黒紋付を掛けてあげるようにお棺に入れたのですが、これは一般的なものなのでしょうか? 母方の祖父が亡くなったときには無かったような気がしましたが… 畳んで入れてあげた訳ではなく、わざわざ布団のように掛けて入れていた事も気になりました。
自分を虐待した男親、の父親(つまり祖父)の葬式に来ることをまだ死んでもない段階でスーツやブラウスなどをユニクロで一式買われてもしも祖父が死んだときは来ることを要求されてます。 ですが私は三年前から鬱と社交不安障害で体が動かない時もあるし、父方の親戚である叔母達は私に嫌味を言ったり、あの男親に肩入れして言うことを聞くように連絡が来たこともあってあの一族が集まるところに行くこと自体が怖いです。 両親共にその祖父母や親戚やいとこ達はほとんど長崎や北九州に住んでいて私は幼稚園の頃から京都で育ったので高校生の頃まで、お盆とお正月の年2回に会うくらいでした。 その時もその都度、両親共に私に恥をかかされた、または両親達から見て私がいとこより劣って見えた時には京都の家に帰る最中から帰ったあともしばらく怒鳴られ詰られ恥だと言われていい思い出があまりありません。 それに祖父がまだ亡くなっても居らず、目立った病気が無く、生活をしているのにも関わらず高齢というだけで死を見越してスーツを揃える親も私からしたら不気味で仕方ありません。 福祉施設にも通って相談もしていて物理的にも法的にも離縁に近い状態にまで疎遠にするためにも社会復帰を目指してるので祖父の葬式にも行きたくないです。 ですが両親は私に対して「最後にお前を助けてくれるのは自分たち親か親戚だけだ」と言って脅迫してきます。 どうするべきでしょうか。
不穏なタイトルですみません。が、断言はできないですけど母親は長生きできない気がします。 現にまだ入院してますし、それにこの前の質問の回答に書きましたけど今年後期高齢者になりますから可能性は高いです。 とはいえ私と違って監視下に置かれてる(無論、精神疾患の治療をするためではあるのですが)以上、今まで最悪の事態は避けられてきたものの加齢や自然災害には抗えないじゃないですか。 そして、いざそうなったら哀しみよりも安堵の気持ちが大きいはずですので、実際にそうなったら私はきっと極楽浄土には行けませんね…。 話を戻して、質問したいのは現在ほぼ無職で独身の私が母親の葬儀にかかるお金をどう工面したら良いか、です。生活保護を受給できてたらそういう時にも助けてもらえると聞いた事もありましたが、残念ながら世間体を第一に 考える親族達には未だに反対されてます。 ですので彼らには極力頼りたくないのと、最期の親孝行という意味合いでも一人でできる事は全部やってから心起きなくこの世を去りたいんです。 『お母さん達を悲しませないためにも、もっと生きて!』とか、そういう言葉は聞きたくありません。何故なら余計に死にたくなります。それと、私が母親の死を待ち望んでるとかそういう決めつけもできれば止めてください(生意気ですいません)。 どうか教えてください、よろしくお願いいたします。
父親ががんで闘病生活を続けていましたが、ついに先日、もう効く抗がん剤がなく先が短いであろうことを病院から伝えられました。 父親との過ごし方で悩んでいます。 とても愛情をかけて育ててくれたと思いますし、父親のことは大好きです。ですが、昔ながらの頑固親父という感じで、近くに住んではいますが顔を出しても二言三言話して自室に入ってしまいます。仲が悪いわけではなく、昔からそういう距離感の人なのです。 色々話したいですが、なかなか普段のような他愛もない話を二言三言交わすだけで終わってしまっており、このままでは後悔が残るのではと思ってしまっています。 感謝を伝えたり、急に深い話をすると、「最期だからか」とお互い何となく思ってしまいそうでそれも気が引けています。そういう雰囲気にしたくないです。 最期が見えてきた父親と、普段通り過ごすべきか、きちんと感謝を伝えるべきか。 いい歳して自分で考えて行動すればいいことだと思いますが、どうしても答えがでないまま一か月経ってしまったので相談させていただきました。 親の死を受け入れられない、現実をみたくないという未熟な心のせいだということは薄々わかっています。 私はどうしたらいいのでしょうか。
