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仏様はこんな私を許してくださいますか・・・?

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有り難し有り難し 32

私は過去に自傷をした事、友を馬鹿にした事などといった過ちをおかしてしまいました。今ではそのことについて反省し、何があっても自傷はしないようにしていますし、友に対して悪口を言ったりすることはありません。
しかし、別に現在でもある過ちをおかしてしまっています。虫の命を奪っていることです。
私は小さな虫でも恐ろしい、気持ち悪いと感じてしまい命を奪ってしまいます。
両親に頼んでできるだけ外に出してもらうようにしていますが、人間に害がある虫は簡単に殺してしまう。
そんな自分勝手な都合で虫の命を奪ってしまう私に腹が立ち、悲しくて涙がでます。虫たちだって、一生懸命に生きているから殺してはいけないとわかっているのに、気持ち悪いからなどといった理由で殺してしまう私が残酷だと感じています。
虫を殺してしまうたびに、心から泣いて謝ってはいます。
しかし謝るばかりで虫を殺さずにいるということはできません。
それだけではなく、私は過去に大変な過ちをおかしてしまいました。
正直にいいます。仏様を、裏切ってしまったのです。
9歳、10歳位の頃に家で犬を飼っていました。しかし理由があり犬を病院に手放すことになってしまいました。私は仏壇の、仏様の前で「私がしっかりお世話をしますからどうかあの子が戻ってきますように」と祈りました。
そして本当に戻ってきてくれたのです。しかし・・・、私はちっとも世話などしませんでした。
仏様に誓ったのに。裏切ってしまたのです。
結局犬は病院に引き取ってもらうことになりました。
悔やんでも悔やんでも悔やみきれず、仏様のお心を傷つけてしまったと、大変馬鹿なことをしてしまったと自分を責めています。
勝手な都合で命を奪い過ちを繰り返し、幼かっといえども仏様を裏切り・・・。
死後、私は地獄におちて苦しむべきですよね・・・、でも、それでも、地獄におちたくないです・・・。何億年も釜の中で苦しみ、針の山を歩かせられるのが怖いです・・・。
結局自分が可愛い私に腹が立ち、苦しいです。
教えてください、お坊様。
仏様は、こんな残酷で自分勝手で最低な私を許し、愛してくださいますか・・・?
この先どのようにして生きていけばよいでしょうか?一生一人ぐらしでいるつもりですので、新しい命をこの世界に誕生させれこともなければ、虫を殺してしまうこともあるかもしれません・・・


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

虫とあなたの関係性をしれば殺さなくなる

アングリマーラ

あやっち様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

仏様の広大かつ深大なる慈悲の御心は、いついかなる時でも私たちを見捨てることはありません。ただ、私たちの罪、過ち、悪業は、仏様が許す許さないの問題ではなく、自らの行い次第となります。

仏様の慈悲を根拠として、何でもかんでもが許されるとなれば、多大な弊害が生じることになってしまいます。それこそ、人を何人殺そうが、仏様がいずれ救って下さるから大丈夫だというような考え方を持ってしまうと大変危険なことになります。

直接に回答への引用は今回が初めてとなりますが、下記ページをご参照下さい。

「拙回答の基本的な前提となる考え方について」
http://www.hide.vc/h1.html

小前提
5、無際限・無限定に如来の慈悲を根拠として引用しての楽観的な救済論の否定。
6、仏教を不要化させかねない楽観的な現実全面肯定の理論の否定。

・・

例えどのような過ち、罪を犯そうとも、重要となるのは、それをしっかりと悔い改めて、反省、慚愧、懺悔した上にて、智慧(空の理解)と福徳(善徳行・慈悲行・利他行)の二資糧の集積に努めることによって、悪業、煩悩、無明の対治、排撃を目指していくこととなります。このことにつきましては、下記の拙回答をご参照下さいませ。

問い「幸せでも良いのでしょうか?」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1008050052.html

お釈迦様の時代、千人殺して千人分の指を首飾りとすれば修行が完成するという奸計に落ちたアングリマーラという殺人鬼が現れ、九百九十九人の人を殺し、あと一人となった時に出遭ったのが実の母であり、手をかけようとした時に、お釈迦様が現れられて、アングリマーラを諭し、改心させて、その後、弟子入りまでお認めになられます。アングリマーラは苦難の修行を経て、やがて阿羅漢果という悟りを得ます。お釈迦様は、確かに仏道を歩むことは許されたものの、その悪業を許されたわけではなくて、あくまでもアングリマーラが悟れたのは自身の修行による結果でございます。

私たちも、過ちや罪を繰り返してしまったとしても、慚愧、懺悔し、尚一層に善徳行に努め励むことが大切なことになるのではないかと存じております。

川口英俊 合掌

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有り難し
おきもち

おきもちが子供達の笑顔になりました


川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究

質問者からのお礼

お坊様がおっしゃるように虫を殺さないよう心がけます。
もっと虫の気持ちなど考えて行動してみます。
ただ、やっぱりいきなり自分を変える事はできないかもしれませんので、少しずつ努力してみます。
アドバイスを頂いたように、虫をみかけたらお菓子などを少量与えて虫と友達になれるようにもしてみます。
まだ少し不安ではありますが、がんばります!
ありがとうございました。

危ない考えを捨てることが、まず大事なのでありますね。
過去の行いをしっかりと反省し、懺悔を行って、善行に励んで頑張ります!
2度と同じ過ちをしてしまわぬように・・・、という事は、まだ今の私にとって難しいことですが、少しずつ、少しずつ努力をしていきます。
前提文や、過去のご回答など載せて頂き感謝致します。少々難しいと感じた部分もありましたが、これからの自分をどう変えていくか参考にさせていただきます。
ありがとうございました。

「仏像・仏様・阿弥陀・観音」問答一覧

仏さまに責められている?

