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愚かな過去

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有り難し有り難し 5

私は数年前、とある施設の女性トイレに私自身の携帯電話を置き、盗聴するという愚かな行動をしました。

警察に通報されたわけではなく、相手の方が気づいていたのか、気づいていないのかはわかりません。

お相手の方は、全くの他人であり現在何をしているのか知ることはできません、その時に私自身、法によって裁かれ直接相手の方に謝罪ができていればと悔やむ毎日です。

ネットなどで、盗聴や盗撮などに被害に遭われた方の事を見たり、聞いたりすると心から傷をつかれた方が沢山目に入ってきます。
私もお相手の方の心、そしてその周りにいる方々の心に大きな傷をつけてしまったと思っています。

お相手の方は今、生きて幸せになっているのだろうか、それとも私の愚かな行動で、心に傷をおって、自ら命を絶ってしまったのではないかと思ってはいけないことを思ってしまっています。

ならば、私も自らの命で、償うべきではないのかと思い、日々葛藤する毎日です。

私は現在、その方が幸せに生きていると願い祈り、そして謝罪をしながら日々生きて
おります。

そして自分勝手ながら、人の心を助けたいという夢も見つかりました。でも、誰かを傷つけた私なんかに人を助ける夢などという言葉があっては良いのかともおもっております。

もうお会いすることのできない方に、幸せに生きていてほしいという願いを届けるためには、私はどのような心を持ち、どう行動していけばいいのか教えていただけないでしょうか。

2023年10月1日 4:40

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

今は無理でも心に小さな灯火を

浄土宗では、どんな悪人罪人でも
南無阿弥陀仏
なむあみだぶなむあみだぶ
なむあみだぶなむあみだぶ
と、阿弥陀仏の名前を称(とな)える念仏を行えば、来世で極楽浄土の菩薩様に成れると言われます。
菩薩様とは、仏様の見習いです。
そして、極楽浄土の菩薩様は不退転の位という悟りの段階に達しており、いずれ必ず仏様に成れるのです。
仏様は、他者を悩み苦しみから救うスーパー師匠です。
つまりあなたは、今は他人を救うのが無理でも、
なむあみだぶなむあみだぶ
と念仏していれば、来世以降で生きとし生けるものを救う菩薩様、仏様に成れるのです。
今は、「いつか私も生きとし生けるものを救えたら良いのにな。全宇宙の生きとし生けるものがもれなく幸せになれたら良いのにな。」
という願いの灯火を、心の中に灯しておくだけでけっこうです。
阿弥陀仏という大きな大きな光明は、やがてあなたの小さくささやかなその灯火を、迎えに来てくれます。

2023年10月1日 11:04
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有り難し
おきもち

がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四...
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質問者からのお礼

ありがとうございます。
日々願いの灯火を心に祈り生きていきます。

「過去の罪・過ち・懺悔」問答一覧

偽物の記憶(?)と罪悪感

こんにちは、投稿失礼します。 前回相談に乗って頂きありがとうございました。 その後、当時親しく現在もお付き合いさせて頂いている友人や、母、担任の先生に前回の質問の件について聞いてみたのですが、 「そのようなことは無かった」との事でした。 また内容だけに、「そのような事があれば当然、親が呼び出されるだろう」とも言われました。 相手の方は現在交流がなく、突然このような事を聞かれても迷惑をかけると思い聞けていないのですが、 そのような事をされたら黙っているような子ではなかった。と他の方からも聞き、少し安心しております。 その一方で今回の出来事について疑問が浮かんできました。 自身でも調べてみたところ、「虚偽記憶」というものがあるそうです。 なんでも過去に起こった出来事について脳が誤った記憶をしてしまうものらしく、 中には虐待を受けていないのにも関わらずそのような記憶がある方もいるそうです。 私自身このような体験が初めてであるため、非常に混乱しております。 専門外の事になるとは思うのですが、これがきっかけで過去の別の悪事を思い出してしまい、過呼吸や睡眠の浅さ、 食欲不振や集中力低下など仕事にも支障をきたしてしまっています。 プロフィール(お坊様のみ公開)にも過去のことについて触れているのですが、 過去のことは反省しているため、現在ではそのようなことはしておりません。(当然ですが) ですが「善い行い」をする度に、「お前は本当はそんなやつじゃないんだ。 偽善者だろ。汚い」といった感情が湧いてきてしまうのです。 別の方のアンサーにあった懺悔のお経(?)を朝に読んでみたりもしているのですが、その行いについても罪悪感を持ってしまっています。 今では常に罪悪感を持ってしまっており、趣味も楽しむことが出来にくくなってしまっています… 長々と失礼いたしました。 よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 2
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過去の過ちを後悔しています。

