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自分の命を捨てたい

回答数回答 2
有り難し有り難し 20

初めて使用するので不手際等が非常に多いと思いますがどうかお許しください。

あるきっかけから、私は4月30日から今日に至るまで飲まず食わずの日々を過ごしてきました。自分の人生への絶望、何とか解決しようと悪あがきしてみたものの、結果にならなかった事からこれが自分の運命なのだと感じたからです。今日で4日目だというのに思ったより体に異常が出ずにそういう意味でも絶望感しかありません。

きっかけは遠方に暮らす母親から遠回しに同居のための家を購入するよう迫られていた事で、自分としては今の仕事の収入では自分が望む環境の住居はどうしても購入出来ない事、抑母親とは暮らしたくない事が理由で家の購入はしたくありません。

何故暮らしたくないかは、元々関東に移り住む前に家族で暮らしていた時に母親からは人の親とは思えない態度(理不尽に怒る、反論すればさらに怒るか泣く)頭ごなしの人格否定や容姿を貶す、といった事が理由です。関東に移って一人暮らしを始めても支配的な態度は変わらず理由は私にあれど、電車内で人が多くいたにも関わらず罵倒された事もあり、今も母親に対しては不信感しかありません。そして、今でもこういったことに対して謝られた事はありません。

そういう人からいきなり同居してほしいと言われた私はやっと手に入った今の暮らしを捨てさせられるのかと思わずにはいられませんでした。そこから滅茶苦茶な生活を送ってお金も底をついた事から、これが天運かと悟って自殺する道を選びました。

この期に及んでも死ぬ事はどうでもよくても、飲まず食わずはこうも苦しいのかと思いながら相談している自分を見るとただ単に誰かに共感してほしいのかと思えてしまいます。それが甘えだというなら、その通りなのかもしれません。本当に母親が許せないなら自立できた時から準備をしておくべきだったからでしょう。とはいえ、今となっては何もかもが手遅れですが。

このまま苦しみ抜いて死んで一矢報いる選択肢を取りつつも生きたいとも思う自分の甘さ、弱さを捨てられればと思わずにはいられません。一緒に仕事してきた人達、亡くなった祖父母や父には申し訳なさしかありませんがこれも自分への報いなのかもしれません。私の人生は何だったのでしょうか。

2023年5月4日 1:57
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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

早まらない。

ご質問文を拝見しました。
繰り返し読みました。
私が読んで感じたことがそれでよいかを確認しつつ、もう一度拝読しました。

お辛い気持ちでいらっしゃることにはとても共感します。
でも、辛いのは、共感が足りないからではなく、仏の視点がほんの少し足りないだけだと私は思います。

ハンガーストライキを通じて、、
頭の中が身体すべてを支配しているとは限らないことは理解されたかと思います。
脳みそだけで、人間は成り立っているわけではなく、ちゃんと心臓や血管、肺なども意思はあること。筋肉に随意筋と不随意筋があるように人間は脳の都合だけでできていません。

お母様の要求は 仕事や今の生活やご自身の命と同じくらいと思う『潜在意識(執着)』は手放してください。

これまで、どんなご事情があったかどうかを知らない立場で、偉そうなことを言ってすいません。
親離れしていいと思いますよ。

これまでたくさん傷ついたんでしょう。
もういいですよ。そこまで自分を傷つけなくても。

仏教は人を救う教えであり、自分を傷つけることを勧める教えではありません。
ご自身を大切にしてください。

+++

返信ありがとうございました。
お礼コメント聞かせてくださりありがとうございます。

それほどまでに、血のつながりは鉄路の終点様を縛っていらっしゃるんですね。

仏教には出家とか、義絶という言葉があります。

お母さまはお母さまの人生
鉄路の終点様は鉄路の終点様の人生。
わたしはもう、虐待される役割から卒業していいと思いますよ。

鉄路の終点様はお母さまの手で見送ってもらうことを望むならともかく、人は誰かの手を借りなければ棺にも入れないし、運んでももらえないです。

鉄路の終点様も、お母さまも、これからは互いでなく社会への甘え方をうまく取り入れてくださることを願います。

2023年5月4日 8:34
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有り難し
おきもち

僧侶として長い時間を過ごしてきましたが、 四十年以上経った今でも、言葉や文字にできない思いはあります。 どんなに経験を重ねても、 世の中で起きる出来事や、自分の中に生まれる感情のすべてを きれいに整理して表現できるものではないと思っています。 だから、うまく書けなくても安心してください。 ここでは、無理に言葉を整えることよりも、 いったん息を整えて、静かに耳を澄ますことを大切にしています。 まとまりのない文章でも、途中で止まってしまっても構いません。 言葉になる前の思いが、そのまま置かれてもいい場所でありたいと考えています。
特別な準備や、上手に話すことは必要ありません。 このオンライン相談の時間は、あなたのために差し出された時間です。 話すことだけが人生の目的ではありません。 言葉が浮かばないときは、 ただ呼吸に耳を澄ませる時間として過ごしていただいても構いません。 日常の中で受けている外からの抑圧やストレスから、 ひととき身を離れるための「避難の時間」として この場を使っていただくこともできます。 僧侶である私は、何かを答える人というより、 あなたがこの時間を安心して過ごせるよう、 静かに同席する存在でありたいと考えています。 話がまとまらなくても、途中で止まっても大丈夫です。 この時間が、あなたのペースを取り戻すきっかけになれば幸いです。 なんまんだぶつ。

