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人生が面白くない回答受付中

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昔からふとした瞬間に虚しさを覚えます。
人生を楽しむには、楽しむ工夫や考え方をしたりしなくてはならないのに
時々、疲労感が湧いてきてなにもかも嫌になって消えてしまいたくなります。
楽しくないと認めると安心感があります。自分の心の正直さなので。
でも楽しくないのに、楽しもうとするのが自分的に違和感で辛いです。

どうしていつも、こんな虚しさがいっぱいになるんでしょうか?

2025年2月23日 5:21

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

「今やりたいこと」、「今やらなければならないこと」を。

こんばんは。亀山純史と申します。無理に楽しもうとしなくても良いのではないでしょうか。

たとえば、友だちと2人で映画を観に行ったとしましょう。そのとき、あなたは「楽しかった」と思っても、友だちはそうでもなかったということがあるかもしれませんよね。その場合、あなたとあなたの友だちに共通することがらは「映画を観た」という経験だけです。そしてそれに対して、あなたは映画鑑賞を楽しいと感じ、友だちは楽しいとは感じなかった、ということです。

ですから、私たちは無理に「楽しいこと」をやらなければと考えるのではなく、「今あなたがやりたいこと」や「今あなたがやらなければならないこと」を考えて行動することが大切ではないかと思っています。

以上が私からの回答です。少しでもあなたのお役に立てれば幸いです。

2025年2月23日 20:28
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有り難し
おきもち

hasunohaを訪れてくれた皆さん、こんにちは。私は浄土真宗本願寺派の僧侶です。令和6年3月に、公立高校の教員を勧奨退職しました。その後、縁あって、令和6年4月からは「まちサポ雫石」というNPO法人のお手伝い、また、令和6年10月からは公立高校の非常勤講師をしています。 浄土真宗における僧侶は、仏さまの教えに生き、その教えを伝える者であり、人を悩みから救う能力を有した者ではありません。人の悩みを救う救いの主は阿弥陀さまです。ですので、hasunohaにおける私の回答では、仏さまの教えに救われているこの私の生き方、考え方を、皆様にお見せするだけです。そして私自身、お答えできるご相談の範囲はそう広くはありませんが、皆様のお役に少しでも立てればと思い、回答させて頂いております。

自分のペースで自分らしく生きてほしい

なぎさんの言葉から、「楽しむことに対する違和感」「虚しさが時々押し寄せる感覚」 をとても正直に表現されているのが伝わってきました。

きっとなぎさんは、「ただ楽しいから楽しむ」だけではなく、「楽しまなければいけない」という意識が苦しくなる ことがあるのではないでしょうか。

でも、まず一つだけお伝えしたいのは、「楽しくない」と感じることは、決して悪いことではないということです。

世の中には「人生は楽しむべき」という空気がありますよね、SNSでは誰もが楽しそうに過ごしていて、「私も楽しまなきゃ」と思うほど、むしろ虚しくなります。

でも、なぎさんが感じている「楽しくない」「虚しさを覚える」という気持ちは、本当の自分を大切にしようとしているサインかもしれません。

そもそも、「虚しさ」は悪いものなのでしょうか?虚しさがあるということは、なぎさんが深く考える人だということ。表面的な楽しさだけでは満たされず、「本当に自分が求めているものは何か?」と問いかける力があるということ。これは、すごく大事なことです。

例えば、楽しくないのに「楽しもう」と無理をすると、もっと苦しくなります。
それなら、「楽しくない時は、楽しくないままでいい」と思ってみてもいいんです。

無理にポジティブになる必要はありません。むしろ、「今の気持ちを大切にすること」こそが、本当の自分を認めることになりますから。

では、虚しさが湧いた時には「なぜ虚しいのか?」を深く考えすぎず「ああ、今私は虚しいと感じているんだな」と、ただ受け止めるだけでいいです。

「楽しもう」としなくていい時があってもいいので、楽しもうとすること自体が負担なら、「楽しまなくていい時間」を許してあげましょう。

「小さな喜び」に目を向けてみて、大きな楽しさじゃなくても、ホッとする瞬間や、心が少しだけ和らぐ時間を意識しましょう。

「消えたくなるほど疲れた時は、とにかく休む」 何もかも嫌になるほどの疲労感は、なぎさんの心が「休みたい」と言っているサインです。

「楽しまなきゃ」ではなく、「ただ、生きる」でいいです、人生は、楽しむためにあるわけじゃない。ただ、「生きているだけでOK」 なんです。

もし、ほんの少しでも気持ちが軽くなれば嬉しいです。
なぎさんのペースで、なぎさんらしく生きていってくださいね。

合掌

2025年2月23日 18:54
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有り難し
おきもち

自分も人に話したことにより救われた経験を持っております。 多くの困難を乗り越えてきた裏側には常に話を聞いてくれた方がいることに気づき、僧侶となったことをきっかけに今度は自分が悩んでいる人の相談相手になることを決めました。 いろいろな先入観があるとご相談しづらい方もいらっしゃるのでここではあまり詳しくは自己紹介を控えようと思いますが、僧侶と言っても在家上がりの僧侶です。お寺で生まれ育ったわけでもなく、身内が僧侶でもなく、一般的な職業を経験し、またディープな世界や海外生活も経験したちょっと変わった僧侶です。 私は50%の人に好かれ、50%の人に嫌われると思っています。だからこういう相談も偽善者とか裏があるとかいろいろ思われる方もいると思いますが、気にしません。なぜなら一方で相談して良かった、出会えて良かったと言ってくださる方がいらっしゃるからです。

質問者からのお礼

新しい視点からのアドバイスだなと思いました…。お二方、ありがとうございます。
そうですね、楽しくないのに楽しまなきゃという気持ちがすごくあって、だから虚しさを感じてるとしっかり私の気持ちを言語化してくださいました。
楽しくないときは無理に楽しまなくていいという意見は、あぁそうだなと感じさせられました。
あと虚しさをあえて感じるというか、あぁ私は虚しいんだなって受け止めてみるのも、新しい試みです。

参考にします。ありがとうございました。

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