こんにちは。私は高校生の頃(2021年7月〜8月)に某青い鳥のSNSに暴言を含む投稿を公開アカウントでしたことを後悔しています。 内容は、スマートフォンのアプリゲームでガチャ機能の引きが悪かっただけで、死ね、という暴言と共にガチャ機能のスクリーンショットを投稿しました。 同じゲームで、他プレイヤーに勝てなかっただけで、死ねマジで、と勝負に負けているスクリーンショットと共に投稿しました。 他に覚えていないだけで更に過去に悪口を投稿したかもしれませんし、なんとなくした気がします。記憶にやや残っています。もう削除してしまってるはずなので気にするのも無駄かもしれませんが… この2つの投稿を深く後悔しているのですが、なぜ後悔しているかというと、例えば、この投稿をこのゲームの運営に携わる人がもしかしたら見ていて、その人が傷ついて自ら命を絶ってしまっていたら…と考えてしまうからです。 もっと嫌なのは、これに対して自分が反省できているかどうか分からないこと、言い訳や自己保身が頭に浮かんでくることです。 言い訳、自己保身の例が、どちらも公開アカウントで投稿したとはいえ、特定の誰かに向けて発信した訳ではないし(実際にリプライ機能、返信機能は使ってないです)、本当にゲームの運営の方に亡くなって欲しいという意味で書いて訳ではないし(苛立ちの延長線としてこんな酷い言葉を書きました。)、その当時はフォロワーも21人くらいだったし、まずこのような愚痴ツイートはSNSにはありふれているし、ゲームの運営をしてる以上、私の投稿より酷いものとかも見慣れているんじゃないかな…と考えてしまいます。 上記の言い訳と後悔を繰り返して気分が明るくなったり落ち込んだりを一日に何回も繰り返して、家族に心配と迷惑をかけてしまい、更に自己嫌悪が止まらなくなります。 自分ほど極悪な人間はいないと思うし、本当に運営に携わる人が見て亡くなったかは分からないし確認出来るかどうかも分かりませんが、自分が既に人を殺めてしまったような気持ちです。 罪のない人間はいないのは分かりますが、こんな大きいな罪のある人間は生きている意味もない気がしてきてしまい、自分こそ死んでしまえば良いと考えてしまいます。 この考えこそが甘えだし、親の前でこんな事言ったらそれこそ罪です。ですが考えのループは止まらず。 どうしたらいいでしょうか

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重罪を犯してしまった私

私には重罪を犯してしまった過去があります。 (詳細はプロフィール欄にてご住職様にのみ公開しております。) 前回相談をした際に、ご住職様から有り難いご助言を頂きました。 そのお言葉に支えられてなんとか前を向いて生きております。 過去を振り返ると、何故あんな愚かなことをしてしまったのか、普通の人はそんなことしないのに…と自分のことが情けなく、恥ずかしい思いでいっぱいです。当時は常識と良心が欠落していたのだと思います。 今は当然ながら悪い事はせず、前よりも善行を心掛けています。 しかし、いくら今を正しく生きていようとも、私は過去に他人を深く傷付ける行為をし、家族を裏切った重罪人です。 周りの人に良くしてもらうと「本当は私は優しくしてもらえるような人間ではない」と苦しくなります。自分を優しい人間だと偽って騙しているような気持ちになってしまいます。 過去に戻ってやり直せたらいいのにと、つい考えてしまいます。 罪を犯したのだからこうして苦しむことは当然の報いだと分かってはいます。 不祥事を起こした人が世間で大きく叩かれているのを見ると自分と重ねてしまい、落ち込みます。 今後の人生を、もう二度と誰のことも傷付けまいと生きていくことは一つの償いになるでしょうか? また、最低な過去を持つ私はこの先幸せを感じても良いのでしょうか? ご回答頂けますと幸いです。 乱文失礼いたしました。