先日、義理の祖父が亡くなりました。忌中はお祝い事や飲み会などは控えるようにと言われていますが、49日を迎えるまでに、子供の習い事(野球)の卒団式があります。お世話になった6年生やコーチにお礼を言いたく、また在団生としての準備を進めている中でしたので、参加したい気持ちがあるのですが、控えるべきでしょうか。
義理の祖父のお通夜の際に、息子(故人からみるとひ孫)が、「お通夜の準備(をしているの)?」と言うところを間違えて「余興の準備?」と言ってしまいました。式というものに関連して知っている単語で出てきてしまったのがそれだったようです。子どもの悪気のない言い間違いなのですが、故人の枕元でしたので、何だか申し訳ないのと怒らせてしまっていないかとそれから気になってしまい…。どうしたらよいでしょうか。
父が実家で亡くなっており(孤独死)腐敗も進んでいたため一般葬はせず直葬(火葬)式でおくりました。身内は誰も来ず私1人でおくりました。直葬にしたばっかりにお経をあげて頂く事も出来ず、もちろん法名もありません。四十九日が近づいてきていますが、どこかのお寺の檀家ではないので法要をどうすればよいのか悩んでいます。納骨する霊園には法要場所もありお坊さんを呼んでいただけるとの事でしたのでお願いしようと思っているのですが、やっとお墓の場所を決めた段階で納骨は四十九日より後になります。やはり四十九日の後に法要することは良くないのでしょうか?お葬式をしてあげられなかったのでせめてお経はちゃんとあげてもらいたいと思っています。 現在お骨がある家は私の家なのですが、壁が恐ろしく薄いアパートのため家で法要する事はできません。(お鈴もすごく小さく鳴らしています)かといって実家はゴミ屋敷状態を毎週末行って片づけている最中で法要が出来る状態ではありません。近くのお寺さんへ檀家でもないのにお経をお願いするような失礼な事はできませんし、やはりタイミングとしては納骨の時しかないように思えます。それでは駄目でしょうか?宗派は浄土真宗本願寺派です。ご教授頂けますと幸いです。
はじめまして。 6月に父が亡くなりました。孤独死で発見から一週間程度経っており、警察の検死でDNA鑑定あり一カ月程度経ってから引き渡されました。 直葬という形で終わらせ、市の合同納塚に納骨致しました。 今回、葬儀も49日も行わずにしてしまってしまい、追善法要と百箇日法要はしたいです。お寺で追善法要をする場合はどのようにお願いしたら良いかわかりません。 49日を過ぎてしまったら、父はどのようになるのでしょうか? DNA鑑定の結果待ちの間に戒名だけは頂けました。 また、お寺で追善法要する場合は費用はいかほどでしょうか? ご教示頂けますと幸いです。 宜しくお願い致します。
先月5月24日に享年105歳で 祖母が逝去しましてしまいまさか 父親が腰を痛め入院中にまさか祖母が息を引き取ってしまう事になり 母と孫である私とで緊急搬送先の病院で看取る 事になり先に火葬も済ませて 葬儀が父親が退院したらとなりましたが 日取りも曖昧になり49日を目処に 葬儀が出来たらとは考えてはいますが不安です このまま祖母が無事に成仏できないのではないかと不安です アドバイスをよろしくお願いします