はじめまして。七瀬と申します。 以前、多くの仏さまが安置されている博物館のような施設に行きました。 荘厳な雰囲気に圧倒されると同時に、仏さまたちになにか強く責められているような気がして恐ろしくなり、すぐに踵を返して参りました。 帰ってからの日々で内観を繰り返し、その理由などを探っておりましたところ『産まれ生きていることへの罪悪感』が浮かび上がってきました。 同時に、『親孝行できていないこと』にも罪悪感と焦りを感じていることにも気が付きました。 『産まれ生きていることへの罪悪感』→『両親への贖罪』→『親孝行すべき・せねば』と、幼少期から自分の中で繋がっていたようです。 僕は仕事はしていますが高給取りではなく、伴侶もいなければ友人もなく、これといった親孝行もできておらず、後ろめたさを常に感じています。 両親との関係はおおむね良好ではありますが、お互いに腹を割って本気で向き合ったことは今までに一度もないと思います。 幼少期について思い返すときは、その思い出の善し悪しは別として、『そもそも産まれてきて(苦労をかけて)申し訳ないなぁ』という言葉が必ず浮かんできます。 それでも、仏さまが僕を責め立てるということはしないと頭では理解しています。 僕が自分の中に持っている罪悪感が、目の前の仏さまたちをそういう風に見せていたのだと思っています。 しかしながら、未熟な僕の内観だけではここで限界を迎えてしまいました。 長年抱えていたため、これは非常に頑固な罪悪感であると自覚しています。 これを手放すことができれば、もう少し楽に生きられるのではないかと思っています。 どうすればこの世に産まれ生きていることそのものへの大きな罪悪感を無くせるのか、お坊様がたのお智慧を拝借したいと思い、この度は相談させていただきました。 拙い文章で恐縮ですが、どうぞよろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 17
回答数回答 1

仏様とご先祖様の関係性等をお聞かせ下さい

私の相談をお読み頂きありがとうございます。 前回、仏壇の参り方もご教授頂き本当にありがとうございます。 その後も変わらず、お世話?お参り?させて頂いていると思っております。 今は色々簡素化されて来ており、私の周りにも、「自分が亡き後は我が子の負担になりたくないから法事等も不要だ」と申す者もおりますが、私自身は代々引き継いでもらえればと思う部分もあります。きっとご先祖様はそんな姿を見て下さっていると信じております。 またまた無知な私の質問ではありますが、仏様とご先祖様の関係性が分からなくなってきました。ご先祖様は仏様とは違うのでしょうか? 先ほども仏壇のお世話は私自身は代々引き継いで欲しいとお申しましたが、純粋なお供養の気持ちだけかと言われれば、正直なところ、お恥ずかしい限りですが見返りを求めている部分があるのかもしれません。私は適齢期を過ぎてもまだ独身であります。私がこのまま独り身で亡き後、甥なり姪なりが、どこかで私を思い出してくれれば…だから今は私のやっていることを見て、「あー、叔母さんあんなことしていたなぁ」と頭の隅にでも置いてもらいたいと思っていたします。 そして… 仏様は私たちの願いを叶えて下さるわけではなく(冷酷とかそのような意味ではないです。)温かいお心で私たちを見守って下さっているのだと今現在私は考えております。では、ご先祖様は? ご先祖様も私たちの傍で見守って下さる存在なのだとは思いますが… 悲劇のヒロインを演じたいわけではありませんし、もっともっと大変な方々がいらっしゃる事も承知ですし、こんなこと序の口だとは思いますが、家庭内で上手く行っていないことが長きに渡ったり、ずっと頑張っている婚活が全戦惨敗中で、自分の力不足を棚に上げて気持ちのはけ口をご先祖様に向けているだけなのかもしれません。 ご先祖様はご先祖様のお役目だったり修業があるのだとは思いますが、私たち子孫が温厚な日々を送れる手助けなり道しるべなりを頂戴したいと思うことは私のエゴであり愚かな事なのでしょうか? もちろん、日々私たちがこうしていられるのはご先祖様あってのことですし、軽んじているわけではなく、感謝はしており、だからこそ毎日仏壇のお世話も続けられています。

有り難し有り難し 18
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仏様のお水は毎日変えたほうがいいですか?

こんばんは。 私は不動明王と他多数仏様を家で拝んでいます。全て開眼されたものです。 私には発達障害と精神疾患があり、日によって具合が違います。 読経できるほど元気があるときもあれば、もう何もしたくないというときもあります、 私は仏様が大好きでお招きしました。 自分の病気平癒や、夫の仕事の大成などを祈ってます。 そこで質問なのですが、仏様のお水やお菓子はやはり毎日変えるべきでしょうか? お菓子は、毎日変えるとお金がかかるのとたぶんやっていたらたべきれなくなってしまいます。 お水は元気のある読経時に変えたりしています。やはりお水だけは毎日お取り替えした方がいいでしょうか? 仏様をみているととても心が癒されて。 読経もするととってもすっきりします。 自分でもお招きしたからにはちゃんとしないとは思っているのですが、なかなか心と体がついていかず。 一応懺悔文なども読経しております。 また日々の感謝も読経時させて頂いてます。 そういうお祀りの仕方ではやはりダメでしょうか?もし毎日じゃなくてもいいならだいたい何日に一度ぐらい変えればいいでしょうか? 稚拙な文章ですみません。ご教授の程よろしくお願いします。

有り難し有り難し 30
回答数回答 2

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