我慢するものが苦しむ世の中
相談させてください。
職場にイライラしたりすると人を嫌な気にさせる行動をとる人がいます。
前の職場にもいました。
なぜこのような人達がいるのでしょうか?
自分は人を嫌な気持ちにするべきではないと思っており、何か嫌なことがあっても我慢をして人を思いやり迷惑をかけないようにしているつもりです。
でもそれが出来ない人がいます。
我慢をする自分がおかしいのでしょうか?
我慢はしなくていいのでしょうか?
我慢をする者が苦しむ屋の中なら生きるに値しないと感じます。
この前通勤で電車に乗っていたとき、向かいの座席に幅をとり大柄な態度で座っている方がいました。
これはよくないなと思いました。
その隣を見ると明らかに邪魔そうな表情で座っている方がいました。
あるタイミングでその方が大きな舌打ちをしました。
これもよくないなと思いました。
お二方、私からするとよくないと思うことをしておりました。
どちらが悪いかと言うと私は周りを見ず、自分のことだけを考え大柄な態度で座っている方の方が悪いと思います。
でも横に座った方が我慢すればいい話です。
こんな何も楽しくもおもしろくもありません。
高卒の18歳より働きだし転職を繰り返し現在7社目。勤めて半年経過。 今年結婚しました。 性格は人当たりはよく良い人と思われることは多いと思います。 転職を繰り返しておりますが面接は得意です。 人生に疲れ、世の中に疲れています。
働くことが苦しい
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
あなたは誠実な方です。
ご相談読ませていただきました。かんださまの辛さ、無力感、そして他人の行動に対する理解を求める姿勢が、非常に誠実で心から共感いたします。
あなたがおっしゃる通り、人を嫌な気持ちにさせる行動をとる人々は確かにいます。そのような人たちの行動は、時に私たちを苛立たせ、心を乱す原因となりますね。なぜ彼らがそのような行動を取るのか、その背後には自己中心的な思考やストレス、不満、そして心の余裕のなさがあるのかもしれません。もちろん、これらは正当化される理由ではありませんが、人間の複雑な一面として理解することができます。
さんださまが人に対して配慮し、思いやりを持って接する姿勢はとても尊いものです。しかし、それがあなた自身を苦しめることになっているなら、時にはその重さから解放されることも必要です。我慢することで自分が苦しんでしまうような状況に陥ることは、決して望ましいことではありません。自分自身を大切にすることも重要です。
例に挙げられた電車の中の出来事も、あなたの観察力と思いやり深さがよく表れていますね。確かに、大柄な態度で座る人と舌打ちをする人、どちらも他者の気持ちをないがしろにしている行動です。どちらが「悪い」ということを判断するのは難しいですが、お互いが少しの配慮を持てば、皆がもっと快適に過ごせるのではないかという希望を持つことができます。
あなたのように思いやりを持つ人がいることは、この世の中にとって大きな財産です。しかし、その思いやりが自己犠牲となるとき、それが過度にならないよう、自分自身の心も労わってくださいね。時には自分を守るための「配慮」も必要なのです。
どうか、ご自身を大切にしながら、少しずつ周りとのバランスを探していかれることを願っています。あなたの優しさは、そのままで素晴らしいものですから。合掌
質問者からのお礼
合掌