過去の罪悪感が消えない
結婚12年目。現在、不妊治療中です。
子どもが欲しいと思うのですが、ふと「自分のような子どもになったらどうしよう」と考えてしまいます。
物心がついた時から家庭環境が悪く、学校でも周りと馴染めなかったのですが、中でも強く記憶に残っていることがあります。
小学二年生の時に同じクラスの子たち数人と遊んでいました。私は学習誌の付録本を持っていたのですが、一人の子(以下A子)に「ねぇ、その本ちょうだい!」と言われました。「まだ読んでいないから」と断ったのですが、「じゃ、読んだらちょうだい!次、家に来る時に持ってきてよ!」と言い、周りも「いいじゃん、あげなよ」と言い、あげなくてはいけない状況になりました。
後日、A子の自宅へ数人で遊びに行った時に「本は持ってきた?」と言われ渡したところ、A子は「やったあー!」と言いながら本を学習机の引き出しに入れ、周りも「良かったね〜」と言っていました。
しかし、遊んでいる最中に「やっぱりあげたくない」「我慢してあげなきゃならないのはおかしいのではないか」と思いながら、A子の学習机から本を取り出して眺めていました。
その後、本をこっそり自分のカバンに入れたと思うのですが、帰宅後にカバンを見ると本は入っていませんでした。
翌日、A子に学校で「昨日くれた本知らない?机から出して読んでたよね?持って帰った?」と聞かれたのですが、「読んだ後に引き出しに戻したと思うよ」「私のカバンの中には無かったよ」と答えました。
その後、A子から問いただされることは無かったのですが、不本意とはいえ一度あげたものを黙って持って帰ったことは盗みと同じだと思い、心苦しくなりました。
本はカバンの中に入って無かったので、もしかしたら私は引き出しに戻したのかもしれませんが……記憶が朧気です。
その後、暫くしてA子や周りの子とは嫌われて遊ばなくなり、私も遠方へ転校しました。それからはA子たちとは一切連絡は取っておりません。
30年以上前のことですが、思い出すと罪悪感が込み上げます。はっきり「あげたくない」または「やっぱり返してほしい」と言えずに盗った自分に腹が立ちます。
そして、幼少期からこんなに非常識な私が母親になりたいと思うのは甘いのか…と悩み続けております。
この過去を区切るにはどうするのが良いのでしょうか。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
あなたは悪くないと思います
拝読させて頂きました。
あなたは幼い頃に友達にあげた本を取り出したことを覚えていて盗んでしまったのではないかと罪悪感にさいなまれておられるのですね。そんな自分が子どもを育ててはいけないのではないかと自分を責めてしまっているのですね。詳細なことの経緯やあなたのお気持ちはわからないですが、あなたがその様にお悩みなさっておられることはとても伝わって参ります。あなたのそのお気持ちを心よりお察しします。
あなたの文章を読ませて頂き友達との経緯ややりとりはわからないですが、私はあなたは決して悪くないと思います。そもそもその本はあなたのものです。それを欲しいと身勝手に友達はあなたに言ってきて、周りの子達も同調してあなたにあげる様に強要しているのかと思います。あなたは周りの子達が言う手前もあり自分の意思ではなくあげなければならない様に約束させられたのかと思います。
確かにあなたはその様に約束したのかもしれませんが、それはあなたの自由を奪っている行為です。
あなたは引き出しから本を出したのかもしれませんが、その後カバンには入っていないならばあなたが盗んだとは言えないと思います。
繰り返しですがそもそもあなたの本ですからあなたがどうするか選択権があるのです。ですからあなたは自分を責めることはないと思います。
逆にその子達のあなたになさったことはあなたの所有を侵害し選択の自由を奪う悪行だと思います。
今となっては過去のことでしょうけど、その子達のあなたにしたことは罪です。その子達がそれからどう成長なさっていったのかはわからないですが、同じ様な悪行をすれば罪となります。
どうかあなた自身を決して責めないで下さい。そしてあなたはこれから家庭を持ってお子さんを育てていって下さいね。
あなたがこれからの未来をご家族の皆さんと一緒に仲良くお子さんを育てていかれ、皆さんと心から豊かに幸せを分かち合い生き抜いていかれます様に心より祈っております。そしてあなたを心より応援させて頂きます。至心合掌
質問者からのお礼
温かいお言葉をありがとうございます。
思えば、私も友達に物を借りたり貰ったり、友達の家に行った際に私物に紛れた物を持って帰ってしまったり(間違えて持って帰ってしまったと伝え、後日返却しました)、貸してもらった物を返しそびれた経験がありました。
また物を盗まれたり、友達の家に忘れた物を故意に返してもらえなかったこともありました。
今の自分から見ると、放置子とはいえ恥ずかしいくらい非常識な子どもでした。
今後子どもを授かることが出来たら、自分自身のような子どもにしないように心がけたいと思います。