苗字が嫌い
自分の苗字が嫌いです。響きとかもなんですけど、すごく変というわけではないのですが。
小さい頃からいじめられていて、名前で呼ばれるよりわざと苗字で呼ばれることのほうが多かったです。
アルバイトでもよくいじめられ、やはり苗字で呼ばれるのが当たり前でした。
いじめと苗字は関係ないですが、人から苗字で呼ばれることが大嫌いで、また、嫌いな父の方の苗字なので、嫌というのもあります。
結婚はできないし、私はどうしたらいいでしょうか?これから施設にはいる予定なのでますます苗字で呼ばれることが多くなりそうです。
おかしいかと思いますが…
いい方法はないでしょうか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
言葉を超える修行
こんにちは。
(^-^)
お気持ち、とてもよくわかります。
私の苗字は「丹下(たんげ)」です。
小学校の頃のあだ名はたんげ、◎んげ、△んげ、◇んげでフルコース。
もともと父母の姓は細川、遠藤でしたがお寺の関係で丹下になりました。
変な響きです。読み方すら間違えられます。
郵送物、手紙などは舟下、円下、極めつけは凡下です。( ゚Д゚)どこみてやがんだコンニャロメ。どう読んだら丹が凡になるんだコンニャロメ。一本足りねぇってかコンニャロメ。面白いので時々凡下と名乗っています。笑
おまけにタンゲなんて名前はおよそ架空キャラ、アニメ分野ばかりであしたのジョーのセコンドのおじさんと片目片腕片足の武士の丹下左膳ぐらいと声優の丹下🌸ぐらいです。
子供も同じ目にあってますがたくましく生きております。
子供ですらへこたれないのですから大丈夫です。
只受け止め方を変える。
深く考えない。
音として捉える。
海外の響きとしてとらえる。突き抜ける精神が大事です。
抗うのではない。成りきる。
そのためには言葉の意味にとらわれたり、言葉に勝手にネガティブな意味を添えたりしないこと。
仏教には「声明(しょうみょう)という特殊な文化があります。
仏の姿かたち、有様、功徳、法の姿をあらわす文言を節回しをつけて読むのです。
中には、たった一文字「妙」を何分もかけて読むものまでもあります。
「妙」(みょう)であれば、みょうといわずME~(め~)と読むのですが、はたから聞いたたら羊がないているのかと 思うぐらいです。🐑
僧が喝する喝、夷、露という言葉も意味すらありません。
意味も超える。あなたの苗字は妙なるものです。
歴史があり、由来があり、意味があり、尊重されていたからこその名前です。
勝手に悪い意味を添えてはいけません。
チョコ一つでも悪く思えば虫歯になるわニキビできるわ太るわイチャモンつけ放題です。あなたが自分の名前にイチャモンやケチをつけるような心理に負けていると心得ましょう。悪く言えばお相撲さんだってデ◎といい、おからや酒かす、カステラだってカス呼ばわりです。
今年の雪を見たときにそこに良い悪いの意味はまだ生まれていなかったはずです。
どんなものにももともと人の価値や意味付けのないさまがあります。
今から、自分の名前を何度も読んで意味を超えてみましょう。
以上、下の下の下、丹下凡下からでした。
質問者からのお礼
あまり気にしないようにします