有り難し有り難し 9
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趣味で人を傷つけた。趣味をやめるか?

過去、それも10代半ばという若い頃にSNS上で趣味が関わることでカッとなり人をひどく傷つけ恐怖に誘いました。当時傷つけた人間からは「一生許さない」「貴方は本当にひどい人だ」と言われました。 あれからおおよそ十年間、落ち着いた後に趣味を続けていましたが、ある日「罪を償うならその趣味をやめるべきでは?」と思い立ちました。 その趣味で人を傷付けたものですから、私がその趣味を続けていると知れば相手は再び傷つき、ある人は罵声を浴びせてくるでしょう。私がハッキリと明確に傷付けるつもりで酷い言葉を書いたのですから、自業自得です。 本当に罪を償う気があるなら、息を吸うように続けてきたその趣味を全面的にやめるべきだと思い、趣味をやめる用意を進めています。趣味の集まりに行く事も他者と語るのも金銭を払い有償で趣味に関わることをしてもらうのも辞める予定です。 それを辞めては人生は何も楽しくなくなりますが、それこそ自業自得だと思っています。私はそれよりも酷いことを他人にしたのだといういましめにもなると思いました。 趣味に関わることで人を強く傷つけたなら、本当に反省して罪を償うなら趣味をやめて苦しむべきでしょうか?

有り難し有り難し 10
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過去の性的な過ちの捉え方

私は、小学校の高学年から中学生ごろまで、性的な過ちを犯したことがあります。 具体的には、屋外で自慰行為を数回する(知人に見られたこともあります)、また、数十秒間従妹のおしりをさわったこともあります。 今となってはなぜそのような事をしたのかわかりません。 両親が厳しく、性的な事を考えてもいけないという教育で、とても抑圧された環境だったことや、小学校の友人が、性的なことにとても詳しく、屋外でSEXをしたという話や、アダルトビデオや本を見せてくれ、無知な私は、その中の世界のことを実際にしてもいいと思ってしまっていたのだと思います。また元々の性質もあると思います。 成長して、自分がいかに異常で、とんでもないことをしてしまったか。人を不快にし、尊厳を踏みにじる行為だったという自覚を持ち、その後罪悪感から幸せを感じる資格は無いと思い生きて来ました。それは20年以上経った今でも変わっていません。 恋愛をしても、こんな自分の子供はつくってはいけないと考えて、自分から離れていくような関係しか築くことはできませんでした。 また、後悔の念から何度も自殺未遂をしましたが、結局私は自ら死ねるような人間ではありませんでした。 本題のご相談ですが、現在会社勤めをしておりますが、何か人の力になることをしたいと考え、整体師の専門学校に通い、無事卒業することが出来ました。元々職業にする気はなく、身近な方や高齢者の方にボランティアで施術できればという軽い考えだったのですが、施術して喜んでいただけることはとても幸せな経験でした。また、憧れる方にも出会い、自分もプロとしてこの道に進みたいと考えました。 しかし整体に真剣に取り組もうと思うほど、絶対に、セクハラなど行うことはないと言えますが、過去を考えると、そのような罪を犯した自分が、直接人に触れる仕事に就く資格は無いのではないかと思い苦しんでいます。 自分の犯した罪であるので、苦しむのは当たり前ですが、どうしてもこの道に進みたいという自分と、そんな資格はないという自分がいて、ずっと出口が見えずにいます。 大変お忙しい中ではあると存じますが、ご回答いただければ幸いです、宜しくお願いいたします。

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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