昨年の五月に弟が旅先で突然死してしまいました。弟夫婦には子供がなく、兄である私が両親を連れて旅先の病院に行き弟の妻と一緒に最期を看取りました。弟は生前、私がずっと落ち込んでいると叱咤激励してくれたので、せめて追善供養にと写経や坐禅などの功徳を積んで自分なりの供養をしてきました。一方、弟の妻は一軒家に一人ぼっちになってしまい、かなり落ち込んでいました。最近パートを始めたという話で自分なりに歩んで行こうとしていると安心していました。ところが先日、弟の1周忌の際に仏壇に行ったところ変わったのは段ボールで組み立てられた仮祭壇が本祭壇に変わったのと位牌が追加されていただけで忌中のままでした。1周忌の際にお寺に行った際に「遺影のリボンは49日までに外す旨の指摘を聞いたそうですが、「自分の気が済まないから」と耳を貸さなかったそうです。両親もお線香もまったく減っておらず本尊には弟の告別式の写真が置いてあるのを見て「生きているうちは忌中明けにならないようだ」と言っていました。私も本人が気が済まないと言っており祭祀権は妻にあるのであまり口出ししないようにしています。弟の妻は無宗教ですが心の状態はまだ忌中なのでしょうか?仏教では諸行無常なので変えないということは崩壊に向かっていると理解しているので気持ちがモヤモヤしています。せめて彼女の心理状態を知りたいです。
実家での葬儀についてです。 私は一人っ子です。 10年前、実家の祖母が亡くなり葬儀をしました。結婚して実家は離れていましたし、子供たちも小さかった時だったので葬儀については何も意見はせず従いました。時代錯誤なやり方に不満もあったのですが。 そして今、実家の80歳の母が肺炎で入院中でここ数週間に何度も危ない状態になっていて もうダメかもしれないと覚悟した父が葬儀の話をしています。 10年前の祖母の葬儀の時は父がその2年前に脳梗塞を患い入院前から退院直後などの記憶が曖昧になり新しく覚えること考えることが苦手になりとなっていたのですが母と父の兄弟がサポートして何とか終えました。父が長兄です。喪主も務めました。 今はその時とは親戚なども代も違う付き合いになり付き合い方も変わり参列してもらう人も少なく見積もり 近所の方も亡くなられた方も多く過疎のエリアなので来てくださる方は減ると思います。ですが やり方としては前と同じやり方でないと この地域の特性などに従い簡素に出来ないとの一点張り。 私としては親戚も近所の方も高齢でありまた私のいとこ達、親からしたら姪、甥も結婚して遠方にいたり子育て真っ只中で大変な時期であるので簡素にしたいのです。 ですがまず父は自宅でやりたいらしいのです。自宅で納棺して通夜をやり翌日近所の方に見送ってもらい出棺したいようです。 祖母の時は夏で暑くてお坊さんも汗だくで大変でした。クーラーは今もありません。10年前より今の方が暑いので 暑い日にそんな人が実家に集まり狭い中でやるとなれば参列者の体調も心配ですし、あの時は元気でお手伝いしてくれた親族も何人か亡くなり動ける人わかる人が少なく掃除に片付けお茶出しなど誰がやるというのだろう と。 私の旦那は違う地域出身な為 うちの方の風習なども知りません。だから客みたいになるかと思います。言われたことのみやるだけかと。戦力にはなりません。 なので私が一人苦労するならばやり方を変えて 自宅にら戻らず病院からそのまま葬儀の場所に安置してもらい全てを葬儀場でやりたいのです。 自宅に安置したら誰か泊まらないとなりません。食事やお風呂、困ります。葬儀場に安置したら全員帰宅出来ます。きっと自宅に安置したら気になって泊まった人は一睡も出来ないでしょう。色々な面で考えたら全て葬儀場の方が安心でラクなのに理解してもらえません。
義弟が亡くなりました。 とても元気だったのでびっくりしました。さっぱりとした元気な人でした。妹と仲が悪く家庭内離婚の様な状態でした。妹は気がきつく性格もあまり…という人で 義弟はとても苦労していました。 実の両親も私も妹には 苦労しました。お葬式で お互いに大変だったね…と 妹との関係をねぎらいたいのですが…だめでしょうか?