母親にハッキリ言ってやれば良い

そんなにひどい母親なら、遠慮は無用。
あなたの思いを母親にハッキリ言ってやりましょう。
あなたが死ぬ必要はありません。
直接言うのが難しいなら、電子メールか手紙(郵便)でも良い。
野生動物の多くは、親は、子供を産み育てたら死にます。
あなたが親よりも先に死ぬ必要はありません。
なお、日本には生活保護制度があります。
あなたがお母さんと縁を切っても、役所がお母さんの最低生活費(家賃を含む)を支給してくれます。
あなたには、ひどい母親を見捨てる権利があるんですよ。
死んで一矢報いるのはもったいないと思いますよ。
また、あなたには他人を救う力もあります。
あなたがコンビニの募金箱に100円を寄付するだけでも、海外の子供たちの助けになる可能性があります。
また、飲まず食わずで死ぬつもりなら、せめて自分の葬式代や自宅の片づけ費用は遺しておきましょう。
あなたの遺体を処理する家主さんや役所の人に配慮するのは、最低限のマナーです。

2023年5月6日 23:40
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有り難し
おきもち

がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための教えです。まだまだ未熟者の凡夫ですがよろしくお願いします。

質問者からのお礼

コメントありがとうございます、思ったよりも早く回答があるもので驚いています。夜中に動悸が余りにも酷く、思わず冷蔵庫に残っていたお茶を一気に飲んでしまいました。一安心する反面、もっと死に方を選ばないと無理なのかと途方にもくれました。

本心としては、私は親離れしたくて仕方ありません。とはいえ、私の事情などお構いなしの母親は決してそれを許さないと思いました。私を愛してくれた家族、言ってしまえば自分の話を聞いてくれそうな家族はもう既に亡く、母親だけが生き残った時点で覚悟を決めるべきだったのだと後悔しています。

本当は同居の要求は無視、ないし突っぱねたいもののこれまで一緒に過ごしてきた経験から、母親は絶対に自分の意見は聞きはしないと判断しました。(元は別の県で生まれ育ち、今は一人暮らし中)

紆余曲折を経て、「自分はここで死ぬのが運命なのだろう。散々自分勝手なこともしたのだから仕方ない。終わり方なんて関係ない、苦しくてもやるしかない」と思うに至りました。こうしている今も、あの時冷蔵庫の飲み物を飲んだことが正しいのかわかりません。詳しい話をということであれば、再度追記させていただきます。

再度の回答ありがとうございます。例えば学校であったり仕事であれば、卒業したり会社を離れればそこでどれだけ嫌な人間関係があったとしてもそれで終わりですが、家族だけはそれが非常に難しいものだと実感しています。
出家…この選択肢も今の自分にとっては魅力的に感じてしまいますね。今の仕事を辞めた後の自分というものが想像つかないもので、というのも今の仕事自体はずっと前からやりたかった事をやっていて、嫌な事は沢山ありますが死を意識するに当たって一緒に働いてきた人たちの幸せは願いましたから。
私の人生は私の人生、母親の人生は母親の人生というのもその通りではありますが、世の中どうしても人の話を聞かない人というのは絶対に存在していて、母親がこれに当たるなと思わずにはいられません。虐待される役割なんてこれ以上は絶対に嫌ですがしている側は虐待なんて認識はするはずありませんから…認識が無いからこそ、ここまでやるのだと思わずにはいられません。
私は誰かに裁いてほしかったのかもしれません。母親が自分にこれまでしてきたことを、人の手で出来なければ神仏様の手でもって、そして自分もまた裁かれたいのかもしれません。結果がまた生きることにしがみついているというのは、何を意味するのかはわかりませんが…

回答ありがとうございます。見捨てる権利がある、とは初めて言われたような気がしますね。自分の人生を取り返す為にも、言う事には従わないと言わないといけないのでしょう、相手が相手なので絶対こちらの心を折ろうとしてくることは想像に難くはありませんが…やるしかありません。
とりあえずは、まだ生きてみようと思います。色々な面でギリギリですが、少しは何とかなりそうな気もしますので。

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