先月身内が亡くなりました。 それから忙殺される日々何度も死ぬかと思った。 仏間で寝起きしていた父親に私室を侵略され、拒否も許されない。拒否したら勝手を許すな。と周囲から怒鳴られ嫌々認めさせられる。 仏間にベッドがあると恥ってなんですか。 怒鳴る親戚の度々の訪問。事前連絡がない場合もありました。それがあるから葬儀後にお線香上げに人が来るのもストレスでしかない。 ストレスで心療内科の薬量が増える。インフルエンザの家庭内集団感染。その後私は搬送されました。 その後も不整脈、嘔吐、難聴が続いています。 時間もお金も健康も全て奪われながら供養したくないです。 しかし周りがそれを許しません。 私も死にそう。 なんでこんな目に合わないといけませんか。
お世話になります。 元々両親や姉妹と折り合いがつかず、結婚を機に20年前に遠方へ逃げるように嫁ぎました。 伴侶は慈悲深い人で命を救ってもらったと言っても過言ではないくらい今は幸せにしてもらっています。 そのお陰で今となっては厳しかった母や、酒乱だった父にも訳があったのだろうと恨みも薄れてきて、それなりに良好な関係を続けて来ましたが高齢である事や病気などもありいつ天寿を全うするかわからない状況になってきました。 しかし姉妹と今年に入ってから些細な事から諍いがあり、私や愛する私の家族の心を深く傷つけられそれまでの我慢も堪えきれなくなりもう会わない方が良いと思っています。 そこでご相談ですが、親が亡くなった時に葬儀には行かず遠方から供養する事は親不孝なのでしょうか? また、供養の仕方もご教示頂けましたら幸いです。
前回相談させて頂き、ありがたいアドバイスを頂きました。ただ、初めての投稿で少し不安で、相談内容の一番根幹の部分についてはお聞きできないでいました。タイトル通り「親の葬儀に行かない」は許されるのか?また、そのような葬儀に実際遭遇されたことはありますか?プロフィールどおり、母の過去の暴言暴力を許せず、また恐れの気持ちもあり、絶縁状態です。が、幼少期には、手作りの服やご飯、お菓子を作ってもらい、自分が虐待されている、とは思っていませんでした。旅行もよく行って傍目には仲良し母娘だっただろうと思います。大学院博士課程まで行かせてもらい、世間的には恵まれた家庭でした。ニュースになるようなひどい(母)親ではありませんので、「恩知らず」「親のお金を使って働きもせず学歴だけ身に着けやがって」と言われても、仕方がありません。私も、そのことには感謝するべきだと思っています。ただ、今思えば、やはり常に、「母の言う通り」にしなければといつも気を遣っていました。好きなスターも、洋服も、話題も、母の好みに暗黙のうちに支配されていた、いわゆる「毒親」だったのだと思います。自分で結婚相手を探し、結婚をし、出産を経験したころから、特に心に突き刺さるような言動が多くなり、話すことが不快になりました。小さいころから「あんたたち(姉と私)みたいなブスは、まずいない」とは言われ続けていましたが、結婚、出産後、そして、私がすぐに仕事に復帰したころから益々暴言は激しくなり(母は、専業主婦)、「仕事を辞めろ」「まともな子育ても出来ないくせに、子供ばかり産むな」など。そして絶縁状態になっていますが、このような状況でも、葬儀に行かないことは、とんでもない親不孝、母の恐れからのただの「逃げ」なのでしょうか?(父は、母の言いなり。父の葬儀に行って、母に何をされるかと思うと恐ろしく、行く勇気がありません)。後悔しないように、育ててもらった恩に感謝をしているなら、やはり何をされても行くべきですか?情報通で有名な隣人が先日、「育ててもらった恩を忘れるのか?ひどすぎる」と突然説教してきました(恐らく、母から今の状況を聞き出し、母は私がひどい娘だと言いまくっているのだと思います)。「赤の他人で何も知らないのに?!」と腹が立ちながらも、恩知らずは当たっているとも思い、言われっ放しの自分も悔しいです。率直なご意見を頂ければ幸いです。
親と、ある出来事をキッカケに(高齢の親が自動車事故を起こした上に、新車購入をしたので、免許証返納を、姉、夫、私、車屋で助言したところ、母親が激怒し、暴力をふるい、「世話にはならない。泥棒猫!穢れものは2度と来るな」などと罵詈雑言を浴びせられた上に、砂を投げつけられた。警察や福祉協議会、弁護士、にも相談したが、関わるな、とアドバイスを受けた。)2年ほど絶縁しています。 近所に住んでいるので、顔を合わさないかと常に怯えています。そんな両親も今は健在のようですが、高齢でいつ亡くなるか分かりません。絶縁のキッカケとなる出来事までも、色々母親の暴言に我慢してきましたが、2年前のことを思い出すと、もう絶対に葬儀なんて行きたくないと今は思います。父は母より7歳上なので、父が恐らく先に逝くでしょう。父の葬儀に行ったとして、何をされるか、言われるか、恐ろしいですし、タダで済むとは思えません。姉も同様の意見です。心では、親の葬儀ぐらい倫理上行くべきだとは分かっていますが、恐怖心しかありませんし、あんな酷いことをされて、言われて、行く必要はないとも思っています。親からの電話やメールは繋がらないようにしているので、実際、連絡があるか分かりませんが、今は断ろうと姉と言っています。葬儀に行かず、自分の心で成仏を祈る方法、例えば個人的に、信頼する近くのお寺に行って、親の供養を自分のメンタル整理のためにもして頂ける方法はありますか。ちなみに、母親は父の親戚筋ともたびたび大喧嘩をし、自分の親や妹達にも暴力や暴言を度々吐き、みんなが「二度とあんな恐ろしい人と関わり合いたくない」と言っています。私達娘2人が最後まで我慢してきましたが、もう限界で、人生の最期が一人であろうと、母の自業自得だと思っています。父は母の言いなりですので、どうしようもありません。勿論、残った一人(恐らく母)が逝った場合は法律上も私達が死亡届の手続きなどしないといけないのは分かっていますので、最低限の責任は果たします。葬儀に行くつもりはないが、自分の心の整理はしたいとは、勝手な話かもしれませんが、こちらに相談させて頂くことが一番いいのではと思いました。よろしくおねがいします。
昨年の丁度1月24日に、父が膵臓癌を告知されて、余命3ヶ月と診断されました。 治療開始した2月4日に特有の血栓を溶かす治療の最中、溶けた血栓が脳の言語中枢に詰まり、軽度の脳梗塞で話せる言葉を本人が選び、会話出来ていました。 この症状から、自宅での緩和ケアとなりました。父は私が転職して移り済んだ岐阜県に一時は同居して生活していましたが、妹(次女)に姪が生まれ、手が掛かる3歳になる頃に嫁ぎ先の近隣にアパートの一室を買い取り、1人で生活していました。 北陸の冬は厳しく、癌を患い1人アパートに戻す事など体力もなくなった父には酷な事。 岐阜迄200km移動するにも困難な為、嫁ぎ先の義弟の家で2ヶ月世話になり、週末のみ私が行って介護を代わり、平日は妹が介護していましたが、昨年3月末に孫娘、妹・私と義弟で看取りました。 遺体は義弟宅の近隣の葬儀会社に相談し、火葬した後に遺骨を菩提寺のある静岡県に持ち帰り、寺で通夜・葬儀を執り行いました。 岐阜の自宅に共に帰宅後、49日法要で父方の祖父母と叔父・叔母の居る、父執り行い共に建立した墓に納骨しました。 私は父がしてくれた様に、かつて私自身が癌で病に倒れた時と同じ様にしてあげられなかった事、義弟宅で肩身が狭い思いをしながら旅立たせてしまったのではないかと。 時折、離れて居た事で父の病に早くから気付いてあげられなかった事。 そして、父と離婚して長女である歳子の妹を離婚調停まで起こして父を追い詰めた産みの親とも言える母に、「お前がお父さんを殺した!」と言われた事に腹を立てている自分に、「情けない。いつも前向きだった父に合わせる顔がない。」 「寂しいなんて言葉を決して口に出来ない。」 そう思いつつも、毎日父と祖父母、叔父と叔母の位牌にお茶と線香をたむけて、いつかまた父の子でありたい。 そう願いつつ妹達と姪や甥を守ってもらえる様に願っています。 痛みや苦しみから解放されて、家族と共に父の魂がある事を常に願い、時折寂しさに押しつぶされない様にと父と同じ様に前向きでありたいと争っています。 私はこのままでいいのでしょうか。